「猫好きなきみ」井上綾

「茅野くーーーん!!」
今から半年くらい前、高校二年生に進級したばかりの頃、遥は突然俺の前に現れ、俺は遥にやたらと追いかけられるようになった。遥とはクラスも部活も委員会も違う。唯一の共通点といえば、同じ高校に通っていることくらい。遥は学校内で俺を見かけると、俺の名前を呼びながら満面の笑みで駆け寄ってくる。
「あ!」
俺の横にいた拓弥が、遥を見るなり突然口を開いた。
「それ、そうにゃんじゃん!」
拓弥が遥のリュックについているマスコットを指差した。
「そう!かわいいでしょ」
そうにゃんと呼ばれるそれは、オレンジ色の猫のようだった。
「何のキャラクターなの?」
二人に聞いてみると
「ああ、茅野は知らないのか。相鉄のマスコットキャラクターで『そうにゃん』っていうんだ」
と拓弥の答えが返ってきた。なるほど、そういうことか。この高校は横浜市の北部に位置していて、横浜駅からは電車で十五分程。多くの生徒が横浜駅で電車を乗り換えて通学している。遥と拓弥は最寄り駅が同じらしく、二人はいつも相鉄線を利用している。俺は普段相鉄線に乗らないからそうにゃんのことを知らなかったけど、相鉄線ユーザーにとっては常識なのか。
「私たちの最寄り駅はね、『そうにゃんだい』って言って、改札の前にそうにゃんのパネルが立ってるんだけど、季節に合わせた装飾もされてるんだよ!」
遥が相変わらず満面の笑みで言った。『そうにゃんだい』?と不思議に思っていると
「湘南台ね、本当は」
と拓弥が補足した。「そうなんだ」と「そうにゃん」をかけて「そうにゃんだ」と言いたい衝動に駆られたが、やめておいた。
「拓弥と茅野くんは今から帰るの?」
「帰るよ」
「じゃあ一緒に帰ろう!!」
遥がキラキラの笑顔で言った。俺は拓弥と部活が同じだから大体いつも横浜まで一緒に帰っているけど、今日は部活もないし、珍しく早めに帰ることにしたところだった。俺たちは三人で歩き始めた。

