「白い記憶」花田めつこ

 はあぁ。すれ違う人の誰かに漏れ聞こえても構わぬ思いで、柚子は大げさなため息をこぼした。「あなたの言葉からは、個性や情熱がいっさい感じられないね」これには流石にガツンとやられた。昨日受けた会社の面接官のフレーズの残骸が、脳裏にわんわんこだまする。記憶をどこかへ追いやりたい思いで、素早く横浜駅のJR改札を抜けた。
 今更情けなさと鈍い怒りが湧いてきて、相鉄乗り口へ向かう足取りがぼんやりしてくる。いやいや、今日はネガティブになりたくない。うつむいていた顔を上げると、衣料品や化粧品の混じったしゃりっとした香りが漂ってくる。相鉄乗り口前は少し開けていて空気の比重が軽くなり、ふと呼吸がしやすくなった。懐かしい、レトロなタイル地の床。
 この路線を使うのは久しぶりだった。改札を入りホームへの階段を一段一段上ると、まるで儀式の始まりのような厳かな高揚感がつのってくる。今日という日はある種、本当に重要な儀式になるかも知れないと淡い予感がした。   
 柚子の就職活動は難航していた。特に、自己PRが苦手だった。読み方はユズさんじゃなくてユウコさんなんですね、という名前ネタが最大のPRかもしれない。選考は良いところまではいくのだが二次面接や最終面接の後に毎度「お祈りメールの顛末」となる。田村様のなんちゃら、ご健闘をお祈り申し上げますというあのお決まりの不採用文句だ。私はいつまで健闘し続ければ良いのだろう。
 「自分史を書くといいよ。恰好つけないで、自分が何を感じて生きてきたか書いてみるの。色々どろどろ出てくるけど、本当は何をしたいのか、自分の根っこの意思みたいなのに気付ける気がしたよ。」
柚子に助言してくれた同期の佳代は、ゼミで一番早く内定を取っていた。しかも二社しか受けず二社とも合格し、現在はヨーロッパへの一人卒業旅行の計画を生き生きと立てている。自分とはタイプのかけ離れたバイタリティのある子なので、悔しいとか羨ましいという感覚にはあまりならなかったが、それでも彼女の存在には大きく影響を受けた。
 そう、柚子は就活の打開策に自分史を書くため、高校時代の二年半を過ごしたエリアへ向かっているのだ。にぎやかだったけれど忙しくて記憶の輪郭がぼんやりと淡い、高校時代。懐かしい相鉄線に揺られながら、あの頃何を感じていたのか、じっくりと味わい直したいと思っている。そこに私の「根っこの意思みたいな」何かを見つけられるかは、わからないけれど。
 車内は比較的すいていて、柚子は朱色のシートの一番端の席に腰かけた。途端に脚の疲れがどっと出て、意外と筋肉が緊張しっぱなしだったことに気付く。所沢からここまで来るのはなかなかの小旅行だった。心地よい電車の空間に、早くも眠気が襲ってくる。いけない、自分史自分史。
 ふと窓の外を見やると、どこまでも突き抜けるような見事な青空だった。最近はどんよりした曇りが多かったので、初夏の晴れは嬉しい。加えて、久しぶりの私服はやっぱり気楽だ。コットンシャツの素材の柔らかさに、肌が喜んで呼吸をしている気がする。
 リクルートスーツも、嫌いではない。腕を通すと気持ちがしゃんとして背筋が伸びる。でも、どこか社会人のコスプレをしているみたい。着るたびに何故かいつも「前へならえ」のポーズを思い出す。一番前のひとだけ、やたら偉そうに見えたな。前へならえ。不思議なポーズ。回れ右も、軍隊みたいだよね。
 そんなくだらないことを考えていたら、あっという間に天王町駅だ。反射的にワクワクっと心が躍る。福寺松原商店街、朋美と時々行ったなぁ。激安の野菜やマグロやお惣菜を売る活気ある声が飛び交っていた。美味しいたい焼きにカレーパン、ラーメンに海鮮丼。横浜にもこんな下町の雰囲気があるところがあるなんて知らなかった。思わず紺色のショルダーバッグからノートとペンを取り出して、自分史のための思い出のメモを書き綴っていく。
