「相鉄日和」中西一九

2017年6月30日(金)

16:13 海老名発 横浜行 急行 海老名~二俣川
西川 圭吾(55歳)、会社員

 改札口を抜けると、特急の発車まであと一分、速足で進めば充分間に合うが、次の急行に乗ることにした。急ぐ理由もないし、電車は空いている。表示板には、特急、急行、急行と赤字が並ぶのが嬉しい。以前、不動産屋が相鉄沿線の物件を勧めて言っていたのを思い出す。
「ジャリ鉄とか揶揄されていますが、急行本数の比率は一番高いんですよ」
なるほど、海老名から二俣川までは各駅停車だけど、その先は全部飛ばして横浜まで行く急行なのだ。これは、純粋な急行と言えるのか、準急とは違うし、半各半急とか、革変急行とか、何か的確な呼び方はないものか、表示板を見ると思う。
 西川 圭吾は、都内の私大を卒業後、大手自動車会社系列の部品メーカーに入社、専門でもないのに経理部に配属され、以降三度の転勤を経て三十一年勤め上げ、五十三歳で役職定年、今は、厚木にある子会社に天下り、管理部門のシニアスタッフになっている。家は東急線反町駅から徒歩十五分の小高い丘の上の一戸建てで、親とは二世帯住宅ではなく玄関、台所、風呂、トイレも共有の同居である。

 左側のプラットフォームからネイビーブルーの9000系リニューアル車両がスルスルと出て行った。圭吾は右側に停車中のガラガラの列車の脇を六号車あたりまで進み、片側の塞がった角席を目ざとく見つけて座った。六号車は、横浜で降車する際に西口五番街へ出るのに都合よく、他線への乗換えも便利なので、いつもの指定車両だ。座った途端にどっと汗が出てきた。すぐさま鞄の脇ポケットからフェイシャルペーパーを取り出し、すばやく額、顔、首と拭い、腕まで撫でる。とたんにメントールのツンとした臭いが車内に漂うが、すぐには汗はひかない。汗を拭きつつケータイを胸ポケットから取り出し、戦争ゲームにログインした。ネットオタクになるなと、子供には注意するものの、家族全員がそれぞれネットオタクである。毎日、決まった時間に通知が来て、課金をしない範囲でノルマをこなし、ゴールに近づく。もう二年も毎日こうしている。後半になるほど、ゴールまでのステップが長くなり、終わる気配がしないが、ここまで来たらやめられない。一日二時間(本当はもっとやっている)として、年間七百時間も費やしている。金銭的にはわずかでも、貴重な時間コストは膨大である。外国語の一つでもマスターできるだけの時間量になる。自分でもバカだなあとか、もったいなあと思っていながらやめられない。ナマケモノという動物がいるが、人間のほうがよっぽど怠け者だな。ゲームのコインが溜まってきたから、明日は、新しい武器を入手して、次の島を攻略できそうだ。
 画面上にLINEの知らせが出た。百合子からのようだ。今朝は、また家内の百合子から同居する親の愚痴を聞かされ、鬱々とした気分での出勤だったのを思い出す。同居して二十年、いま時、よく耐えてやってくれているので感謝はしているが、やはり親のことで愚痴られると、妻と同サイドに立ち共通の敵の扱いをしているつもりでも、親は半分自分自身でもあり、自分を非難されているように感じ、気分は下降してしまう。
 <友達と西横浜のバラ園に行って帰りにロンロンの餃子を買いに足伸ばしたところ。プレフラでしょ、何時帰宅?>
やれやれ、いやなタイミングで来るね、と圭吾は独りごちた。おかげでゲームの戦闘は負けてしまった。
 <今、海老名出るところ、これから帰る>
<舞は友達と食べてくるって。餃子は三人揃ったそろった時にするから、何か買って帰ろうか。横浜駅で待ち合わせする?>
 <じゃ、久しぶりに蕎麦屋でも行こうか>
 <いいね!じゃあ星川で合流ね、何時になる?>
圭吾は携帯ゲームを終了させ、路線案内を調べて、LINEで返信した。
<16:43星川着、6号車>。
<了解(*)>
拳を挙げた漫画の見慣れないLINEスタンプが返ってくる。また新しいのを買ったな。まったく次から次へと。二俣川で乗換えなくてはならなくなった。
政府のプレミアムフライデー政策は、今一つ世間に受けないようで、圭吾の会社もなかなか全体導入に踏み切れず、止めもしないし、奨励もしない、できる人はどうぞ、という。天下りでお世話になっている会社では、責任の重い忙しい仕事は与えられず、ご意見番というかアドバイザーのような、楽といえば楽な役職なので、早帰りの制度など大歓迎である。課員たちが普段通りバタバタと働いているのを尻目に、時計が三時になったら机の上を片付け、オフィスを後にしていた。本厚木も海老名も人はまばらで、やはり世間様はプレミアムフライデーモードではないらしい。
電車はさがみ野に停車。ドアが開いたが、六号車に乗降客はいなかった。轟音が聞こえた。天気予報で夕立と言っていたので、雷かと思ったが、キィーンという長い音がして米軍機だと分かった。また、北朝鮮に何か動きがあったのだろうか。ゲームならリセットすれば簡単なのだが、人間社会は難しいようだ。二俣川までにあと三回戦位はできそうだと、圭吾はもう一度ゲームにログインした。

