「正義の味方」米田淳一

「オリオンチェンジ! とうっ!」
 僕は冬晴れの中、そう叫びながら、飛行機の格納庫の隣に積まれたドラム缶の上から高くジャンプした。
 そして着地しポーズをキメた、つもりだった。
「どうだった?」
 僕はニッと笑ってそう聞く。
「だめだめ。動きにキレのかけらもない。その衣装だっていかにも見るからに雑だし。ほんと、ヒドいコレジャナイ感。そもそもやる前から気づきそうなもんだよ。ああ、見るだけ時間の無駄だったなー。さあ帰ろ帰ろ」
 制服の同僚がそう呆れ顔で言う。
「時間ないなか苦労して作ったのにー。くっそー」
 僕は落胆する。着た作業着の上にボール紙と発泡スチロールで作った外装をつけた銀色のジャンパーががさがさ言う。
「ぜんぜん例のヒーローに見えないよ。というか俺ら自衛官はそのまま普通に仕事してても『正義の味方』だろ? 言うまでもなく。なんで今更」
「だけどさー、せっかく僕たちの航空隊で『ファミリー航空祭』を今度やるんじゃないの。基地に久々に子供たちが来てくれるんだからさ、そこは精一杯歓迎したいじゃない」
 僕はそう訴える。僕の航空隊で、近隣の子どもたちを基地の中に迎え入れて、基地内の施設や航空機などの見学ができる小さな航空祭をやろうという企画があるのだ。それがファミリー航空祭である。
「おまえなー、それより本業の術科競技の練習もあるだろうに。また班長に怒られるぞ。何やってるんだ、税金泥棒してどうする、って」
「班長は古いんだよ。今や自衛隊員は警察官や消防士と並ぶ、子供のなりたい職業の一つになったんだし。昔、街で行き場のない若者に『にーちゃん自衛隊入らねえか?』って声かけたりして苦労して隊員を募集してた時代とは、ぜんぜん違う」
「そうだよなあ。俺も自衛隊はいるとき、割と試験むずかしかったもんなあ」
 同僚はそう言いながら持っていたクリップボードを片付けている。
「そうか、時代が違うのか」
 そこにぬっと格納庫の影から現れたのがその飛行班長だった。
「あ、いや、その」
 僕らは思わぬ登場に動揺しながら姿勢を正した。
「たしかに時代は変わったかもな。9・11や震災の前とあとだと、確かに空気が変わっちまった。何かと物騒で余裕がなくなった。それに、今回のうちの飛行隊のファミリー航空祭も、これだと延期か中止になるかもな」
 飛行班長はそのひげを湛えた顔をゆがめて言う。
「やっぱりそうなんですか」
「そんなあ。このためにオレ、子どもたちに聴かせるギター、練習してたんですよ」
 同僚も残念そうだ。ああいいながら、実は同じように楽しみにしていたらしい。
「海の向こうでよからぬ国がよからぬこと、また散々してるからな。俺たちの仕事なんざ暇なのが一番なんだが、あいにくあれやこれやで忙しいもんな」
「でも!」
 僕はそこに言った。
「だからこそ、子供たちには見せてやりたいんです! 僕らの正義の味方姿を!」
「正義? そんなもん見せびらかすもんじゃない」
「でも……」
「正義ってものはな、胸の内にしっかりもってればそれでいいんだ。振り回すとろくな事がない。でも静かに、動じず持ってれば、他のもんにも必ず伝わる。子供たちにもな。そういうもんだ」
「あ、それと、基地の中の案内ムービー撮るのにドローン使おうと思ってたんですけど」
「おいおい、基地の周りは航空法で厳重なドローン使用制限かかってるだろ。できるわけない」
「え、そうなんですか」
「まったく! しっかりしてくれよ。正義の味方どころか、それ以前に自衛官としてぜんぜんダメじゃないか。ちゃんと勉強してるのか?」
「した……つもりでした」
「勉強はつきることないから、そっちやれよ。もう、全く頼りないなあ。正義の味方失格じゃないか」
「……はい」
 僕はガクッとうなだれた。
「さ、もどろもどろ。『正義の味方』くん」
 同僚もあきれて帰って行く。
「そこまで言わなくても」
 僕はそう言いながら基地の隊舎に戻ることにした。