 学校の最寄り駅までの道で遥が言った。
「拓弥と帰るの久しぶりだね!茅野くんとは一緒に下校できる日が来るなんて思ってもみなかったよ!」
「ああ、本当、久しぶりだな」
拓弥と遥は小学校から一緒らしい。俺と拓弥は部活で出会ってからいつも一緒にいるけれど、遥のことはずっと知らなかった。遥も、拓弥を通して俺のことを知ったらしい。初めて遥に会ったときはものすごく困惑した。見知らぬ女子がいきなり飛びついてきたのだから。最初はドン引きだったのが本心だが、今はもうすっかり慣れてしまった。そもそも、誰かに自分のことを好きだと言われて悪い気はしない。
 三人でくだらない話をしていたら、すぐに横浜駅に着いてしまった。
「茅野くんはここから東横線だよね」
遥がしょんぼりとした顔で言った。二人ともここから相鉄線か。うーん…。
「茅野、どうしたの?」
「いや…俺も今日はそうにゃんだいに行く」
今日は時間もあるし、『そうにゃんだい』とやらを見てみたい。
「わーい!!」
遥は嬉しそうに飛び跳ねた。
 俺たちは三人で相鉄線の各駅停車、湘南台行きに乗った。相鉄線には何度か乗ったことがあるけど、湘南台駅には行ったことがない。
「各停に乗るの?」
拓弥が迷わず各停に乗ろうとしたのでついてきたが、急行や快速もあるみたいだった。
「せっかくみんないるから、あえて、時間のかかる各停の方が良いかな?と…」
「さすが拓弥、わかってるね!茅野くんを一分、いや、一秒でも長く見ていたいもんね!」
拓弥は遥にドヤ顔を向けた。まあ、確かに、どうせなら長く乗っていたいな。
 横浜から遠ざかる度に乗客はどんどん減っていき、最終的に、この車両には俺たち三人だけになった。
「こんなにすいてるんだ」
「相鉄の中でも、二俣川駅から湘南台駅の間は相鉄いずみ野線っていうんだけど、いずみ野線沿線はのどかでローカルな雰囲気なの。私はこの感じが大好き!」
遥が熱弁してくれた。他に乗客もいないので遠慮なく三人で盛り上がっていたら、あっという間に湘南台に着いてしまった。遥は降りたくないねぇ、なんて言って惜しんでいる。
「へぇ…こんな感じなのか…」
湘南台駅のホームは地下だった。なんとなくかわいくて、素敵な雰囲気だと思った。
「そうにゃんは上だよ!」
遥が俺のワイシャツを引っ張って言った。ホームからエスカレーターでだいぶのぼったところに改札があり、改札の前には遥が言っていた通り、そうにゃんのパネルが立っていた。秋らしく紅葉の装飾がされている。
「へぇ?、いいねぇ!」
俺はスマホを取り出して、このそうにゃんの写真を撮った。
「ねぇ!そうにゃんの特大ぬいぐるみ貸し出してるって!拓弥借りてきて!」
「え?…俺が借りてくるの?」
そうにゃんパネルの横に、そうにゃんのぬいぐるみ貸出中、と書かれた紙が貼ってある。駅員さんに声をかければ写真撮影用に貸してくれるようだ。
「拓弥、行ってこい」
「茅野まで…。はいはい、借りてきますよ」
ルンルンな遥も結局拓弥について行って、二人でそうにゃんのぬいぐるみを借りてきた。
「おおお!駅員さんと同じ帽子かぶってる!」
「かわいいねぇ」
俺たちはパネルの横に立って、遥のスマホで写真撮影をした。
「うわ?!そうにゃんと茅野くんが写ってる!これは貴重な一枚だ!」
遥はスマホをごしごしこすって喜んだ。
「お前ら、ウチ寄っていけば?」
「お、拓弥の家行ってみたい!」
拓弥の家には猫が二匹いると聞いていたから、猫好きな俺は前から行ってみたいと思っていた。
「私はこれから塾だから…。残念だなあ」
「あ、そうなのか。まあ、お前はいつでも来られるし。塾頑張って」
「茅野くんはいつでもいないでしょ!」

 俺たちは湘南台駅を出て、遥は塾へ、俺らは拓弥の家に向かった。遥は本当に名残惜しそうに俺に手を振っていた。

 高校生になってから、自然と遥と接する機会が減った。たまに話すとしたら「茅野について」くらいの気がしていたけど、俺と茅野と遥の三人で帰ったあの日から、また遥と色々と話すことが多くなった。俺はあんまり女子と話す方ではないけど、やっぱり、遥とだけは話しやすい。
 今からちょうど一年くらい前、遥が突然「拓弥と最近いつも一緒にいるかっこいい人、誰?」と聞いてきた。茅野のことだとすぐにわかった。俺は本当にいつも茅野と一緒にいるし、あいつは男の俺から見てもかっこいいと思う。茅野のようなルックスに生まれたかったものだ。俺が茅野のことを話すと、遥はどんどん食いついてきて、そのうち、茅野を直接追いかけるようになった。遥が茅野めがけて廊下をダッシュしていることなんてしょっちゅうだ。茅野と話しているときの遥はいつになくキラキラしている。茅野も最初は遥から全力で逃げていたけど、最近はすっかり仲良くなったみたいだ。と、そこに
「拓弥!」
遥がやってきた。遥の着ているブレザーの襟に、何かついていた。
「あ、そうにゃんじゃん」
遥のブレザーについているのは、そうにゃんの見返り美人のような姿のピンバッチ。
「昨日お兄ちゃんがくれたの!拓弥に見せなきゃと思って」
「それ、湘南台にあるガチャガチャのやつだよね」
「そうそう!あのガチャガチャずっと気になってたけど、昨日ついにお兄ちゃんが回してきたの!」
「いいなあ、俺もやってみようかな」
そうにゃんトークをしていたら、そこに茅野が通りかかった。
「え!何それ、かわいい!」
茅野もすぐに遥のピンバッチにくいついた。あれから茅野もすっかりそうにゃんファンだ。遥はキラキラしながら再び説明した。
「俺も回してみたいなあ。また湘南台行こうかな」
「ぜひ!そうにゃんだいの装飾ももう冬仕様になってるよ!私も自分で回してみたいな」
実は、そのそうにゃんピンバッチのガチャガチャ、横浜駅にもあるって俺は知ってるけど、ここは黙っておいた方が良さそう。
 そんなわけで、二ヶ月ぶりに、また三人で相鉄に揺られている。俺、茅野、遥の順で椅子に座っている。
「寒そう」
茅野が遥の膝を見て言った。女子は冬でもスカートだからお気の毒だ。
「慣れてるよ?」
と遥は笑う。確かに遥は寒さには強そう。
「ぐえ」
茅野は俺の首に巻かれていたマフラーを取るなり
「膝掛けにどうぞ」
と遥の膝にかけた。
「どうぞじゃねえよ!」

