「相模鉄道1999」羽田シルバー

タイトル:相模鉄道1999

 僕は、君と出会う前に相鉄線沿線で暮らしていた。あれから二十年も過ぎてしまった。交錯する過去と未来。もう引き返せないと思えるほど遠くに来てしまった。
 秋の小春日和のある日、僕と子供たちで、ふと思い立って、相鉄線を巡る旅に出た。道端には、ヒガンバナが咲いていて、赤色が、目に鮮やかだった。
 ちょっと前の相鉄線の車両は武骨だった。機能的そのもの、地味だったけど、誠実で僕は好きだった。最近は他社線同様、随分とオシャレになって、横浜に似会ったデザインで洗練されて、ちょっとクールになったけど、何か淋しい。色もうすい緑色だったのにシルバーになってしまった。以前は、絵の描かれた車両が走っていた。落書き電車みたいだった。若草色の電車に乗り込むと時空間が歪んで、ブラックホールに吸い込まれていった。若草色の電車で空間を放浪し始めて、ぽっかりとある場所に現れた。その時代の相鉄線は、プロジェクション・マッピングの列車になっていた。走りながら、周囲の街並みに合わせて、車体の色が切れ目なく変化していた。
 あの頃の僕は、『謎の円盤UFO』というイギリスのTVドラマが好きだった。いつの間にか、『スペース1999』に変わってしまって、少し記憶が混乱している。確かムーンベース・アルファという月面基地が、宇宙をさすらっている物語だった。
 僕と僕の子供たちは、電車の運転台のメーターと流れて行く景色を見るのが好きだ。『電車でGO!』というゲームのリアル版みたいだ。 
 気が付けば、僕と僕の子供たちは、海老名駅に降り立っていた。遠くに丹沢山系の山並みも見える。紅い夕焼けと街の灯りのチラつきと真っ黒な山の稜線のコントラストが美しい。金星が夜空に登り始めていた。夢から覚めたような感じだった。丹沢は、「UFO目撃多発地帯」として、知る人ぞ知る場所でもある。
Ⅰ 海老名
 海老名駅の前には、ビナウォ―クがあった。ビナウォーク?って何だろう。その意味がわかったのはつい最近だ。そうかエビナウォ―クだ。これはオシャレなネーミングなのか。僕は、どことなくオーストラリアのシドニーの街並みに似ているような気がした。そして、なぜか五重塔が、燦然と建っている。あの五重塔は、何なのか?昔の日本人が星空の宇宙と少しでも近づこうと思って、建てたのか?星空に輝く星に手を伸ばすために、建てたものなのか?イヤ違う。そうかここには大昔国分寺があったようだ。相模の国と武蔵の国の境界だ。国分寺は、741年(天平13年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、当時の日本の各国に建立を命じた寺院である。海老名には、相模国分寺があったのだ。
 海老名では、小田急線の海老名駅と相鉄線の海老名駅に乗り換えられる。
 相鉄線の海老名駅には二つの列車が停車していた。1つの列車は、客車が繋がっていて、先頭はテンダー型の蒸気機関車のような形に見えた。もう一つの列車は、普通の電車型の車両だった。僕と僕の子供たちは、見たこともない蒸気機関車のような珍しい形の先発列車に乗り込んだ。列車には、運転士はもういない。全自動運転になっている。ちょっと不思議な体型の車掌さんが乗務していた。
海老名駅から乗り込む時は、横浜駅の改札口をすぐ通れるように、車両の中を歩く、歩く。車両を端から端まで歩く。10両編成の車両を歩き切り、先頭車のシートに座る。ホームの出発の案内の後、列車はゆっくりと滑り出し、しばらく田園地帯を走り始めた。
列車の中吊り広告に一編の詩が書かれていた。

[想い出の若草色の電車]

 若草色の電車に揺られて
君に会いに行った
 海老名から横浜へ 
そして ランドマークタワーへも
 会っている時間は短くて
 帰りたくなかった
 夜遅く 若草色の電車に揺られて 
一人ぽっちで 家に帰った
 「また、会ってくれるだろうか?」
 窓に映った自分の姿を見つめていた
 2人の未来は どうなるのか 
わからなかった
 下り電車は 大和を過ぎると 寂しい
 その日 若草色の電車に乗り合わせた人たちも 
 帰りを待つ人の所へ 戻っていく
 僕と君を結んでくれた相鉄電車
 もうなくなってしまったけど
 若草色の電車は 2人の想い出と一緒に
 今も走り続けている
     作:としょがかり(活動休止中)