   *

 僕は厚木第51航空隊に所属する新鋭P-1哨戒機の搭乗員である。とはいっても操縦するパイロットでもなく、哨戒機の指揮を執る戦術航空士でも、哨戒機のセンサーをあやつるセンサーマンでも無く、機内で装備品、武器としての魚雷や機雷などの弾薬からソノブイ、救難飛行時の落下傘や救命ボート・救命胴衣を整備する『機上武器員』である。
 飛行機に乗るのが仕事とはいえ、ぶっちゃけ力仕事が多い。その仕事の関係上火薬類取扱や高圧ガス製造保安、さらには大型運転免許にフォークリフト、さらには玉掛けやクレーンの免許も取らされている。
 階級は2等海曹で、もともと子供の頃から旧海軍に興味を引かれたり、アニメにハマってみたりとオタク人生である。厚木基地配属前から厚木基地の終戦時に破棄された旧軍の飛行機の写真を見て興奮したものだったし、そのうえ基地の外のアパートにいる嫁をいつも「ゲーム『艦隊これくしょん』の『愛宕さん』にそっくりなんだよ!」と自慢するほどなので、周りから正直、苦笑される日々である。
 そんな僕は相鉄線瀬谷駅から離れたところにある自宅マンションと基地の間を自転車に乗って通勤している。駅から少し離れているので家賃が安い。
 そしてその『愛宕さん』そっくりの嫁さんはマンションから軽自動車で仕事に出かけていく。自衛隊の仕事も公務員なので基本9時5時の定時ということになっているが、夜の任務も当直の仕事もあるので、そういうときは朝終わったあと、ゲートから北上して嫁さんに大和駅前のいつものケーキ屋さんでケーキを買って帰る。ご機嫌を取っているわけではないのだが、でも嫁さんが喜んでくれるのは当然嬉しいし、嫁さんもまたなかなか仕事きつかったり忙しかったりするので、一緒に過ごせるときは精一杯楽しくしたいのだ。
 そんな厚木基地と瀨谷の街での日常が始まったのは2年前。結婚は8年前、教育課程を終えて自衛隊員としての人生が決まりはじめた頃だった。そんなもう30代後半なのだが、そうは見えない風体らしい。それは確かに仕方がないなと自覚している。
 生活は充実しているのだが、それ以上にこのご時世の不安定さはどうしても影響しているもので、僕の51空も新しく装備した機体の実験開発や訓練指導のあいまに捜索や救難も行う。そして海上自衛隊の哨戒機部隊の訓練指導のために、忙しいシーズンは全国を渡り歩く。
 そしてそういうとき、広い海を捜索するのは機体に搭載したレーダーや熱源センサーだけでなく、僕の肉眼も大事な役目を担う。僕は見張りと識別とカメラのプロでもあるのだ。漁船を見て不審な船舶かどうかの識別をし、撮影をするのも大事な仕事である。
 僕ははじめて哨戒機に乗ってこの仕事をして、そのあと一度術科学校に戻り、またこの第51航空隊、51空に配属になった。そんな僕は哨戒機に乗っているときは、忙しいときは忙しいのだが、時間が余ることも正直ある。そういうときは機内の自分の席でぶっちゃけ眠ったりする。でもそのあとはたいがい重たいソノブイをラックから下ろして機体下部のランチャーに装填したり、海上の監視で眼をこらしたり、見つけた艦船を忙しく識別してカメラに撮ったりと忙しくなる。仕事のそういう緩急が激しい。特に昔のP-3Cの時と違い、P-1になってからはその時間感覚がさらに詰まった。P-1はジェット機で足が速いのですぐ目標海域に到達するし、帰投するのもすぐだ。また巡航高度も高いので途中は揺れなくて楽だが、作戦行動中の忙しいときは急上昇と急降下するのでなかなかしんどい。急降下で姿勢を崩しそうになることも良くある。
 そんなときに同僚や機長から「正義の味方だろ!」と励まされる。そう、僕は正義の味方だ。これぐらいでへこたれるものか、と歯を食いしばることもある。
 哨戒機の活躍は一にも二にも、そんな一緒に乗るクルーと呼ばれるチームの結束にかかっているのだ。哨戒機の機内は今は広いので、僕が暇でセンサーマンが疲れているときに彼らの席に飲み物を持っていったりもする。哨戒機の中には電子レンジと冷蔵庫も積まれている。同じチームで食事を食べるのもまた楽しみである。冷蔵庫に積み込んだ食事をレンジで温め運ぶのもチームでは僕たちの仕事だ。
 そんな任務から帰投するとき、空も海も眺めると美しくて、疲れていてもこの仕事を選んでほんとうに良かったなと思う。自衛官の父が「飛行機に乗る仕事なら空自ではなく海自だぞ」と言っていたのがよくわかる。僕の頭と体力では空自の戦闘機パイロットは無理だ。そのことはあっさり成績表にも裏付けられてしまった。だが、その後も空を諦めないでいたら、機上武器員として哨戒機に乗る飛行配置の仕事に恵まれた。
 空の仕事はやっぱり爽快だ。戦闘機でなくても十分素敵な体験がいくつも出来る。もちろん自分で飛行機を操縦するのも幼い頃に憧れたが、それはそれで重たい責任もあれば難しさもある。今の僕にもそれなりに重い責任と難しさがある。楽な仕事なんてこの世にはない、と思うが、それでもそんななか、僕はこの仕事に就けた。人間なんて全て、仕事についてはお互いに隣の芝生をうらやむモノなのかも知れない。だったら迷わず僕にはこの空の仕事が一番だな、と僕は思う。

