「沿線協議会」かしわ台ニギル

(仮)相模鉄道沿線自治体協議会の来年度立ち上げに向けた予算獲得のための資料はほぼ準備万端と言える。三日後に控えた財政担当の課長ヒアリングに備える仕事の責任者はもちろん鈴木課長であるが地域活性化係主管の幸田勉が実質的な下書きを書き進めてきたわけで、このところ胃が痛い日々を送ってきたことを周囲は知っていた。初年度は準備会の会合を開くこととアピールに要するパンフレット作製費などが主なので、要求額は多くはないが、そんなものを作る必要があるのかという他のセクションからの圧力を担当する面々は感じていたからだ。
海老名駅西口周辺開発は順調に進んでいるとはいえ、付随する交通網整備や影響を受ける東口側の商業施設からの支援要請や相模鉄道の新たな出口新設に伴う並木橋方面の整備は待ったなしという状況下、まちづくりの整備担当や商業経済関連担当は予算獲得に関して一歩も引くつもりがないと鼻息を荒くしている。最近は挨拶もそこそこだ。
加えてどうも来年度は税収が対前年比でごくわずかではあるが下回ることを財務では強く意識している。毎年5%カットを求めている経常経費はもちろん、新たな事業はそれ相応の内容を持たない限り認められそうにない。平田昇市長が各方面から批判を浴びながらも三選を果たしさらにこの先をどうするかについて幸田が知る由もなかったが、ここまで進めてきたハード部門の仕上げをしないことには落ち着かないだろう。まあここまできたらやるだけのことはやろう。そう何度も声に出さずに自分を納得させてきた。
この夏に56歳を迎えた幸田とこの仕事を進めてきた寺井も福仲も、時期は異なるがそれぞれ経済部で地域経済、商業支援、そして小田急鉄道や相模鉄道とさまざまな調整については経験もある若手で、幸田を含め上司の信頼も厚い。鉄道に関しては乗降客数のデータをもとにJR相模線改札と小田急・相鉄側を結ぶ自由通路建設の計画にも一枚かんできた。幸田は、仕事の上では商工会の補助金交渉窓口や各店舗等の具体的な相談に乗ることが主で、鉄道についてはサブリーダーの役回りを演じてきたにすぎない。ではあるが、幸田は沿線協議会についてはそれなりの思い入れがあるのだ。

羽沢や新横浜、さらに日吉へと新たなアクセスが展望できる計画は、実現するだろうその予定が延びてはいるが相模鉄道沿線自治体にとっては住民定着施策につなげる希望を与えている。客観的な論拠に乏しかろうが少なくともそうすべきであると幸田は思う。平田市長も海老名市内に住居を持つ学生に家賃補助をするなど、定住促進に向けた施策展開を発案したと聞いた。一部にはその効果を疑問視する向きもなかったわけではないがそこは市長の想いに逆らう必要もないと疑問の種は飲み込んだようだ。議会の重鎮たる星野和夫も石塚哲も、さらには市長の対抗馬と噂されることもある女性議員筆頭の茂木佳代子ですらご当地で人口減少を抑えるための施策展開は積極的に後押ししてきた。人口については右肩下がりになるのは間違いなく、問題はゼロサムの争いで人口の「奪い合い」に自治体が埋没することから脱却することだ。そこが課題なのだ。自治体には当然、競争の側面もあるが、隣の自治体と人口を奪い合うことに何の意味があろう。むしろ近隣自治体と協力関係を強化してともに定住できる魅力を形成するしかないのではないか。国が、やたら自治体に競争を強いてきたこの数年、いや十数年か、デフレ経済がマインドをも縮小させて自分の(自治体の)身を守ることに専念させてきた。特区を認めるなどの権限を持つ国としてみればアメとムチを使い分けながらコントロールするのはお手の物であったろう。国会議員も国家にも自治体にも財源に余裕がない中で手柄を地元に運びにくい中、他の自治体よりも予算をつけることに意識が向きやすい。全体を盛り上げることに意欲がわかない。
でも、公務員は選挙の洗礼を浴びる必要もないのだから、もっと各自治体、ウインウインの施策を進めてもよかろう。沿線協議会は、その試金石となるだろう。地域包括ケア社会の実現のためにも、新しい挑戦が必要なのだ。地域包括、はみんなで助け合おうと言っているではないか。
ワクワクするではないか。幸田とともに寺井も福仲も、若干のベクトルの違いはあるがワクワクはしている。寺井と福仲についていえば、彼らは右肩上がりを実感した人生を送っていない。首都圏という恵まれた地域にたまたま住むことができているため、疲弊する経済のどん底という危機感には遠いがさりとてワクワクする事業が多い時代ともいえない。だから相模鉄道沿線自治体協議会という枠組みは貴重な経験を生み出すだろうと幸田は期待している。