Ⅱ 大和
 詩を眺めながら、列車の揺れの心地良さで僕は、居眠りしてしまった。リニア・モーターなので、不思議な浮揚感で、快適だった。そして、人が乗り降りする気配を感じて、ふと目が醒めた。大和駅だった。大和の空には、アメリカ軍の軍用機が爆音とともに飛んでいる。航空母艦の艦載機が離発着訓練を行っているのだ。『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』に出て来る、宇宙空間の戦闘機とは大違いで、うるさいし、動きは鈍重だし、ちっとも洗練されていない。これが、軍用機のリアルだ。でも、相鉄線の大和駅のホームは地下深くにあるので、アメリカ軍機の音は聴こえない。
小田急線から相鉄線に乗り換えて、横浜に行く人は、乗り換えが悩ましい。小田急江ノ島線から大和乗換え、小田急小田原線から海老名乗換えになるからだ。小田急相模大野駅で、江ノ島線と小田原線をうっかり乗り間違えた時、どうしよう?と思うのだ。「あー悩ましい小田急相鉄三角地帯」なのだ。
 地下の大和駅のポスターに一編の詩が書かれているのが目に飛び込んできた。

[ラッピング・トレイン] 

緑の相鉄で通ったスクール・デイズ
一人淋しい時には 電車に乗って 
横浜を目指した
横浜の街は賑やかで 人があふれていた
ただただ人恋しかった
働き始めた僕は 通勤電車で気分はブルー
夜の車内は賑やかで 
 流れる街の灯りをボンヤリ眺めていた
 そんな僕も いつしか 子供たちを連れて 
 相鉄電車でお出かけだ 
 運転台からの景色を見せた
 街が 飛ぶように流れ去った
 ラッピング・トレインが走り始めたあの頃
君たちは 車掌さんに 手を振るのが好きだった
電車を見送りながら 一生懸命 手を振っていた
ラッピング・トレイン 
見れたら ラッキー! 
 相鉄は僕らと共に走り続ける
   作:ウルトラ・ソーテツ (A、z)  

Ⅲ 希望ヶ丘
 僕と子供たちは車内のロングシートに、3人並んで座っていた。その横顔を見ていると子供たちの将来が気になってくる。どんな青年になるのだろうか?この子たちが大人になる頃には、今の仕事の80%がなくなってしまうという。どんな未来社会を生きるのだろう。横浜には、横浜港があり、中華街も控えている。元々外国人が多いが、僕の子供たちは、外国人どころかロボットやアンドロイド、AIに職を追われているのかもしれない。「良い学校→良い仕事」の成功モデルの前提がとっくに崩れているのに、子供たちの進学が気になってしまう古い世代の僕だ。
 希望ヶ丘駅には、県立希望ヶ丘高校がある。その昔のナンバースクール。旧制横浜一中だ。横浜の人にとっては、今でもこの学校にはある種のリスペクトがある。名門高校だけど、学生運動が盛んで、衰退してしまった。とても残念な気がする。学生運動というのは、マイナス・エネルギーの爆発だ。『いちご白書をもう一度』という歌を知っているだろうか?「いちご白書」とは、ニューヨークのコロンビア大学の学生運動の記録だ。ユーミン作詩作曲のこの切ない歌を小学生の頃の僕は好きだったのだ。そして、希望ヶ丘高校は、シンガー杏里さんの母校としても有名だ。僕は、杏里さんの『オリビアを聴きながら』が大好きだ。尾崎亜美さんのメロウなメロディが心に響く。僕のイメージの中では、オリビア・ニュートン・ジョンさんの『そよ風のメロディー』がオーバーラップしてくる曲だ。あの1970年代の切ない時代が、心の中にポップアップしてくる感じだ。あの頃の杏里さんのアンドロイド、アンリロイドを作って、あのパフォーマンスを未来に向けて保存してもらえないだろうか?とふと思った。
 希望ヶ丘駅~ゆめが丘駅の切符は、受験生のお守りとして知られている。僕も買っていれば、高校も大学も落ちなくて済んだかもしれない。当時の受験では、僕は夢も希望も打ち砕かれてしまった。僕の買った湯島天神のお守りはちっともご利益がなかった。大みそかに中学の友達とお参りに行ったのに、青春の蹉跌だ。若い頃には、深刻な悩みだったが、今ではほろ苦い想い出だ。
 横浜には、横浜国立大学がある。あえて、国立大学を名乗るのがスゴイ。東京国立大学とか京都国立大学とは言わないのに、横浜国立大学だ。有数の難関大学に間違いないが、今一つ名門感が薄いのは、いかにも横浜らしい。大学の最寄駅は、和田町駅である。保土ヶ谷区内唯一の大学であり、地域活性化のため、様々な活動を展開している。地元の和田町商店街との交流も行っている。B、zのボーカル稲葉さんの母校として有名だ。
 また、横浜には、他にも横浜市立大学や私立の神奈川大学もあって、県外の人には何だかややこしいと思う。グダグダと横浜の学校のことなどを考えていた。
 僕は、しばらく意識を失っていたが気が付くと二俣川駅に停車したところだった。さあ、二俣川に着いた。各停と急行の乗換え駅なので、ちょっと緊張の駅だ。二俣川から横浜までの駅は全部すっ飛ばしてしまうのが、相鉄流。わかり易いというか、随分大胆な急行だ。そして、二俣川駅からはいずみの線が分岐している。二俣川駅は、いずみ野線への乗り換え駅でもあるのだ。列車は、二俣川駅から横浜駅へワープ走行の準備に入った。列車のモーターが唸りを上げて、ズンズン加速していった。列車は、リニアモーター化されていて、光速まで加速されていく。相鉄車両は、深海魚リュウグウノツカイのように、ウネウネと深い空間の歪みの底に消えて行った。まばゆい星々の光の間から、一つの詩が浮かんだ。