 柚子はノートや手帳に記録を取ることが好きだ。だから、いつどこで誰と何をしていたかということは良く記憶している。けれど自分の心が何を感じてきたかと聞かれると、あまりそういうことに意識を向けていなかったのでぼんやりしてしまう。だからきっと、エントリーシートや自己PRも、取って付けたようで深みがないのだろう。
 そもそも自分の率直な感情や意見を人に伝えることはあまり好きではない。誰かの話に耳を傾けて、あぁそれは理解できるとか、自分とは住む世界がちょっと違うなとか判断することは出来る。けれど、マイクを私には向けないでほしいと思う。私のアイデンティティとはいつも、誰かがいて存在するような気がする。誰にでも合わせられるようだけれど、何者にもなれていないような。
 なんだか情けない気持ちになっていると、星川駅到着のアナウンスとともに、ふと懐かしい低くあたたかな声が蘇った。
 「あわい、空間も大切ですよ。」
高校卒業まで通った、星川駅近くの書道教室の先生の言葉だ。ロシア人の祖母をもつクウォーターであった先生は、時に鋭く時にやんちゃなどんぐりのような瞳をしていて、きびきび動く長身の躰に品の良い着物がいつも大変に似合っていた。
 高校一年の夏、父親の転勤事情で静岡県の三島市から横浜の瀬谷に越した私は、都会の雰囲気に慣れるのに一生懸命だった。周りの生徒の会話や仕草のひとつひとつが格好良く、スタイリッシュに見えた。それを友達に言うといつも笑われたけれど、私には横浜のすべてがくっきりと新鮮で面白かった。面白くて、そして時々疲れた。観察しすぎて真似をしすぎたのだ。まず、テンポが早いのだ。歩くのも話すのも、電車に乗るのも。そして一対一よりは、グループで行動することが多い。じっくり本音を語り合うよりは、小鳥のように身軽に楽しく時間を共有する感覚がフィットするように思われた。
 そんな高校時代、母の友人の紹介で通い始めた書道教室は落ち着く場所だった。正座をして墨を黙々とすり、まだ少し固まっている筆の先端をじわりと浸す。一画一画集中して文字を書いていると、それが意味のある文字なのか抽象的な絵画なのか分からなくなるような、不思議な瞑想的体験だった。
 ビャクダンの香りがほのかに漂う教室では、呼吸が自然と穏やかになっていく。先生と生徒の間も、生徒同士も礼儀正しく言葉を通わすけれど話しすぎず、独特のスペースがあった。おかげで学校生活の慌ただしさとは違う、自分本来の体内感覚を取り戻せた気がする。結局受験期も休まないで通い続けた。あわい空間も大切ですよ。先生は時々そう言って、ぎゅうぎゅうに詰め込みがちな私の文字に、朱墨で小さなマルのすきまを書き入れてくれた。懐かしいな、また書道やろうかな。
 そしてあぁ。ついぞやってきてしまった。電車の揺れ方だけで分かる。もうすぐ二俣川に到着するはず。反射的に心拍数が上がる。そして涙が出そうな、逃げ出したいような気持ちになる。少しおおげさな人の乗り降りの靴音が耳にせまり、どうして良いかわからず思わずうつむいた。まだ、私にとって圧倒的なのかもしれないな。
 高校の頃、大好きだった人がいた。彼はいつもこの二俣川駅で降りていた。付き合うことも、告白することもできなかったけれど、横浜駅から時々一緒に帰ることができた、あの天国のような時間。ちょうど特急や急行などがなく、各停に乗れたならなお最高だった。一年の時同じクラスで知り合い、二年以降は離れたが、その距離もちょうど良かった気がする。