 そんななか、僕はその朝、いつものように自転車で基地に向かっていた。嫁さんは昨日、早く家を出ると言っていて、そのとおり、アパートの駐車場に嫁さんの乗る空色の軽自動車はすでになかった。
 いつものように自転車で通勤の道を急ぐ。中原街道に出て、南台の複雑な交差点を厚木街道に曲がり、小田急の踏切を渡り、消防署の前を通り過ぎるとその先に厚木基地の東のゲートがある。朝の片道3.5キロの通勤の道である。
 今日はその途中の小さな雑木林の中に、妙なライトバンが止まっていた。少しだけ妙だなと思ったが、自衛隊員としてとくに出来ることもないので、まあ何かあれば警察がやってくれる、と基地へ急いだ。
 ただ、その車の中の段ボールのマークが気になった。どっかで見たんだよなあ、と。
 明らかな危険物とかそういうマークではないし、朝も遅くなるので、まあいいかと思ってペダルをこいで去った。

 しかし、基地について、朝の国旗掲揚ラッパの放送を聴いた後、思い出した。
 あのマーク!
 基地で飛ばそうと言いかけてこってり怒られたドローンのメーカーのマークだ!
 飛行班長に報告すると、班長はその顔にしわを寄せた。
「まあ、だとしても、だ。そこで飛ばさなきゃ問題ないだろう。警察も基地の周りは警戒してるからな。それよりお前さん、処理してない書類たまってるぞ」
 そう班長は言うと、自分の席のパソコンの書類に目を落としていた。自衛隊の基地と言っても、普段の書類仕事をする部屋はオフィス家具が並ぶ風景である。ただ、雑に散らかすことは出来ないのでちょっと整然としているぐらいである。
 そんななか、目をパソコンのモニタの伝票のフォームに戻した僕も、何もなければ良いな、と思いながら、結局は警察頼みになってしまうことに内心もどかしさを感じた。
 現代の正義の味方も伝票と日報と報告書からは逃れられないのだ。班長はいつの間にかどこかに行っていた。同僚は同じ部屋で書類を片付けている。同じ飛行斑のクルーはそれぞれ、次の飛行に向けて、それぞれに準備をしている。対潜水艦戦術の訓練指導の計画立案なんてものもしているのだが、現実にはそれも書類を書かないと実施出来ない。ひたすらオフィスソフトを使うので運動不足になりがちなのだが、そこはみんなで体力作りにそれぞれ泳いだり基地の中を走ったりしている。僕の自転車通勤もそのひとつだ。
 自衛隊がすぐにでなくて済むのは平和の証しだ。任務でも災害派遣と救難だけしてられれば一番良いのだ……周りがそうさせておいてくれれば良いのだけれども。これは全自衛官の偽らざる気持ちだ。自衛隊が正義の味方として武器を使って活躍しなくてすむのが一番。そして、ただそこに存在するだけで良からぬ連中がその企てを諦めるように、常にそう思わせるほどに精強であること、それが自衛隊の最大の任務であり、活躍なのだ、と。
 精強、とはいえ、日々の書類を書きながら、今日の昼食は何が出るだろうと考えた。基地の中にはいくつも大きな食堂があり、食事を作る役割の自衛官がそこで腕を振るう。
 そういえば今日は金曜だからカレーかな、でもたまにフェイントで別メニューのこともあるけど。ちなみに厚木基地は『勝カレー』というニンニク入りカツカレーが名物である。
 そのときだった。
 隊舎の中に一斉放送がかかった。
 その「基地内警戒態勢を取れ」の放送に、僕は「あっ」と思った。
 同時に班長が戻ってきた。
「お前さんの予感通りだ。県警が不審ドローンの飛行を見つけて、現在対応中だ」
 僕は胸のなかに虫がうずくのを感じた。
「でも、ドローンにはメーカーによって、飛行禁止区域では離陸・飛行できないようプログラムがされてるはずでは」