16:20 希望が丘発 横浜行 各停 希望が丘~二俣川
西川 舞(17歳)、県立聖ヶ丘高校三年

 <二俣川で待ち合わせ、8号車ね>
とハスミンからLINEが届いていた。今日は中学時代の同級生のハスミンと、プリクラを撮りに行く約束だった。舞は、小さくあくびをしてケータイを取り出した。昨夜も二時を過ぎてしまった。LINEがあると、友達と延々話してしまう。どちらからも終わりを告げられないのだ。父親からは、学生の間はネットオタクになるなと言われたが、自分がやめてから言えと思ってどこ吹く風であった。わかっているけど、どうしても手が出てしまう。これはある種の覚せい剤だ。社会人終わりにしますか、という文字が頭をよぎった。
 舞は親の劣勢遺伝か集まり、背が低めで、少しぽっちゃり気味である。髪はショートでローズピンクの太縁のメガネ、制服の淡いブルーのブラウス、紺地にチェック柄のスカートは裾が膝上になるように目いっぱい引き上げている。紺のハイソックスにこげ茶ローファーで、左肩には片がけで紺地に蛍光ピンクで三枚葉のロゴマークが入ったリュックを担いでいる。公立高校なので、風紀チェックは甘く、たまにカジュアルスタイルで通学することがあるが、今日は鞄以外は指定通りの姿だ。日頃から片付けが苦手なので、朝の急いでいる時間に着たい服がすぐに揃えられないため、制服が大半というのが実態だ。
 高校受験の時、親は怠惰な性格を見抜いて、受験カリキュラムのしっかりした私学を勧めたが、素直に親の引いたレールを進むのが癪で、無謀と知りつつ公立トップの翠陵高を第一志望にした。地元の進学塾である臨港ゼミの毎月の模擬試験ではいつもD判定で、E判定すらあった。
 やればできるって、全然やらないじゃんと言われているだろうな。どうしても集中して勉強ができず、何するわけでなく、友達と時間を共有するのが楽しかった。中三の十一月になって、ちょっと集中して塾の自習講座に連日通い、初めてC判定が取れた。塾の進路指導の先生は翠陵高でなく、聖ヶ丘高を勧めてきた。学区では遜色ないレベルで知名度も高い学校だ。ここならうかる可能性があるというが、親も自分も半信半疑だった。親の勧める私学石川学院を滑り止めにして、聖ヶ丘高を受けた。結果は合格だった。後で聞いたところでは、倍率は一・二倍と他より低く、合格ラインも五科目250点満点に対し180点と低め。舞は183点、数学はただの12点だった。なんでも二科目が良ければダメな科目があってもいいらしい。同じクラスの男子は177点で落ちた。あの西川に六点差で負けたと悔しがった。あの、とはどの西川だよ、と内心腹が立った。
蛇の道はヘビとはいうもので、塾の情報は的確だった。同じ塾から三十人以上が聖ヶ丘高に入った。塾に大金を払った甲斐があったと親は喜んで、合格発表の日は舞の好物の蛤椀を作って祝おうとしてくれたが、その日は蛤は不漁で、刺身の盛合わせになった。満足だった。ちなみに好物は、酒飲みの父親の影響か、つまみ系が多い。なかでもカワハギの肝和えが一番好きだ。刺身の車エビの頭をあぶったやつも大好きだ。嫌味な子供だと思う。
 聖ヶ丘高校に通い始めたら、男女ともにいい仲間ばかりだった。いい先生も多く、何でも相談に乗ってくれた。父親からは、最初の二か月だけ集中して復習して、その中間試験で上位を取れば、あとは流れに乗れると顔を見るたびに言われたが、できなかった。仲間との時間が何よりも代えがたく楽しかった。
 中間試験の結果は散々だった。その流れで二年の夏まで来てしまった。進路については、その時が来れば何とかなると思って方向性を見出せなかった。そんな時、電車の中の吊り広告で見て触発され、夏休みに海外ホームステイに行ってみたくなった。NYに二週間行きたいといったら、親は、二つ返事でOK、但しロンドンに一か月行って来いと背中を押してくれた。
 不安九割、期待一割で出発したが、やはり英語が全然通じなかった。初日に学校に到着するのすら危うかった。沈黙の暗い二週間が過ぎ、黒人で未亡人のホストが辛抱強く相手をしてくれたおかげで、すこしずつ通じはじめ、帰るころにはサバイバル会話程度なら自信が持てるようになった。
 二学期が始まり、学校で仲間の顔を見た瞬間に、今、自分が学校で一番英会話ができるのだという自負が芽生えた。人生の転機だと思った。大学はどうしようかな、受験対策も出遅れているし日本の大学はやめて海外かな。ロンドンの風景が目に浮かんだ。
 電車は二俣川に着いた。舞は運転免許試験場帰りの若者達たちと入れ替わりでホームに降り、ハスミンが乗ってくるはずの電車を待った。
 LINEが入った。英語だ。留学先で友達になったイラン人のカリムからだった。来月日本に来るという。国際結婚もありかな。舞は入力キーを英語に切り替え、すばやく返信した。

