「相鉄小景」奥川ひろき

 470円というのは微妙な値段で、それだけあればここから横浜まで行って帰ってきてまだ飲み物が買えるくらいだし、空き時間にキャンパスで同じ学科の素敵な先輩に偶然会ったらそのまま昼食をともにすることができるし、その気になれば仲間内でちょっとした飲み会を開くことだってできる。それでもたまに僕はそこへ足を運ぶ。直後は近いうちにすぐまた行ってもいいかなという気になるのだけど、日々に紛れてというべきか、やっぱり高いからか――これはあくまで僕にとってということなのだが――結局たまにしか訪れないことになる。そのくらいがちょうどいいのかもしれない。少なくともいまの生活にほどよくフィットしている。
 べつに部屋に風呂はある。単身生活者用のアパートにありがちな、全体がアイボリー色で質感のない即席ユニットバスは、利用者が用を足すことに専念しているふうで興趣も何もありはしないのだけど、それはそれでいい。生きているあいだにはこうい
う時期もあっていいと何となく思う。
 近くにその銭湯がなかったら、このつまらない部屋の風呂でそのまま通していたろう。しかしそれは確かにそこにあったので(番頭の奥さんによればオイル・ショックのころから操業しているらしい)、大学二年のときに僕はそこを訪れ、以来ぼくと銭湯のささやかな付き合いが始まった。
 
* * * 

 板張りの脱衣所を抜けて浴場に出る。すると、ふつうの建物の二階分はある開放的な天井が開けてくる。アルミの屋根についている細かい水滴。ボイラーから出てくる湯の音がずっと辺りにもうもうと反響する。統一されていない照明器具の光はぜんたいに淡く立ち籠める湯気(湯煙、ではない)に包まれるように、あるいはそれを包むように散らばっている。それらすべてが溶け合って、にわかに身体に浸み込んでいく。身体は軽くなり、感覚が澄みわたる。
 備え付けられた数に比べて使えるものが少なくなった蛇口。タイルの床にじかに座り込んで体を洗う老人。浴槽に足をかけた老人の腰部に何でもなさそうに付いている瘤。首筋の黒ずみ。それぞれの生殖器。

* * * 

 その日は店が開いて間もなかったからかよく混んでいた。客のほとんどが年老いた人びとだ。平日の昼下がりに汗を流しにくる老人たち。日課になっているのかもしれないし、日を決めてひろい湯船に浸かるのを楽しみにしているのかもしれない、午前中のハイキングやらテニスやらを終えてさっぱりしに来たのかもしれない、と思う。
 風呂は二つあって、市販の入浴剤を入れた小さな方はわりにぬるくて入りやすいので、僕は好んでそっちに浸かる。しばらくするとおじいさんが入ってくる。深めの浴槽を一人で占めていた僕は、それとなく身を隅の方へ寄せる。軽い目配せと会釈。まるで共同生活の村でその日はじめて顔を合わせたふたりが互いの存在を確認し合うように、それは行われる。やあどうも、調子はどうですか。長身で卵型の顔をした人の良さようなおじいさんである。
「こっちの方がぬるくていいよねえ」と言うので、僕はそうですね、と返す。時をおいてまた別のおじさんが入ってくる。髪がいくらか残ってずんぐりとしたそのおじさんは、さっきのおじいさんと知り合いらしく湯に浸かるなり世間話を始める。僕はそれを見るともなく眺めている。透きとおった紫の湯。ポコポコと湧き出てくる形のしっかりした小ぶりの泡。脱衣所に面した大きなガラス戸。隣接したビルとその影が見える高窓。

 風呂から上がって、僕は脱衣所で身体を拭いている。不思議なことに、銭湯には人を包み込む大きな流れのようなものがあるんじゃないかと思うことがある。僕が紫の浴槽に入ろうとすると、入っていた人はよく体を流しに行く。それは人が互いに見計らっているというのとは少しニュアンスが違う。体を洗っていた人が湯船に浸かろうかという頃合いに、なぜか僕も偶然浴槽から出たくなる。うまくは言えないこういう大きな流れのなかに自分も入ってフィットする感じというのはけっこう悪くない。
 さっきの二人があがってきて顔馴染みのやりとりをはじめた。ずんぐりしたおじさんの方が、ねえ、塗ってくれよと声をかけると、おじいさんがああ、例のやつねといって軟膏を手にとる。持病かなにかの薬なのだろう。僕はそれを傍らで聞きながら、十円硬貨を二枚入れてドライヤーをかけ始める。正面の大きな鏡には自分の全身が映っている。それを見て不甲斐ないような誇らしいような気持ちになる。
 洗面台に敷かれた家庭用の敷き物。ロッカーの札に書いてある往時の野球選手たちの名字。棚の上の紙細工。整然と並ぶ少年誌の背表紙に美しく少しだけ際どい容貌を晒している少女たち。

 最初の方にもすこし書いたのだが、何回か通ったあとで僕はいつも居る番頭のおばさんに声をかけて、この銭湯の来し方を聞かせてもらった。その話はまた後日にしよう。控えめな中に時折ちょっとだけ身体を躍らせるようにして物語ってくれたそのお母さんは、その昔たいそう魅力的だったのだろうな(いまももちろん素敵ではあるのだけど)と思わせる人だった。

著者

奥川ひろき