Ⅳ 二俣川
[ A Comuter Train ]

朝夕2回 相鉄に乗る
同じ駅で 電車に乗り
同じ駅で 電車を降りる
乗るドアも同じ 同じ柱の前
この繰り返し
朝の車内では 仕事の段取り
帰りの車内では 考え事で 頭が一杯
様々な想いが 心にこびり着いてくる
うっかり乗り過ごしたことも
何年か このリズム
時計の振り子みたい
一体 何往復したのだろう?
三年として 1095日の七分の五
 639往復!? 
 多くもないけど 少なくもない 
 通勤電車は 僕の人生の一部だ
     作:モーニング・パパ(Wow!x3)

 僕はある時期、二俣川の近くに一人暮らしをしていた。二俣川駅からは少し離れているのだが、相鉄ローゼンの左近山店には、お弁当や食材をよく買いに行ったものだ。相鉄ローゼンには今でもたまに買い物に行くのだが、なぜか相鉄沿線ではない。僕は駅近くの相鉄ローゼンには行ったことがない。お店に入ると、“そーてつ ロ~ゼン。そーてつ ロ~ゼン”という歌が流れていて妙に耳につくのだ。
 また、二俣川駅には、神奈川県の運転免許センターがある。駅前の坂を登っていくと、小高い丘の上に、運転免許センターがある。    
 僕は、当時、FIATの赤のPANDAを乗り回していた。天才ジウジアーロ・デザインでお気に入りの車だった。FIREエンジンを積んでいた。キャンパストップで屋根を開けることができた。夜には車から星空が見えた。僕の子供頃、スーパーカーブームだった。僕は『サーキットの狼』に夢中になった。ロータス・ヨーロッパや近未来的で前衛的なランボルギーニ・カウンタックのカッコ良さに痺れたものだった。    
 僕は、スーパーカーにいつか乗りたいと思っていたが、子供ながら、ムリかなとわかっていた。そして、大人になって初めて買った外車がPANDAだった。イタ車だ。フェラーリとはちょっと違うけど、プチ夢はかなえた。しかし、このまま、自動運転の技術が進むとどうなるのだろう?自動運転のカウンタック?想像できるだろうか?僕の子供達は、自動運転のカウンタックに夢中になれるのだろうか?僕の感覚ではカッコ悪い。F1マシーンがオートマチック車になった時に感じた違和感に近い。ガソリンエンジン車も無くなってしまいそうだ。EV車が席捲している時代も近そうだ。二俣川の運転免許センターも一体いつまであるのだろうか?もしかしたら運転免許ももう何年かしたら無くなってしまうかもしれないと思うほど時代の流れは加速している。
 運転免許センターへ向かう道の途中には、代書屋さんと飲食店が立ち並んでいる。当時の僕は、二俣川駅周辺の定食屋さんにはよく行った。一番安い唐揚げ定食ばかり頼んでいたと思う。どんな未来になろうとも、唐揚げ定食だけは、きっと変わらず残り続けていると思う。当時550円だったと思う。
 勤め先の人たちにもよく飲み会に誘ってもらった。家に帰っても誰もいないので、飲み会は楽しかった。大池公園でバーベキューに誘ってもらったこともあった。カラオケにもよく行った。ミスチル、スピッツ、爆風スランプの歌なんかをよく歌っていた。ブルーハーツの『トレイン・トレイン』をみんなでバカみたいに叫んでいた。完全にバカだった。まだ、君と出会う前で、フラフラと世間をさまよい歩いていた頃だ。アルコールの入ったグルグル回る頭で何とか意識を保っていた。
 二俣川には、通称大池公園がある。大池と呼ばれる池が公園の中心にある。公園内には、「万騎が原ちびっこ動物園」があり、「めだかの学校」の歌碑が立つ。桜の木もあり、春は花見客で賑わう。ホタルの生息地でもある。
 大池公園では、旭JAZZフェスティバルが毎年開催されているが、僕は、旭JAZZフェスティバルには、まだ行けていない。これは、老後の楽しみに取っておこう。ボサノバだけど、アントニオ・カルロス・ジョビンの『イパネパの娘』や『ウェーブ』のピアノ演奏が聴きたい。エヴァンゲリオンの綾波レイversionの透き通った声の『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』も聴いてみたい。君たちの演奏するジャズ・ピアノが聴けたら最高だ。月や木星旅行に普通に行けたら、素敵なことだと思う。