16:15 湘南台発 横浜行 各停 湘南台~二俣川
島村羽純(18歳) 高輪文久大付属高校三年

 ハスミンこと羽純は、帰国子女で湘南台にある有名私大の付属高校に通っている。舞とは中学の演劇部で一緒だった。羽純の親族はこぞって皆、その大学出身者で、必然的に彼女もその付属へ入るべく暗黙のプレッシャー下にいた。やるべきときにやるべきことをやれる子供で、公立トップの翠陵高校を滑り止めにして、そこを受けることなく目標校に合格した。海外経験のある羽純は、奔放で直截的な性格の舞と気が合い、お互いの家をしょっちゅう行き来していた。
 羽純は湘南台駅で舞にLINEを送り、二俣川到着時刻を伝えていた。電車はほどなく二俣川駅の四番のプラットフォームに滑り込んだ。
 羽純は細身で健康そうな小麦色の美人だ。この日は、茶系の髪をポニーテールにして、夏制服指定のグリーングレー地にグレンチェックのスカートのほかは、自由コーデで、白いポロシャツと白いソックス、靴は橙色のスニーカー姿だ。左手にケータイ、耳につながる水色のイヤホンからはTOEICの練習問題が流れている。右肩には紺地にレモンイエローのニワトリマークが大胆に入ったリュックを背負っている。
 プラットフォームには、トリコロールのユニフォーム姿の小学生が三人、大きなショルダーを肩に階段に向かっている。地元のプロチームが運営するサッカースクールの子供たちだ。羽純は小さく微笑んでつぶやいた。今年は上のトップチームが好調だからいいわね。優勝したらパレードだね。絶対見に行くよ。野球とダブル優勝だともっとすごいけど、まあちょっと無理かな。でもクライマックスシリーズまで行けたらひょっとするかもよ。
 羽純は地元愛が強く、横浜と名のつくものをみな応援しているのでそのあたりは詳しい。
サッカー少年達を横目に、舞が電車の中を目を凝らして自分のことを探している姿が見えたので、羽純は小さく手を振って応えた。

16:43 二俣川発 横浜行 各停 二俣川~横浜
羽純(18歳)&舞(17歳)

ドアが開くと舞はまっすぐ羽純のところに歩み寄り、挨拶を交わしながら、角の二つ並んで空いてる座席をみつけて二人して座った。
  「まいど、おひさ」
  「ウッス、ちょうどだったね」
  「ま、この時代、あたりまえだけどね」
と言って羽純は左手の携帯を振って見せた。
「プリ行く前に餃子行かない?」
「え、ウチ、今日のお昼、学食弁当がギョーザだった」
「そか、じゃ横浜で何か探そう、ジョイナスでいいか」
「そだね」
二人の会話はそれぞれの学校での出来事から、進路、韓国ポップ歌手など機関銃のように続いた。天王町でベビーカーを押す親子が乗ってきたので、舞と羽純は目くばせを交わして席を立ち、「どうぞ」と言ってそのまま、先頭車両方向に歩き出した。 
 「こないだキングカメラの地下で食べたハンバーガーは、肉汁一杯でおいしかったよ、行ってみる?」
 「へえ、いいじゃん。じゃ、一番前で降りたほうがいいね」

16:34 二俣川発 横浜行 各停  二俣川~星川
西川 圭吾(55歳)