 そして、湘南台に到着。
「本当だ!そうにゃん、冬っぽくなってる」
茅野は約二ヶ月ぶりのそうにゃんだい。そうにゃんパネルの周りには雪のように白い綿が敷かれている。
「あ、これか!」
そうにゃんピンバッチのガチャガチャを見つけた茅野が、早速ガチャガチャを回した。
「お、かわいい!」
茅野が回して出てきたのは、猫らしい格好で眠っているそうにゃんだった。
「よし、じゃあ、次は俺が」
続いて俺も回した。
「あ!」
俺のも、茅野と同じ、眠っているそうにゃんだった。
「二人はお揃い?!いいなあ、私も寝てるの欲しい!」
と言って遥も回した。出てきたカプセルを見た遥の動きが停止した。
「遥?」
「……またこれ…」
遥の手にあったのは、遥の襟についているのと同じ、見返りそうにゃんだった。本気で悲しそうにしている遥には申し訳ないが、俺と茅野は大笑いした。
「私も二人とお揃いの欲しい!拓弥が回して!」
遥から二百円を受け取って、俺がもう一度回した。
「今度こそ…」
出てきたのは、眠っているそうにゃん、ではなく、やっぱり見返りそうにゃん。
「ちょっと拓弥?!!」
俺と茅野はまた大笑いした。遥のもとには計三つの見返りそうにゃん。最初はふてくされていた遥だが、これ私たち三人みたいでいいかも!と、すぐに機嫌を戻した。
「俺も付けよ」
茅野は遥と同じようにブレザーの襟に、眠っているそうにゃんを付けた。便乗して、俺も付けることにした。

 翌朝、湘南台駅で遥に遭遇した。
「拓弥!おはよー」
「あ、おはよう」
「あれ?昨日のそうにゃん、取っちゃったの?」
「ああ、なくしちゃいそうだから…」
俺が付けていたらなくしそうなのは本当だけど、それより、遥と茅野だけが付けている方が良い気がしたから取った。俺まで付けていたら、余計な気がした。