 同僚がすぐに言う。
「悪いやつはそれを解除しちまうのさ」
「『悪いやつ』って、そんなことまでできるのは、まさか」
 みんな、一瞬黙り込んだが、その直後、基地の周りの防災無線で、あの陰鬱なJアラートの警報が鳴り響いた。
 事態が深刻らしく、周辺住民へ屋内退避が指示されたのだ。
 すぐに嫁さんのことを思ったが、僕の嫁さんだ。ちゃんとやってくれるだろう。
「で、どうします?」
「どうもできないさ。今回は警察が予防できなかったが、まだ警察の対処の段階だ。きっと警察がやってくれる。連中も同じ税金でがんばってる正義の味方だ」
「でもウクライナだとウクライナ軍の弾薬庫が親ロシア派のものらしきドローンの進入で何度も爆破されてるって話が。うちにも弾薬もあれば、高価で貴重な航空機も重要防衛施設も」
「ここはウクライナじゃない」
 そう言いながら、班長は苦い顔になった。
「でも、ほんと、ファミリー航空祭どころじゃなかったな」
「そうですね」
 隊舎の中のテレビが、厚木基地で付近で不審ドローン発見、のニュースでひどく騒いでいた。
 そしてその影響で近隣を走る相鉄線、小田急線が運転見合わせとなったことも報じられていた。不安げに駅で振替輸送の案内を見る人々の視線が僕の胸に刺さった。そしてテレビが無責任に人口密集地にある僕らの基地の危険性を指摘していた。
 そんなのわかりきったことを何を今更。それにそれだけ僕らが注意をあたりまえに十分払っていることを何も理解していない。それもわかっていたが、改めてちょっと悲しかった。
「俺たちに何かできることがあれば」
 僕の口からそんな言葉が出る。
「ない」
 班長は言い切った。
「ドローン対策は自衛隊でも研究してたんだが、警察が先にドローン捕獲用ドローンを飛ばすことで対応できるとなったんだ。首相官邸にドローンが落ちて大問題になった例の事件の後、警視庁がドローンに捕獲ネットをつけた捕獲ドローンを配備し、十名で構成される無人航空機対処部隊を作って運用を開始したのが2015年12月」
「たった2年前じゃないですか。それに東京だけですか?」
 同僚が口々に言う。
「神奈川県警も察知して手を打ってたんだろうと思いたいよ。ただ、普通は地上の警察官が送受者を捜して制圧しちまうはずなんだが」
「……厭な予感が」
 僕はそう言った。
「ああ。ドローンはタイプにも寄るが、中には重い荷物を運べるものもある。それに」
「ドローンが一機でない可能性も」
「そうだ。警察の対処能力を上回られたらまずい。まったく、やりきれないな。こうして対応をただ待ってるというのも」
 なにもないまま、じりじりと時間が過ぎる。
「どっちにしろおれたちに出来ることはない。基地内に入られそうなら、それはそれで最近法制化された『自衛隊の施設等の警護出動』自衛隊法第八十一条の二が発令されるかもしれないが、まだそこまでいってない。やるとしたら総理は県知事と根回しして防衛大臣と国家公安委員会で協議させなくちゃいけない」
「……ドローンがちょっと基地の近くを飛んだだけでこんな大騒ぎに」
「そりゃ、サイアクになればそこまでいくさ。ここを、この街を、この国を本当の戦場にするよりは、ずっといい」
 その時、また放送が鳴った。
 基地内警戒態勢解除の放送だ!
「おおー!!」
「県警がドローンの阻止に成功したんだ!」
「よかった……」
 みんな、安堵の声を上げる。
「しかし、おれたち、最初から最後まで、何も出来なかったですね」
 溜息も漏れる。
「まあ、出番がなくて良かったと思おうぜ。それがなにより一番だ」
「相鉄も小田急も運転再開だそうです」
「平和が戻ってきた、ってことだな」