Ⅴ  鶴ヶ峰
 二俣川から横浜の間には、鶴ヶ峰駅がある。各駅停車しか止まらない。鶴ヶ峰駅から横浜駅の間の相鉄線は、帷子川沿いに走っている。
 相鉄線沿線には、これといった有名な観光地はない。あえて言えば、ズーラシアか?ズーラシアの最寄駅は鶴ヶ峰駅だが、そのズーラシアでさえも駅からかなり離れていて、沿線という感じはしない。そのせいか相鉄線が、TVの旅番組で取り上げられているのをあまり見ない。あえて言えば、テレビ神奈川ぐらいか。テレビ神奈川は、地域密着型で、神奈川県民にとっては、実に見どころの多いTV局だ。テレビ神奈川は、ローカル局だが、実は面白い。旅番組、釣り番組、ベイスターズの試合中継、高校野球の神奈川県大会中継などなど。神奈川県立高校の入試速報までやっていて、地元の人達にとっての大事なニュースソースだ。“あっぱれKANAGAWA”という番組を知っているだろうか?神奈川情報番組で、面白い。
 話を戻すと、唯一とも言える観光地ズーラシアには、世界がある。アジアの熱帯雨林を始め、亜寒帯の森、オセアニアの草原、中央アジアの高地、日本の山里、アマゾンの密林、アフリカの熱帯雨林・サバンナなどの世界が園内に広がっている。僕と僕の子供は、横浜にいながら、世界旅行ができる。大航海時代の探検家たちが、胸躍らせた動物たちと出会える。ここズーラシアでは、ラクダ・ライドが出来る。ラクダだ。馬ではないのだ。これは乗るでしょ。僕は2人の子供を喜ばせたくて、ラクダに乗せた。最初は、顔がこわばっていたけど、すぐに2人とも笑顔。子供の笑顔は日頃の苦労を忘れさせる。子供をラクダに乗せて、何の役に立つのか?まず、何にもならないでしょ。親の自己満足なのかもしれない。でも乗せるのだ。絶対いい想い出だ。想い出を積み重ねるために生きているようなもんでしょ。人生は。スマホやゲーム、ウェアラブル・デバイスで、バーチャルな体験が、人生の時間の中で増加していく中で、この体験の価値は、子供たちが大人になった時に、とても貴重なものになるはずだ。
 子供たちのことを考えていると、頭の中に詩が浮かんできた。

Ⅵ 横浜
[ ヨコハマのうた]

 ようやく歩き始めた君
 風に向かって立つ君を僕は見つめていた
 君を連れて よく散歩に出かけた
 君は覚えていないかもしれないけれど
 ぼくの心のアルバムの一枚だ
 夜は背中をトントン叩くのをせがんでいた
 ベビーカーを押して
 長い長い歩道を息を切らして歩いた
 君はあまり喜んでくれなかったけど
 興味深そうに船の行きかう港を眺めていた
 行列に並んで ヒーローショーを見たんだ
 君は怪人にすっかり怯えてしまったね
 今 小学校の卒業式を迎えた君と
 あの頃の君が重なる
 そう 君は横浜の街並みを見て育ったんだ
 君はきっとくじけない どんな荒波にも
            作:横浜ジルバ