 いつもどちらかというと聞き手に回ることが多い私が、彼といるとなぜか少し饒舌になり、からからと自然に言葉が出てきた。彼がやわらかく相槌をしてくれると、軽い羽毛布団にくるまれているような気持ちになる。子供のようにどこかへ飛んでいきたくなる。
 並んでつり革につかまって、同じ方向を向いて、なんでも話せた。楽しかった。けれど話しすぎたのかも知れない。同じ方向を向くのではなくて視線を交差させ、見つめ合う時がほしいと思う頃にはすでに、親友のような関係になっていた。
 笠間くん。二俣川で先に降りていく彼の背中をそっと、抱きしめるように見つめた。見送るばかりで寂しくてたまには私が先に降りて見送られたいと、用事もないのに一駅前の鶴ヶ峰で降りてみたこともある。まったく、何をしていたのだろう。
 卒業が近づくにつれ、好意を伝えようと何度か考えた。けれど関係が変わってしまうのが怖かったし自信もなくて、どうしていいか分からなかった。おろおろしているうちに卒業になり、私はまた父の仕事事情により、実家ごと埼玉の所沢に引っ越した。彼は千葉の大学だったのでその近くで一人暮らしを始め、もう同じ電車を利用するような機会はなくなってしまった。
 一緒に相鉄線に乗っているとあんなに親密に感じた距離だったが、「これからも時々会ったりしよう」と気軽に連絡を取り合うにはハードルが高いというか、どうも関係がしっくりこなかった。何度かメールのやりとりをしたけれど、結局卒業から会うタイミングを逃したまま三年以上経ってしまった。
 彼の恋人になりたかったのか、正直わからない。密かに確かな絆を育んでいたと思っていたのは、もしかしたら私のほうだけかもしれない。けれどもし今ごろ、彼の不思議な優しさが別の誰かにふわふわと注がれているかもしれないと思うと、鼻の奥がつんとしてきた。
 思いかげずビビッドに蘇った三年前の記憶に浸っていると、三ツ境駅から乗ってきた小さな女の子が柚子の隣の席に座った。小学校低学年か、中学年くらいだろうか。このくらいの年齢の子には普段あまり接しないので、背格好を見ても学年がいまいちぴんとこない。個人差もあるだろうしね。女の子はそわそわと落ち着かず、何かをもごもご喋っていた。ふと横顔を見ると、少し見覚えのある特徴があった。友人の妹さんと顔のつくりが似ている。たぶん、先天的な疾患。少しつり気味の目が、わくわくと忙しく動いている。頬はおもちのように柔らかそうだった。柚子は思わず声をかけた。
 「どこまで行くの?」
女の子はゆっくり柚子のほうに顔を向けてぽかんとしていた。少しして、いずみゅ、いずむ・・と小さな声でつぶやいた。
「いずみ?いずみ野へ行きたいの?」
女の子はじっと柚子の目を見つめ、また少しごにょごにょと言っていたがうまく聞き取れなかった。
「いずみ野?いずみ中央?」
いずれにしても、こちらの路線ではない。湘南台行きではなく海老名行きに間違えて乗ってしまったのだろう。電車は瀬谷駅に着いた。こちらは別に急いでもいない。何となく心配だし、女の子の目的地の駅まで一緒に行こう。直感的にそう思った。
「これ違う電車だからね、ここでいったん降りようね。」
 女の子は柚子の目をはっと見ると、高速でうんうんうんとうなずいた。慌てて二人で瀬谷駅のホームへ降りる。顔を上げると、以前時々行っていた温泉の黄色い看板が目に飛び込んできた。ただいま、瀬谷。自動的にほっと心がほどける。