 基地内と基地の外の事態収拾も、僕らの仕事ではなかった。
 僕らは普通に仕事を終え、帰宅することになった。
 僕はその帰りに、また大和駅のケーキ店でケーキを買った。
 まだ街はざわついた感じだった。電車もすこし昼間の運転見合わせの影響が残っているらしいが、それでも平和な風景が戻っていた。
 僕はいつものように、嫁さんの好きなケーキ『アプリコ・エテ』と『ベリーのタルト』を買おうとした。
 が、ふと思って、注文を変えた。

    *

「ただいまー」
 その『愛宕さん』そっくりの嫁さんが僕のアパートに帰ってきた。その青い瞳は彼女のお父さんが米軍人だったことによる。
「おつかれさま。仕事、上手く行ったんだね」
 僕のほうが先にアパートに帰っていて、部屋や台所を片付けていた。
「そりゃそうよ。まったく、今日は予想以上に横風が強くて、ワンパスで仕留められなかった。まあそのあとフォロー出来たけど。手間かけさせて。あの賊のドローンったら!」
 嫁さんはそう言いながら、バッグに入れた洗濯物を出し、僕はそれを受け取ってドラム式洗濯機に入れる。本当に可愛い嫁なのだが、さすがにゲームのように『ぱんぱかぱーん』とはなかなか言ってくれない。思い切って一度そう言って貰ったのだが、他に誰もいないのに死ぬほど恥ずかしく思えたのは二人だけの秘密だ。
 容姿の醸し出すふわふわした感じは確かにゲームそっくりなのだが、その洗濯物にはそれと似合わないほどのカッチリしたゴシック体の『神奈川県警機動隊』のロゴ。
 そう、僕の嫁さんは神奈川県警のドローン対策部隊に所属している。
「今日は君が『正義の味方』だったね」
「そりゃそうよ。このために訓練してきたんだから。それより、思ったよりこうなるのが早かった」
 彼女はそう言うと、深い溜息をついた。
「確実にいろいろとキナ臭くなってる。刑事部の仲間からまたいろいろ噂を聞いたわ。公安部の動きは例によってまた全くわからないけど」
「まあ、それは仕方ないさ。ともあれ、先にこれ」
「あ、ホールケーキ!」
「君、ヘビーな仕事の後は無性に甘いもの食べたくなる、って言ってたから」
「わあ、ありがとう!」
「ケーキ切っておくよ。まず着替えて」
 そういって僕はケーキを切った。
 彼女は着替えて、もう一度溜息をついた。
「小さな頃から正義の味方になることを目指してきたけど、まさか正義の味方同士で結婚してこうなるとは思わなかったわ。そして、本当は正義の味方なんてなくても正義がなされる世の中のほうがいいな、って、仕事になってからそう思った。正義の味方なんて必要としない世の中が、本当はいちばんなんて、無邪気な子供の頃は思いもしなかった」
「僕もだよ、正義の味方の仕事って、本当はそういうものだよ」
 僕はそう言いながら、紅茶を入れた。
「とはいえ、世の中はにもかかわらず、それを理解した、本当の正義の味方の勇気を必要としてるんだ」
「でも……」
 彼女は何か言いたげだった。
「まず、食べようよ」
 彼はそう言い、彼女は座った。
「美味しい!」
 いつもの相鉄線の電車が走って行く音が、鋼の音なのに柔らかく聞こえる。
「これが平和の音、だね」
「ほんとそうよね」
 二人でそう言い合って、微笑んだ。
「これが僕たちの守りたいものだ」

 そんな二人の正義の味方の、駅まで10分築30年賃料6万円の『秘密基地』は、その日、いつもより明かりが少し早く消えたのだった。
 それは二人が疲れていたのもあるけれど……それ以上のことは、敢えていうまでもないことである。
〈了〉

著者

米田淳一