 さあ、いよいよ横浜駅に入構だ。二俣川駅からワープして、横浜駅に出てきた。車内のTV画面に、[ヨコハマのうた]が流れた。
 相鉄線は、横浜駅のはずれに到着する。ターミナル駅なので、車両止めがある。子供と一緒に、電車が車両止めの5m位手前でちゃんと止まるのを見ていた。
 最後には車掌さんが、車内をくまなく歩いて降りてくる。車掌さんの顔をよく見ると、そうにゃんだった。そうにゃんは、相鉄のゆるキャラで、猫の相鉄の車掌さんだ。チラッとしか見えなかったけど、間違いなくそうにゃんだったと思う。オレンジ色と青のシマシマのしっぽが見えた。
 横浜駅には、京急線、横浜市営地下鉄、みなとみらい線、JR線が乗り入れているが、相鉄線はとにかく地味な存在だ。
 横浜駅前には、横浜ベイ・シェラトン・ホテル&タワーズがさん然とそびえ立っている。横浜駅前のランドマーク的存在として、とてもよく目立つ。僕は、横浜駅で迷った時の目印にしている。
 かつて、横浜駅では、いつも僕は君と別れなければならなかった。君と過ごす時間は、満ち足りた気分で居られた。駅の改札口から小さく手を振る君を見ていると、切ない気持ちになった。
 横浜駅を出発すると進行方向右側にTVKハウジングプラザ横浜が見えてくる。インテリアの整った生活感のないあんなモデルハウスのような生活はきっとできないだろう。しかし、夢見ることは誰でもできる。君と過ごす家庭生活の夢は見られた。
 横浜駅西口のダイヤモンド地下街を少し歩いた所には、有隣堂書店がある。ここに行けば、たくさんの本を手に取ることができる。有隣堂で過ごせば、様々な想像の世界を体験できる。近年は、コミックコーナーが充実していて、物珍しい。つい、フラフラと見ちゃう。君たちもマンガは大好きだね。僕も子供の頃、マンガは大好きだった。そういえば、有隣堂では、相鉄線100周年フェアをやっていた。『あおいでんしゃでいくからね』という絵本が目についた。僕はその絵本を見て、ビックリしてしまった。相鉄線はあおい電車になっていた。僕の相鉄線は緑色だったのに・・・。僕と君たちとでは、相鉄線のイメージがきっとまるで違うんだ。僕は、君たちのこれからの体験を理解できないかもしれないと思うとちょっと悲しくなった。僕の生きた時間と君たちの生きる時間は、重なっているけどズレ始めているんだ。
 Amazonなどのインターネット通販や電子書籍に押されているのかもしれないけど、本はやっぱり書店で手に取ってみたいし、紙じゃなきゃと思うのは、僕がもう時代遅れの人間だからかもしれない。僕がAmazon、Amazonと話していると、僕の子供たちは、「仮面ライダー・アマゾン」のことを思い浮かべるようだった。人工心臓などの人工臓器は既に実用化されている。パワード・スーツの実用化やiPS細胞を利用した再生医療の実用化も目前だ。僕の子供の頃には、作り話だった仮面ライダーやガンダムの世界は実はもう実現しているのかもしれない。僕の子供達が大人になった時には、本物の仮面ライダーやキカイダ―が出現してもおかしくはない。
 西口を少し行くと、相鉄ムービルが見えてくる。シネマ・コンプレックスだ。僕はある時代、週末ムービルで一人で映画ばかり見ていた。あの頃、どんな映画を見たのか、実はあまり記憶に残っていない。でも、感動したり、夢見たり、勇気づけられたりしていたのは間違いない。外国へ行きたい希望も広げた。一人で過ごせる時間はもうなくなって、一人で映画を見る機会はグンと減ってしまったが、ムービルはあの頃の僕の拠り所だったのだ。最近観た映画で、一番感動したのは、『この世界の片隅で』だ。一人で映画館で観て泣いた。いつか子供たちにも観て欲しい。僕は、君たちの心とシンクロしたいのだ。
 横浜駅東口には、本屋リブロがある。西口の有隣堂と違って、こぢんまりとしていて、そんなに混んでいなくて、落ち着いて、本を手に取ることができる。ガラスのショーウィンドウに本とは全く関係ないけど、アートなディスプレイをしている。
 横浜駅を歩いていると、現実と妄想が入り混じってしまう。そして、相鉄ジョイナスって、何だかわかりにくい。横浜駅の迷宮だ。どこでどうつながっているのか、何度来てもよくわからない。

