「浮いたガソリン代で今日は」金田モス

 吐く息がかすかに白ばみ見上げた空は宇宙が透けて見えるような青さで、そこに大きな隔たりがあることを諭すよう申し訳なさ程度に雲がたなびいている。のぼり坂の先に向かい今日も年頃の女子だけが列をなすいつもの通学路。その坂は力ないのだが朝食を飛ばしたことが悔やまれる。若さとは思いのほか熱量を欲するものなのだ。
「よお、さくら今日は彼氏同伴じゃないのか?」
 背後から肩を叩かれ激痛がはしる。朝食を食べなかったのは、昨夜、リビングでレンタルした映画を観ながら寝落ちし頚を痛めたからだ。そんなこと知る由もなくお構いもない親友。ちなみに同伴というのは、生まれてこのかた17年間彼氏がいたことがない私をちゃかしている。いい加減女子高だからという言い訳も通じないだろう。
「関内、そんなあなたも本当はまだ引きずってんじゃないの?」
 典型的なハマっ子なのだが関内と書いてセキウチと読む。彼女にしたって前回破局後、半年間男っ気がない。
「痛いとこつくね、こんな真冬に」
「失恋に真夏も真冬もなくない?…というかいつまで落ち込んでんのよ」
「ああ、まあね...」
 気まずい雰囲気。なにかフォローせねばと思うが、失恋したことがない自分には、どうにも口走る台詞がない。
「ああでも今日、中学の頃の男友達に、連れを紹介してもらう予定なんだ、あんたも来る?」
口にした直後、関内の表情が、わかりやすく残念そうになった。彼女がというより、返答する前に私の方が顔色で示してしまったのだろう。毎週月曜日には病院へ行かねばならない。
急にしおらしくなる関内。そんな彼女を見ていると彼氏なんかいない高校生活も悪くないと思うこともある。
「お祖母さんの具合はどうなの?」
「体調は問題ないんだけど、正月の一時退院から戻ってから、ちょっと元気ないみたい」
「わたしもついて行こうかな」
「冗談でしょ?」
「冗談よ、でもあんたいいわよね、春には咲き乱れる花々が蕾を育ませるこの時期に敢えてて会いに行く人がいるなんて」
「なにいってんの、あなただってお母さんがいるじゃない」
「お母さんねえ…毎日会ってるわ、そんな間柄じゃないな、あんたも母子家庭だからわかるでしょ」
 お父さんは…と言いかけてやめた。生まれた時からファザーレスな自分とは違い、彼女には父親がいる。彼女が中学のころ両親が離婚し今は別居中。
「あんた今お父さんは?っていおうとしたでしょ」
 まったく気の置けない間柄だ。
「会いたかないわよ、ナントカ協定の誠実な履行とかで月に1回いやいや会ってるけど、だいたいヤツがお母さんと別れたお陰で私は海老名から通わなければならなくなったんだから、前のマンションなら始業時間20分前まで寝てられたのに」
 せめて養育費に高校のある横浜駅までの定期代を上乗せして欲しいわ、という関内。加えて往復60分、女子高生のかけがえのない時間も賠償して欲しい、パパ活ならプチプラなブランドバックくらいは買って貰えるのだそうだ。
「そういばお祖母さんに会ったら尋ねてみて欲しいことがあるのよ」
 関内の顔は少し強張っているようにも見えた。失恋の痛みというのはそれほどのものなのか。