 柚子は瀬谷に越してすぐに、この町が気に入った。肌なじみが良かった。ごじゃごじゃしていなくて、空気が澄んでいて落ち着いた町。今日の元々の計画では、瀬谷で降りて昔住んでいたアパートのあたりまで歩いてみようかと思っていた。しかしこうしてホームに立って町の呼吸を感じているだけで、まるで今そこにいるようにあざやかに蘇る。瀬谷の冬は横浜中心地より寒くて、マフラーをぐるぐる巻きにして耳当てをして歩いた。細く続く静かな道。いい町だった。あっという間に、かけがえのない故郷になった。
 間もなく横浜行きの電車が来た。今日は不思議な一日だ。こうして追憶の情景をなぞっていると、自分の人生には何の悩みも問題もないように思えてしまう。そして隣には、出会ったばかりの小さな可愛い女の子がいる。
 「お名前は、なんていうの?」
柚子が話しかけると、女の子ははるま、るい、とゆっくりとした口調で返事した。るいちゃん。柚子がつぶやくと、女の子はぎゅっと柚子の手を握ってきた。はっとする。なんてあたたかくてしっかりした手だろう。思わず涙が出そうになった。
「る、るいちゃんは何年生?」
少し恥ずかしくなって慌てて聞くと、「るいちゃん」は答えずに、ニコニコと笑った。そしてそのまま、ずっとニコニコと笑って柚子の手をにぎっていた。
次はいずみ野~とアナウンスが響くと、女の子はぱっと視線を上げて、柚子の手を引いてドアのところまですたすたと歩いて行った。あぁ、いずみ野なんだね。
 ここで大丈夫?と一応聞いて、答えはなかったけれどその佇まいを見て、大丈夫だと思った。この子はとても、しっかりしている。ドアが開いて柚子が気をつけてね、と声をかけるとるいちゃんはくるりと振り返り、また、ねぅ、手を振って電車を降りて行った。
 柚子の手にはほかほかしたぬくもりが残った。なんて素敵な女の子だろう。もしかすると生活で色々苦労していることもあるかもしれないけれど、それは何の問題もない気がした。あの子はありのままで完璧で、美しかった。
 思えば、相鉄いずみ野線に乗るのはこれが初めてだった。るいちゃんに出会わなければ、今頃瀬谷を散歩して写真を撮り、懐かしさの興奮を共有したくて「第二の故郷なう~」などとSNSに投稿してしまったかもしれない。
このまま、湘南台まで行ってみよう。思い出の地を再訪するのも素敵だけれど、初めての場所の魅力に出会うことも楽しい。いずみ中央、ゆめが丘と進み、空がどこまでも大きく広がっていくような開放感があった。
 横浜駅から相鉄線に乗って、まだ一時間も経っていないことが信じられなかった。過去と現在がシンクロし合ってまるで時の回廊を進んでいるような、濃密な体験。電車ってすごい。それぞれの駅から、いろいろな思いを乗せて運んでくれる。ふと、忘れていた自己PRのことを思い出した。そうだ、まるで私の人生は電車に乗ってさまざまな人たちと出会い、経験を共有しながら旅をしているようだ。アイデンティティとは何かと聞かれれば、その出会いのひとつひとつを大切に思うこの気持ちこそが私の本質なのかもしれない。今までいくつかの街で大切な人たちと育んできた思い出のように、これからもいろいろな人と絆を深め合いたい。漠然としているけれど、それは揺るぎない自分の確かさのように思えた。
 すがすがしい気持ちで湘南台駅を降りた。あぁ、幸せな時間だったなぁ。これから私は私をもっと正直に打ち出そう。横浜駅にいたころより何倍も軽い足取りで改札を出る。小田急線の乗換口へ向かうと、少し先に見覚えのある背中があった。何度も見つめ、思い出してきた広くてやすらかな背中。長い脚。忘れるはずがない。こんな偶然があるなんて、今日はやっぱりすごい一日。私は勇気を出して、その大好きな背中に向かって声をかけた。

著者

花田めつこ