「ツトムはだいぶ疲れているんだろうね」
タダシがグラスを傾けロックアイスを鳴らした。カウンターの右隣に突っ伏して寝てしまったツトムは三杯しか飲んでないはずだ。
「相鉄線のこと?」「なんか人事の不祥事がどうのとかも言ってたけど」
マイコとノリが応じたが二人は息子の進学先や初孫の話でそれどころではない。まだ夜の7時半を回ったところなのでここにはほかの客はちらほらといったところで静かな空間で居心地がすこぶるよろしい。
「相変わらず電車が好きだからのめりこんではいるようだけどな。詳しくは知らないけど壁にはぶち当たっているとは言ってたけどね」
タダシが知る限り自治体のほうは形式だけでも立ち上げるくらいは悪くはないかと担当者間の感触は得ているが、問題が生じたのは沿線で構成する議会のほうの支援協議会の準備会の構成議員割り当てで調整が微妙だという見通しがあるという。たとえば横浜市会では保土ヶ谷区、旭区、瀬谷区、泉区選出議員2名ずつで異論はなさそうというが、湘南台駅を抱える藤沢市、大和駅と相模大塚駅のある大和市、そして海老名駅、かしわ台駅、さがみ野駅のある海老名市での割り当てが決まらない。羽沢方面に延伸することが見通せるため、その地域をどう扱うかもわずかながら懸案だ。政令市横浜以外では、議員定数は藤沢市議会が36、大和市議会が28、海老名市議会が22だ。人口に比例とまではいかないがおおむねそんなものだろう。抱えている駅の数とは関係なく当初割り当ては駅の数に関係なく各議会から3名と原案を作成したことについて藤沢市議会側が4名の枠を希望してきた。まだ内々の話なのでどうとでもなる話ではあるが、議会相手のことなので拗らせたくはない。ざっとこんな話だったかな。タダシが語ったがマイコやノリが聞いていたんぁ

夢の中で幸田は、かしわ台の跨線橋から西に向けて大きく広がる大山を眺めている。夕暮れの景色はいつも素晴らしいのだ。子どものころ、飽きずに眺めて帰宅が常に遅くなった懐かしい時代、夕暮れには懐かしいにおいが伴う。砂ぼこりにもにおいがあった。
大塚本町駅のある高座郡海老名町に移り住んできたのは4歳のころ。相鉄線はたぶんしばらくは4両編成が主だったと記憶している。現かしわ台跨線橋は通学路だったが当然かしわ台駅はなく、当時は自動車の往来もほとんどない道路だった。天の川がうっすら見える夜空やホタルや赤とんぼやタニシがいっぱい、自然環境は何より貴重な教科書だった学齢期を迎えた。小学校からの帰り道、ランドセルを地べたに置いて友達と電車の行きかうさまを眺め続けた。たいがい2人で、ときには3人で。
そのころ、かしわ台の車両基地から海老名まではまだ単線区間でのためなのか、場内信号やポイントの切り替えが頻繁で、見ていて本当に飽きなかったのだ。場内信号は五灯式で黄色二つの「警戒」、黄色と青色が点灯する「減速」が加わる。ぼくらが好きだった切り替え線路は三通りによく切り替わった。車両は4両、5両、多くて6両編成。大塚本町駅側から海老名に向かって電車が来て赤信号の前で停車する。海老名からスピードに乗った相鉄線はリズミカルにそのポイントを通過して横浜方面、大塚本町駅にと向かい通り過ぎると、滑らかに芸術的にポイントがいつの間にか動いて変わっている。と、場内信号に青色が灯り海老名行が出発をするのだ。楽しい。
大山に日が沈む光景を何度も見て育った。春分や秋分に真西に沈むおひさまは、春は日に日に北側に沈んでいくし秋は当然南に日没の着地点をずらしていく。大山もご機嫌に見えるときもあれば悲しそうな顔色に見えるときもあり、電車が静かにしているときは青空や夕空や大山、丹沢を見ているだけで心が落ち着くというものだった。小学生らしく地べたにしゃがみこんでノートを開いて漢字の書き取りの宿題をこなす、ハーモニカや縦笛の練習をしたこともある。仲良しの三人は、相鉄線が好きで、星空が好きな友達として幼少期を過ごした。大山の光景はそのころと今とで変わりがない。それは当たり前と言えば当たり前ではあるがありがたいことだともいえるのだ。このありがたさを忘れて生きてはいけないはずだ。

単線区間が複線になるころ、中学に進学をした。当時、かしわ台周辺に中学校はなく、したがってかしわ台駅から海老名駅まで電車通学となる。電車好きが電車に乗れることほどうれしい話はない。海老名駅周辺はまだ開発がされてなく田んぼだらけだった。下校時は田んぼの中を転がりながら帰った。一面に広がるレンゲ畑と春の空に遊ぶひばり達の姿が目に焼き付いている。その空気を吸った仲間は、子どものころの面影を残そうが残すまいが仲間でなくなることはありえないのだ。窮屈な詰襟の学生服はよく汚れたのできっと手入れが大変だったのだろうが中学生にはよくわからない。いい時代を過ごしたという記憶は人生の中の最大の宝と言える。今の子どもたちにはその経験を引き継げなかったが、だからこそその申し訳なさに正直に向き合い、今ある豊かさとまちのぬくもりを残したい。幸田のこだわりは、そこからきている。