「通常、横浜というと西口ではなくこの辺りを指す」と東京出身の関内の元カレはいっていたらしい。
水際にそそり立つシャープにインテリジェンスなランドマーク。日本でこの場所以外なら景観的にセンスを疑われるほど前衛的な造型の建造物が建ち並ぶ、みなとみらい。その一角にある総合病院。赤れんがや氷川丸のビジュアル、大さん橋、馬車道の語感などがレインボーブリッジで囲まれた水たまりの対岸から漂ってくるような雰囲気を祖母は気に入っていた。
「さくら、いつもありがとうね、おかあさんは元気」
 窓からはその海が見える。
「仕事が忙しくって、なかなか顔だせなくて申し訳ないっていってたわ」
「とんでもない、こんな良い場所に入院させていただいて、こっちこそ申し訳ないわ」
 たしかに、この近代的な医療施設の窓際の個室。この部屋を確保するのには相当の費用が必要だと以前、歓談室で見舞客から聞いたことがある。
「彼女、お仕事忙しいのかしら、あまり無理しないように伝えておいてね、そんなに無理しないのにこの有様なわたしがいうのも変な話だけど」
「大丈夫よ、いつも深夜だけど毎晩帰ってくるから、最近では朝ご飯も作ってくれるの」
「よかったわね、でもなにしろ無理しないように伝えてちょうだいね」
 カワイイだけでなく年頃である娘を持つ母親は、とはいえ娘にばかりに構っていられない。同僚曰わく「男にしておくのももったいないくらい」の商社ウーマン。御年52歳。
大学卒業後、当時としては異例の女性総合職として入社。20代と30代の少しを海外で過ごした後、幹部として東京本社に凱旋。初の女性役員誕生か、という矢先、私を懐妊した。そのことについて私には少なからず負い目がある。
「でもあなたがいるから大丈夫だわね、彼女、横浜に帰ってきた頃は辛そうだったけど、あなたが生まれてからは顔つきまでも変わったもの」
 本当だろうか。わりと仲がよい母娘ではあるが、その頃のことで尋ねたことがない。キャリアを中断してまで私を産んだことを後悔していないのだろうか。これから私が成長してく過程で、いつかその問いに向き合う季節はやってくるのだろうが、今の私には重すぎる。
 ふと、親友からの依頼を思い出す。そこに居ずとも常に私をその困難な状況から救ってくれる関内。その彼女が私に課したミッションとは、こんな質問をすることだった。
「ねえ、お祖母さん、ハマっこっ子どんなひとたちのことなの?」
 きょとんとする祖母、それはそうだろう。ハマっ子という言葉を知っているかすら怪しい。
「どうしてそんなこときくの?」
「親友が別れた彼氏からいわれたらしいの、『オレはハマっ子とはつきあえない』って、ちなみにつきあうってのは『おつきあいをする』ってことね」
 デリケートな関口の個人情報ではあるが、迷わず伝えた。
 祖母は少しだけ思案しアドバイスをくれた。それはこんなフレーズで切り出された。
「あなたたちが毎朝通っている電車にしかないものってなんだかわかる?」
 質問を質問で返されたよう。しかし、祖母の答えはなかなかいいところを突いていた。