 そうにゃんピンバッチで盛り上がっていた頃から約一年が経過。あれ以降も何度か三人で帰ることがあった。相変わらず私は茅野くんが大好きだし、茅野くんと拓弥も本当に仲良し。でも、高校三年生、受験生になってから、みんな勉強で忙しくなってしまった。とは言っても、私と茅野くんは推薦入試でそれぞれ既に進路が決定済みなのだけど。拓弥がいなければ私と茅野くんは繋がれない、と身を以て感じた。また三人で一緒にゆっくり帰りたい。でも拓弥は一般受験のために頑張っている。邪魔するわけにはいかない。
 ある日の放課後、仲の良い先生と話しこんでいたらすっかり日が暮れて、三年生の教室の階には誰もいなくなってしまった。最近こんなことばっかりだ。放課後はみんな急いで塾に向かってしまう。冬の一人の帰り道は本当に寒い。学校の最寄り駅までの道で、先の方に見慣れた後ろ姿が見えた。私の体は気づいたら走っていた。条件反射のように。
「茅野くーーん!」
その見慣れた後ろ姿は振り返った。振り返った彼の襟には、そうにゃんのピンバッチ。
「遥?!」
「ふー、追いついた!」
受験が終わっていて時間のある茅野くんは、最近は部活に顔を出しているようで、今日もたまたまこの時間に部活が終わったらしい。茅野くんと二人きりで帰るのは何気に初めてで、横浜駅までの間、ドキドキしてうまく話せなかった。茅野くんには、いつも拓弥といるときのような笑顔は見られなかった。やっぱり私だけじゃダメなんだ、と心が折れかけたところで横浜駅に着いた。電車を降りて改札を出てから
「うーん」
茅野くんが立ち止まって何かを考えた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。帰るか」
再び歩き出した茅野くんは、何も言わずに相鉄線の方へ向かった。茅野くんは、私が後ろについてきているのを確認しつつ、そのまま相鉄の改札に入った。
「えっ」
茅野くんについていくと、各停のホームにたどり着いた。
「そうにゃんだい、行こう」
と茅野くんが微笑んだ。
「わーい!」
本当に嬉しかった。さっきまで全然笑ってくれなかったから、私と二人でいてもつまらないんだとばかり思っていた。それに、拓弥がいなくても湘南台まで一緒に来てくれるなんてびっくり。横浜から座った私たちは、電車の揺れと車内のあたたかさですっかり眠くなってしまった。私も茅野くんもうとうとしていたけれど、私の肩に茅野くんの頭が寄りかかってきたのでびっくりして目が覚めてしまった。いずみ野線内に入ると乗客は減り、この車両には私たちとあと数人になった。茅野くんは、私の肩に頭を乗せて寝息をたてている。恥ずかしいので私も目を閉じて寝ているふりをした。とても心地よかった。このまま時が止まればいいのに、湘南台に着かなければいいのに、と心の中で願った。しかしそうもいかず、「まもなく湘南台、終点です」というアナウンスが流れてきた。茅野くんも目を覚ました。
「ごめん、寝ちゃった」
と笑う茅野くんも、とてもかわいかった。
 私たちは駅を出て、湘南台公園のブランコに座った。
「ごめんね、せっかくここまで来てくれたのに、拓弥みたいに茅野くんを楽しませてあげられなくて…」
「え?」
「え?」
「俺…遥といるときが一番楽しいよ」
え…?嘘だ、絶対嘘。拓弥とか、他の友達といるときの方が楽しそう。いつも見てるからわかる。
「あいつらとバカやってるときの『楽しい』とは違うよ」
私の心を見透かしたかのように茅野くんは補足した。
「遥に初めて会ったときはあまりの勢いに正直引いちゃったよ。でも、いつも元気な遥に会うと、なんか、俺も元気もらえるって、気づいたんだよね」
そんなことを言ってもらえるなんて。嬉しさのあまり視界がぼやける。
「遥はさ…」
「うん?」
「遥はなんでそんなに…俺のこと、好きなの?」
「うーん…。なんでかな…。それはうまく言えないけど…。私、見たの。入学前に、茅野くんを」
「入学前に?」
「高校の入試の帰り。道路の真ん中にいた子猫を助けている茅野くんを、私、見たの」
「…そういえばそんなこと、あったような」
もちろん好きな理由はそれだけじゃないけど、茅野くんのことをもっと知りたいと思ったきっかけは間違いなくそれだった。入学して、あのときの彼が茅野くんだとわかってから、茅野くんに出会ってから、急に世界が輝き出した。大げさじゃなくて、本当に。毎日が楽しくなった。でも、茅野くんのことを知れば知るほど傷つくことだって増えた。何気なく「茅野くんって猫好きだよね」と言ったとき、茅野くんは「好きだよ、猫。…中学の頃に付き合っていた子の影響なんだけどね」って、しみじみとした顔で言ったことがあった。だから、まだその子のことが好きなんだと思ったし、その日の帰りの相鉄で、私は寝ているふりをしてこっそり泣いた。この気持ちは本気なんだ、と気づいたのはそれがきっかけだった。
 それから、進路のことも。
「…俺さ、春から北海道に行くんだ」
そう、茅野くんは北海道の大学に行ってしまう。
「知ってる」
茅野くんが遠くに行ってしまうのは寂しいけど、茅野くんの夢、将来のために、北海道でも頑張ってほしい。
「…寒いよね、帰ろうか」
「茅野くん」
「ん?」
「初日の出、見に行こう」