綾瀬市から通勤している寺井と厚木市から通う福仲で意見が違った。鉄道駅を持たない綾瀬市はクルマなしでは生活するのに不自由だ。それはともかく、鉄道に対する愛着が薄いように幸田には思えるときがある。幼少期の経験の有無から来るのであろうか。人にもよるだろうが。その寺井は藤沢市議会のわがままを聞き入れようという。藤沢の企画担当は議会を説得するまで時間が欲しいというが議会事務局は難渋の態度を隠さないのだとも聞く。なぜならば湘南台は一駅といえどもポテンシャルは高く、その地域や周辺企業や施設に利害関係を有する議員だけでも6人はいるというところ、4人くらい入るのが当然だろうというのがその主張らしい。寺井はなるほどと思うという。綾瀬市からは海老名駅にもアクセスのルートがあるがそのほか大和方面や当然藤沢とも隣接しているので、一駅しかないからと言ってそれだけを理由にはしにくいと。
福仲の言い分はこうだ。厚木市は、本厚木駅まで相鉄線を延伸して乗り入れてほしいという立場をとり続けている。かつてたしかに相鉄線は本厚木まで運転をしていた時もあったという。幸田はさすがにそこまでは知らなかった。厚木市は人口が多いが駅が少なく本厚木駅への集中が問題になっているのかもしれない。小田急多摩線が橋本駅まで伸びたのち、さらに愛川町から本厚木方向に路線が認められるようにとの議員連盟もできたという。そして、相鉄線の乗り入れについてもまだ要望が続いていて、議会では相模川を渡るのが大変だったら相模川の地下を通したらという議論もあったという。その厚木から通う福仲にはそういう議会の言い分を調整できないと協議会を立ち上げても機能しなくなると思えるようだ。

カウンター席でのうたた寝からすぐに目を覚ましたと思った幸田だったが隣のタダシが、10分は意識を失っていたぞと言った。中学の同級生でさがみ野から通ったタダシは不動産業に従事して長い。ノリとマイコは最寄りが海老名駅なので電車通学ではなかった。温泉同好会と称して時折、飲む。たまたま今日はこれまた同級生の長男が開いたばかりのこのバーに来た。「親父はスリランカに行ってるんスよ」と言っていたがラインをすると別の用事で今日は店に顔を出せないのでゴメン、とすぐに返事が来た。バリスタは忙しいらしい。
「起きた?疲れてるみたいだな」とタダシ。
「今度休みの時に健康ランドでも行こうか?どう?」
ノリが提案するとマイコも
「少しは息抜きしなよね」
と笑顔を向けた。気の置けない友と、ほっとする時間を持てるだけでも救いだな、と感じてノンアルコールのカクテルを注文した幸田のスマホから音が流れた。最近は夕刻以降の電話はめったにない。連絡はたいがいメールかラインだ。
「明日か」
幸田がつぶやいた。

相鉄の魅力の一つの小冊子、瓦版の愛読者は多い。編集者のセンスと取材の努力は大いに見習いたいところだ。愛読者の中で、瓦版で紹介されたお店などを実際に訪れてインスタグラムに投稿し合うグループが形成されている。男女の比率などはわからないが写真を主に交流するだけの間柄なのできわめて緩やかな関係だろう。その投稿の中で、コメントに電車を利用する利用客の側も、鉄道に協力しようではないかというようなものがあった。回りくどくなったが、その仕掛けに興味を持った福仲が、インスタグラムに画像を投稿してその意見に「いいね!」を送り、交流の輪を広げようとしているという。
予算のヒアリングを明日に控えて福仲は幸田と寺井にこの話をするかどうか悩んだうえで昨夜、意を決して幸田にその旨を送ったのだった。まだ複雑な案件を抱えてはいるが、この状況を苦しいと感じるのではなく、まあいろいろあって当然だなと割り切ろうと決めた幸田は瓦版ネットワークに期待したいと思った。
鉄道は、他の輸送機関、公共交通に比して圧倒的な大量輸送と定時性を持つと思う。しかし、首都圏の鉄道の混雑度合いはひどく、相鉄線の混雑率144%は少ないほうだ。乗客同士のトラブルも増えてきたように感じるし、安全な路線を維持するためには企業側にのみその責任を負わせることはおかしいのではないか。ストレスの多い現代社会で予想不可能な犯罪もある。利用者の中で、しかも瓦版愛読者のような、良質な利用者がムード作りに一役買うだけでも意味があるのではないだろうか。

市役所の言うこと、つまり役人の言動には従いたくない議会も、住民が主導した形となった主張に対して、となると話が異なろう。沿線の魅力を伝えていこうという市民の自発的な動き。利害関係を持たない点も重要だ。既存の組織ではないので○○代表とかいう形にしにくいという点もあるし、事業展開への合意を得ていくプロセスも定かではないが、この際、一過性ではないお祭りをしかけていく覚悟で取り組んでもよさそうではないか。

福仲の感性に共感するところの多い寺井も乗ってきた。まだまだいくつも壁はありそうだが、崩すことができないということもなさそうだとの思いで思わず三人は笑った。

著者

かしわ台ニギル