日が長くなっているとはいえ、さすがに6時を過ぎると暗い。あまりに間近すぎ、かつ忙しなく眼下に流れる車窓の風景。いつもの電車にで、祖母の台詞について考える。
祖母が定義するハマっ子とは「江戸っ子のようにお節介だがシャイな人達」だった。シャイだから、ちょっとセンスもいいらしい。
「きっとベイスターズファンだということがイヤだったのね、彼ジャイアンツだったから」という関内の言い分よりは、ずいぶん真っ当な定義。しかし、ハマっ子を言い表すにはいいが最初にいいかけた「毎朝乗っている電車にしかないもの」の説明にはまったくならない。
 その「毎朝の電車にしか・・・」について、祖母に聞き返すと、「あれはなんとなく口をついただけだから気にしないで、たいしたことないし」と取りあってもらえなかった。
「乗ってみれば気づくわよ」
 祖母はいったが、まったくわからない。
 上質なコーディロイのコートを上品に着こなし頭髪をスマートにポマードで撫でつけたビジネスマン。ハイブランドなレザートートバッグを小脇に抱え低めのヒールにエレガントな香水を纏った女性。ブレザーと半ズボンを品良く着こなす私立小学校の児童。都心ほど混雑していないが、かなりの人々が一緒くたに乗り合わせ揺られている。
 その密着度も揺れ具合もお構いなく、また児童までもがスマートフォンに見入っている。考えてみれば普段の自分もそうだ。しかし今日は違う。この中にある、この中にしかないものってなんだろう。
 いつもの駅で降り、横浜のアメ横と呼ばれている商店街を歩く。大都市横浜から10分程度の立地にもかかわらず下町の風情がある。その昔は武蔵野国最西の宿場町でもあったという。今も昔も変わらない賑わい、というところだろうが、そういう場所には時代を超え、ひとを惹きつける磁場のようなのがあるのかもしれない。
商店街からほんの少しはいった場所に聳える高層マンション。下町の風情にはあわないが自分にとっては物心ついた頃から暮らす場所。めずらしく母親が帰宅していた。
台所ではジャガイモと牛肉がみりんと醤油らしきに煮つめられている。
「早かったわね」
「お母さんこそ、ついに仕事嫌になっちゃった?」
「そんなわけにもいかないでしょ、今晩から急に海外へ行くことになって支度がてら帰ってきたの、今は便利よね、飛行機は夜中でも飛ぶのよ」
いわれてみると母親は化粧を落としていない。
「長期不在の罪滅ぼしに手作り料理をこしらえてるってとこか」
「まあそういうことね、あなたに、というより自分がラクになるためかも知れないけど」
ふきのとうゴマ和え、たらの芽のおひたし、白子のしんじょ。季節の素材を使った料理達が母娘ふたりのこぢんまりした食卓狭しとならべられ、あとは肉ジャガをひと煮立たせするだけの雰囲気。
「いいわよ先に食べてて、私ゆっくり食べていられないから」
 お言葉に甘えていただくことにする。あいかわらず手の込んだ料理。お椀料理の、ねじり梅は抜き型すら使わず手包丁で作り込まれている。
これほどハイグレードに家事をされると娘としてはプレッシャーに感じるところだが、キャリアに関しても同様、つまらないネガティブ感情をぶっ飛ばすスゴ加減の尋常じゃなさと、母親のあっけらかんとした人柄が、その重責をやんわりと、とりのぞいてくれる。
「どうだったお祖母さん、だいぶ元気になってたでしょ?」
「お母さんに。あんまり無理しないように伝えてっていってたわ、あんまり心配かけさせないでね」
「でも、私には、さくらがいるから大丈夫とかいってなかった?」
「なんでわかるの?」
「いやなんとなく」
「そういえば私を産む前、日本に帰ってきた時、お母さんって酷い顔してたって本当なの?お祖母さんいってたけど」
「酷い顔っていうのも酷いわね、でもたしかにそうだったかも知れない」
大量の肉ジャガを運んでくる母親。鉄砲足軽の帽子を裏返しにしたような陶磁器に盛られている。
「ああでもある日気づいちゃったの、相鉄線に乗っている時に‥・」
 その瞬間、母親の携帯電話が着信を知らせる。肉ジャガを置き応答。話ながら寝室の方へ行き、しばらく。スーツケースを引きずりながら戻ってくる。
「ごめんちょっと急ぐ、余ったら明日にでも食べて、ほんとゴメン」
 そういうと、再び会話に戻り、そのまま部屋を後にした。
 同じ感じでなんど置いてけぼりを喰ったか。さすがに、この状況に寂しさを感じてしまう年齢でもないのだが、気になるのは相鉄線に乗っている時に、というくだり。
 母親が家を出た後、その件についてラインすると、さすが親子だわ、という答えが帰ってきた。「多分あなたも乗っていればわかるわよ」

