「瀬谷の墓参り」ぴぺっと

ブーブー
携帯電話のアラームで目が醒める。眠い目をこすりながら、アラームを止める。せっかくの休日だが、もう一眠りしたい自分を抑えて、ベッドから起き上がる。今日は、祖母の5回目の命日。幸いにも、土曜日で会社に行かなくても良い。

夢の中で見たことを思い出しながら、隣で寝ている妻を見る。すぐに起きてくるだろう。先に顔を洗って身なりを整える。まだ冷たいお水が、自分の頭をクリアにする。休日は、ベッドの上でゆっくり過ごすのが妻と私の習慣だが、今日は1年に一度のお墓参り。遅れるわけにはいかない。(待ち合わせをしているわけではないので、何時に行こうが、誰も気にしないのだが。)このような1年に1度のイベントはどのくらいあるだろう。年末年始、記念日、結婚式、昇進試験。何かこう1年に一度ということに縛られている気がする。そうやって、歳を重ねていくのだろう。まるで、イベントで予定が埋まっているかのことだ。しかし、数あるイベントの中でも、自分にとってお墓参りは、欠かすことのできない人生のイベントだ。

「おひゃよぉー」妻の眠そうな声が呼びかける。
「おはよぅ」私も甘く答える。
「あなた早いわね」
「うん、なんとなく早く起きたい気分だったんだ。準備できたら、出かけよう」私は時間に関して、比較的キッチリしていると思う。デートの時のスケジュールを決めるタイプではないが、家を出る時間と家に帰る時間はなんとなく決めておきたいタイプだ。今日のお墓参りも、朝8時に家を出たいと昨日話し合った。妻は7時すぎに起き、私は7時前に起きる。時間に余裕を持って行動したいタイプだ。

2人で軽い朝食をとって身支度を整える。私服ではあるが、できる限り清潔でキレイな服を選ぶ。なぜかと聞かれると答えられないが、あえて理屈をつけるとしたら、祖母にキレイな姿で会いたいという自己顕示欲の表れとでも言える。そんなことを服を着ながら考える。そして、予定時間よりちょっと早く家を出る。これはちょっと珍しい。いいことがありそうだ。

カタンコトンカタンコトン
「昨日の大雨からよく晴れたわね」妻が快晴を喜ぶ。
「もちろん、俺は晴れ男だからね」と内心安堵しながら、返しの一言。このパターンはもうお決まりだ。

車窓から見える風景は、横浜駅の大都会からすぐに住宅街に変わる。何度目の景色だろう。去年は確か大雨ですぐに帰ったことを思い出す。
「キレイね」妻がふいに言う。
「え?ああ、晴れてとってもキレイね」最初は戸惑ったが、確かに美しい自然と都市の共生が印象的だ。今まで意識したことがなかったが、改めて実感する。当たり前すぎて、気がつけなかったが、初めて乗る妻の目を通してみると、印象的なのだろう。

ピローンピローン
目的の瀬谷駅に到着する。墓参りや知り合いの家にいく等の特定の用事がなければ、降りないような駅だ。それでいて、住民にとっては必要不可欠な駅。そんな田舎の駅。駅前はお店が並ぶが、とても横浜とは比べられない。それでも、必ずここのお花屋さんで仏花を手に入れる。それも、必ず祖母の好きだった黄色の菊が入っているものを選ぶ。理由はわからないが、いつもそうだったからという習慣を変えることは難しい。

ポォーンポォーン
お寺の鐘の音が聞こえて来る。駅からタクシーで十分、そう聞くと近いが、歩くと三十分くらいかかるそんなお寺に、祖母のお墓はある。大きな栗の木が特徴的なお墓で、来るたびに、お寺の前の狭い道路でよく車がすれ違いできるなと感心する。混み具合は少なめ、秋のお彼岸だが、朝早いことが幸いした。

「久しぶりね」突然、後ろから声がした。叔母さんだ。父の兄のお嫁さんで、所沢に住んでいるため、朝の早い時間にお墓で会うことはほとんどない。そのため、私はちょっとした違和感を覚えた。
「ご無沙汰しています」妻の素早いレスポンス。
「お久しぶりです」遅れて私が答える。
「叔母さん早いですね」
「ええ、ちょっとね」叔母の表情が曇る。
その時、いつも一緒にいた叔父と従兄弟の姿が見えなことに気がつく。
「今日はお一人ですか?」思ったことをそのまま聞いて見る。
「ええ、そうよ。あなたたちも、二人だけで来たの?お父さんは?」
「二人で来ましたよ」返事をしながら、いつもの叔母らしからぬ受け答えに、違和感を覚える。
「あなたたちも、今来たところ?」
「ええ、ちょうど着いたばかりです。いい天気で助かりました」

挨拶がすんだところで、お墓の掃除を始める。祖母のお墓はシンプルだ。お水を取り替えて、お花を挿して、墓石にお水をかけるだけだ。すぐに準備は整う。お花はそれぞれが持ってきたのを全部挿した。色々な種類が混じっていつもより豪華に見える。お線香を焚いて、お参りをする。なぜ、いつもお墓参りにいくのかと問われると、答えられないが、目を閉じてご先祖様や祖母に報告することで自分の中で整理できることもある。

「駅まで送っていこうか?」
「ありがとうございます」やっぱり、今日の叔母はどこか違和感がある。

カチッカチッカチッ
車内でウィンカーの音だけが聞こえる。
「あの・・・」思い切って聞いてみる。
「どうしたの?」叔母さんが愛想よく答える。
「叔父さんはお元気ですか?」
バックミラーを確認するくらいの沈黙。
「実はね、入院してるの」明るく振る舞う叔母に、あきらめに似た印象を受ける。
「思い病気なんですか」妻がすかざずに聞く。こういう時に、はっきりと質問できるのが妻の良いところだと思う。
再びの沈黙。
「お医者さんは治るって言ってるんだけどね・・・」

話も半ばで駅につく。来た時よりも賑やかになっている駅前。周りを歩く人たちの姿が、急に自分を現実世界に引き戻す。叔母の目を見つめる。
「お大事にしてください」色々と聞きたい気持ちをぐっとこらえて、私たちは車を降りる。
「ありがとう」そう答えた叔母が一瞬悲しげな目をした。

ガタンガタン
帰りの電車は、とても空いていた。何か得体のしれない不安な気持ちで胸が一杯になる。そんな叔母の言葉だった。何気なく帰りの電車から見える風景。その中に映る住宅街の屋根のアンテナが悲しげな印象だったことを忘れられない。

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