Ⅶ いずみの線 緑園都市
 本線からいずみの線に寄り道だ。『相鉄瓦版』という小冊子が、駅の券売機の横に置いてある。この小冊子には、沿線のお店の職人さんの話や横浜で野菜や果物を作っている農家の話が書いてあって、ちょっと楽しい。僕は、相鉄線に乗っているヒマな時に、手に取って、パラパラ読むのが好きだ。『相鉄瓦版』に一編の詩が掲載されていた。

[グリーン・トレイン]
 行くぜ相鉄
 どこまでもどこまでも真っ直ぐだ
 相鉄乗れば ビナウォ―クが何だかわかるんだ
 山へ行こうぜ相鉄 
 大和 海老名へ 大山詣に出かけよう
 湘南台にも行けるんだ
 自然が残っているんだ
 グリーン・トレイン相鉄
 ズーラシアだ 梨狩りだ
崎陽軒のシューマイ そごうのデパ地下だ
 グルメ列車の相鉄だ
  作:イツツユビナマケモノin ズーラシア

 相鉄いずみの線は、昭和51年に二俣川‐いずみの間で、営業を開始している。そして、平成2年に、いずみ野‐いずみ野中央まで、延伸している。平成11年には、いずみの中央‐湘南台まで、延伸している。
 パスモやスイカが普及する前に、相鉄は、ポケットカードというプリペイドカードを発行していた。僕は何枚か使用済みポケットカードをコレクションしている。引き出しの奥の中にカード・ホルダーがしまってある。いずみの線開通の記念カードも持っている。君たちもカードコレクションするのが好きだね。ポケモン・カード、妖怪ウォッチ・カード、今は、デュェマのカードだね。キラカードやレアカードに目を輝かせている。
 僕には不思議な経験がある。本線といずみ野線を乗り間違えてしまって、何往復もしてしまったことがある。アルジェのカスバの迷宮に入り込んでしまったように、そこから逃れられないような錯覚に陥ったことがある。大袈裟に例えれば、ベルナルド・ベルトリッチ監督の『シェルタリング・スカイ』みたいな感覚だ。堂々巡り。デジャブな不思議な感じだった。
 いずみの線の緑園都市駅の近くには、フェリス女学院大学の緑園キャンパスがある。フェリス女学院大学は、横浜のイメージにぴったりの大学だ。といっても、僕には、本当はよく知らない大学だ。縁が無かったからだ。女の子にとっても、男の子にとってもある種の憧れを抱く学校だ。現実から遊離して夢があると思う。深窓の令嬢が通っていそうという今時あり得ないようなイメージがまとわりついている。僕の中の勝手なイメージでは、女優キャサリン・ヘップバーンが卒業したフィラデルフィアにあるブリン・モア・カレッジに似たイメージのキャンパスだ。
 中学受験の世界では、フェリス女学院中学は、神奈川女子御三家と言われる名門だ。僕の小学時代とかけ離れた別世界。アナザー・ワールドだ。最近は、少子化対策で、女子校も共学化が進む中で、既に絶滅危惧種になっているのかもしれない。今後、男子校、女子校って、生き残れるのだろうか?

Ⅷ 湘南台
 いずみの線の終点は、湘南台駅だ。湘南台駅には、横浜市営地下鉄ブルーライン、小田急江ノ島線が乗り入れている。湘南台駅からはかの有名な慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスがある。大学を始め、付属高校、付属中学まである。難関でもあり、神奈川県では、ある意味憧れの学校だ。ブランド感が物凄い。近寄りがたささえ感じてしまう学校だ。
 そんなとりとめのないことを考えていたら、僕と僕の子供たちは、また、海老名駅に帰ってきていた。相鉄線の本線といずみの線のどこをどうさ迷い歩いたのか、訳がわからなかったけど、海老名駅に戻ってきた。
 僕と僕の子供たちは、相鉄線に乗って、歪んだ時空をさすらう不思議な旅をした。
 僕の頭は、軽く混乱していたが、僕は僕の子供たちと今しばらくは一緒の時間を過ごせることに幸福な気持ちで居られた。

著者

羽田シルバー