 翌日は入試関連行事のため午後休校。海老名にある関内の自宅に遊びにいくことにした。長く乗ってみれば、答が見つかる気がした。
 突然のオファーだったが関内も喜んでくれ、ジョイナスの輸入雑貨店で大人げなくも大量の菓子を買い込みピクニック気分で午後いちばんの特急というやつに乗り込んだ。
横浜を発した相鉄線はいつもの乗降駅をやりすごし横浜郊外をゆく。新興住宅地やビジネスビルが立ち並ぶエリアを抜け、帷子川沿いを走った。そのあたりはちょっとした谷になっており、横浜とは意外に起伏に富んだ地形であることに改めて気づく。そういえば、「だから横浜の女は足腰が丈夫なのよ」と母親がいっていたのを思いだした。
 その後、広大な住宅地やら大きな乗換駅やらを過ぎ海老名駅に到着。海老名といえば、ずいぶん遠いイメージがあるのだが、実際は30分くらいだった。
 改札へ向かう途中、関内宅への手土産を車内に忘れたことに気づき、急ぎ戻ると終着駅であるのに座席に留まっているお年寄りの女性を見かけた。寝ているのか具合が悪いのかわからなかったが、どちらにせよ声を掛けたほうがよいと呼びかけるが反応がない。駅員を呼ぼうかと迷ったが、呼吸からして切迫した状況でもなさそうだ。軽く揺さぶるとしょぼしょぼとした目を開けてくれた。
 女性を中心にホームのベンチに腰掛ける。東京から来たという彼女、出身地である海老名に30年ぶりに来てみたという。
「昔にくらべるとこの辺って変わったんですか?」
まあ妥当な質問だ。放ってはおけず、といっても話す話題もなく流れる沈黙をほぐすその凡庸な質問に敬意を払うべきだろう。が、反応がない。
再び重苦しい空気が流れる。カラフルで硬質なプラスチックのベンチ。おそらくお尻の形にフィットするように造型されたフォルムはまったく彼女の臀部にはそぐわず、その佇まいの奥ゆかしさとある種の、かわいらしさを強調している。年齢は祖母より少し上だろう。もしかしたら80歳を超えているかも知れない。関内と対比した場合のスケールや、背骨の曲がり具合。ウィキペディアに挿絵が乗るようなヴィジュアルのお婆ちゃん。
「おぼえてないね」
 蚊の鳴くような音量だが、よく通る声だった。
「ここにきたのは、なんせこんな婆さんが、こどもの頃だからね、駅があったことしかおぼえちゃないよ、鉄道が通ってるってだけで、ありがたかった、おとうの田舎じゃ汽車なんてのは通っちゃいなかったからね」
「でも相鉄線はあったんだ」
 関内がやや怪訝な顔をする、この発言は住民に対して失礼なのか。
「あったさ、この辺りはなんもなかったが、ほれ、横浜まで行けばなんでもあった、買い物列車ってのに乗せて連れてってくれんだ、年頃になると行っとった、おかげで爺さんと会うこともできたんだけどな」
 戦後まもなく、神奈川にやってきたというお婆ちゃん一家。最初はもっと横浜に近い場所
に土地を買い農業を営んでいたが、急激な再開発と地価高騰で少しづつ郊外へと移るようになった。移り住む度に資産は増え、海老名に達する頃には、もう農業を営む必要がなくなってしまっていた。お婆ちゃんの父親はそのことを亡くなるまで悔やんでいたらしい。
 年頃になったお婆さんは月に一度、おかいもの列車なるもので、横浜へ行き、百貨店などでお買い物をした。そのときはすでに社長令嬢であったお婆さんには、専属のイケメン外商担当がついた。そのイケメンがお爺さんだった。
「まあ、田舎の若いむすめが連れ立っていくんだわ、横浜が近づくと、百貨店のかわいらしい店員さんが乗ってきて、もよおしやらを説明してくれるわけよ、ほしたらわしらもその店員さんに負けんように色直しするわけさ、あんこらわしらもかわいかったな、ときめいとった」
 そこを中心に刻まれた皺の奧、冬の乾いた空気に負けじと潤んでいるであろうお婆ちゃんのつぶらな瞳。その湿潤を纏いみる景色というのはどんな今日なのだろう。
 その後、お婆さんは出迎えにやってきた、いとこの義理の娘さんとともに去って行った。

 久しぶりに会う関内ママはあいかわらず元気が良かった。離婚の際、関内パパからふんだくったという巨大なアメリカ車でショッピングモールに乗りつけ大量の食材を購入。午後のほとんどの時間を費やし自宅で料理を作り、そして作りながら食べた。関内ママは関内が好きだという中華料理を、私は母親の見よう見まねで和惣菜を、そして関内は下ごしらえと、煮こぼさないようにコンロの番を担当した。
 それでも足りないという育ち盛りの私たちは冷凍ピザを焼きはじめた。いろんな料理で収拾つかないわね、というと、ママが「江戸っ子は3代住んでやっと江戸っ子だけど、ハマっ子は3日住めばハマっ子っていうでしょ、細かいこといわずナンでも来い!なところがいいところじゃない、外人さんのハマっ子だっているんだから」といった。
 まあそうなんだろう。が、関内が呟く。
「というかここ海老名だし」‥・あんたのせいで。
「でもまあ、お陰で、さくらちゃんもいるあの場所が、長らく電車に揺られてまでいく場所になったわけだし、良かったじゃない、人には大切なものを育むための然るべき距離というのがあるのよ、どこかへ到着するためだけに電車にのっているだけ、なんてのもつまらないでしょ」

 関内宅での楽しい時間の後、ほぼ終電になってしまった相鉄本線乗り込む。こんな時間なのに我が家まで連れて帰ってもらえるというのはありがたいことだ。いつもと違い乗客の少ない車内。いつもより暗い車窓。規則的に揺れる白いつり革。ふと誰も居ない昇降口付近に視線を感じる。
 こんなところにこんなものがあったのか。普段の距離、車内では気がつかなかった。若き日のお婆さんが、そして祖母やお母さんが見つめたかもしれない、小さな鏡。

著者

金田モス