 私たちは、一月一日、日の出前に、ゆめが丘駅のホームで待ち合わせた。ゆめが丘駅は高架駅なので、きっと日の出も見られると思った。しかも、天気の良い日にはここから富士山も見ることができる。
「茅野くん!」
「おはよう」
「おはよ、あけましておめでとう!」
「あ、おめでとうございます」
いつも制服だから、私服で会うのは新鮮。私たちが来た頃には、同じように初日の出を見に来た人たちが結構いた。
「寒いね?」
と言うと、茅野くんは巻いていたマフラーを私の首に巻いてくれた。ふわっと、茅野くんの良い香りがした。
「ちょっと待ってて」
と言って茅野くんはどこかへ行ってしまい、しばらくして帰ってきた。
「はい、あげる」
「え…ありがとう」
茅野くんは温かいココアの缶を二つ持って戻ってきて、片方を私にくれた。新年早々、私は最高に幸せだった。
「茅野くん、あの…」
「あ…見て」
日が昇り始め、まわりの人たちもざわざわし出した。太陽が出てくると、一気に暖かくなった。
「綺麗…」
初日の出は本当に綺麗で感動した。隣の、初日の出の光を浴びる茅野くんの横顔も綺麗で、思わず見惚れてしまう。
「茅野くん!後ろ!」
「うわ、すごい!」
日の出の反対側には、初日の出色に染まった富士山が大きく見えていた。こんなに素敵な景色を大好きな人の隣で見ることができて、本当に幸せだと思った。私は、自分のカメラで富士山と初日の出を撮った。
 だいぶ日が昇り、人も減ってきた。私たちも帰ることにした。横浜行きの電車が先に来て、茅野くんが先に電車に乗った。
「茅野くん!今年も、よろしくね!」
茅野くんは少し驚いた表情をしたけれど、何も言わないまま、電車のドアは閉まり、横浜に向かって発車してしまった。それから私は、なんとなく湘南台行きの電車には乗らず、ゆめが丘駅から歩いて家まで帰ることにした。私は、ココアの空き缶を捨てられずにいた。
 嘘でも良いから、「今年もよろしく」って、返して欲しかった。高校を卒業したら離れ離れになって、疎遠になってしまうことを暗示するように茅野くんは何も返してくれなかった。
 年が明けてから、卒業までの時間を惜しむかのように、私たちは放課後、一緒にいろんなところを歩いた。拓弥も勉強の気分転換程度にたまに一緒に歩いた。ゆめが丘駅周辺を三人で散歩したときは、夕空のグラデーションがとても綺麗だった。
 そして、卒業式前日。私たちは三人で各停湘南台行きに乗った。いつものように、私、茅野くん、拓弥の順で座ってくだらないことを話す。これももう、最後なんだ。茅野くんの隣で相鉄に揺られるのも、三人で帰るのも、全部、最後なんだ。私はまた、ずっと湘南台に着かなければいいのに、と思った。じゃれ合う茅野くんと拓弥を横目に、今まで一緒に過ごした日々がどんどん思い出されて泣きそうになった。
「ん、遥?どうかした?」
「ううん!なんでもない!あ、ねえ、湘南台に着いたら、またそうにゃんと三人で写真撮ろう!」
「いいねぇ」

 高校を卒業した私たちは、それぞれの道に進んだ。茅野くんは北海道へ。私は都内の大学、拓弥は相鉄沿線の大学に通っている。大学生になってからすっかり相鉄に乗る機会が減ってしまったから、今日は久々の相鉄。いま私は、横浜に向かっている。大学生はみんな夏休みを迎え、茅野くんもこっちに帰ってきているというので、久しぶりに横浜で会えることになった。もうあの制服は着られないけれど、今日はお気に入りのワンピース。
 相鉄線の車窓から見える街並みは、相変わらずキラキラしている。今日も、誰かの思い出を運んでいるのかもしれない。

著者

井上綾