 圭吾は二俣川で待ち合わせ停車中の各停に乗り換え、六号車の後寄りの隅の優先席が空いていたので構わず座った。のどが渇いてきた、早く、うまい蕎麦をすすりながら、冷酒を飲みたい。 圭吾はケータイを取り出し、あくびをしながらまたゲームの続きを始めた。

16:35 星川駅
西川 百合子(53歳) 主婦

ベージュ色のつばの短いサファリハットと茶色のサングラス、ゆるめの白いブラウスと淡いブルーのパンツ姿で百合子はプラットフォームを進んだ。右手には群青色の日傘、左腕には元町ブランドのKの文字がついたマスタードイエローの皮製トートバッグ、中にはペットボトルの水とハンカチと安定剤の入ったピルケースが入っている。六号車の停まるあたりのベンチに歩み寄り、腰を掛けて電車を待った。 
 昨日は、また姑がガスコンロを消し忘れていた。言うと、このコンロは自動で消えるから問題ないというけど、言いたいのはそこじゃないんだよな。火を扱うときは十分注意を払ってほしいだけなんだよね。何かの拍子で火事になったらどうすんのよ。旦那に言っても、年寄りには罪の意識がないから治らないよと言って全然親に言わないし。一人っ子はこれだから駄目なんだよ。あー、ストレスがたまる。でも、まあいいや、きょうは、外へ出て気晴らしができた。
 ずっと以前に旦那の転勤先で仲良くなった主婦仲間のマコちゃんから、離婚して実家の弥生台に戻って来ているとLINEがあった。百合子はかねてから行きたかった西横浜にある横浜イングリッシュガーデンに行ったのだった。都会の真ん中にこんな非日常の世界があるんだから、浮世の垢を落とすにはもってこいだと喜んだ。おしゃれなランチとアフタヌーンティーを楽しみ、土産にクッキーも買った。久しぶりにロンロンの餃子も買えた。
 そういえばマコちゃんが、相鉄はJRとか東急とつながるって言っていた。どこでつながるのだろう。いつ頃かしら。つながったら、埼玉にいる篠崎さんを呼んで、マコちゃんと三人で渋谷あたりでランチしたいな。それにしても車両だけでなく駅までどんどん綺麗になっていくし、相鉄は相当儲かっているな。
 天気予報では午後から、ところにより雷とか言っていた。台風なのかな、今年は早いな。
小心者のペキニーズのガジロウのことがとても心配だわ、早く帰ってあげないといけないわね。姑がまたアタシの不在の間に餌をあげなきゃいいのだけど、人間の食べ物をあげるから困るんだよね。
 銀色の電車が入ってきた。百合子はベンチから立ち上がり、中をのぞいて旦那の姿を探す。見慣れた中年男がいけしゃあしゃあと優先席でケータイをいじっていた。

16:48 星川発 横浜行 各停  星川~平沼橋
西川夫妻(合計108歳)、女子高校生二人(合計35歳)

ドアが開くと、待ってましたとばかりに百合子が乗ってきた。すぐに圭吾のところに寄って来て隣に座る。圭吾はゲームのタイミングを計りながらさっと観察した。手には、バラ園のビニールバック、ハーブの紅茶でも買ったのだろう。イバラ茶かな。飲める日が来るまで何日かかるだろうか。ロンロンの袋も下げている。こっちは何日目にありつけるかな、賞味期限が切れて捨てないことを祈るのみだ。
「きょうは、バラがすごく綺麗だった。見たことないのが一杯あって、あれは珍しいヤツだったな。昼はそこの庭のカフェでビュッフェランチにしたの。ジェノべーゼがおいしかった。マコちゃんはアラビアータでね、デザートのケーキが紅茶に合うんだよね。また、食べすぎちゃった」
「あ、そ」
ゲームからは目を離さず、恵吾は空返事で応えた。いつもの夫婦の図式なので、百合子は構わず続けた。
「マコちゃんも元気だったわ、離婚して却って若返ったみたい。綺麗だよねホント。相変わらず細いしさ。」
「へえ、そうなの」
「マコちゃんのお母さん、油絵やってるんだって。で、去年の旭美展に出して賞をもらったんだって」
「へえ、すごいじゃん、何描くの?」
「それは聞かなかったけど、家で描いてるって言ってたから静物かな、結構大きいの描くみたいよ」
 旭美展は、旭区在住の画家たちが主催する公募展で、毎年十一月に二俣川のサンハートで開かれる展覧会だ。以前、別の展覧会だが一度家族三人で出かけて行って、観覧する際の歩行速度のことで大ゲンカした記憶があるせいか、観に行こうとはどちらも言い出さなかった。
「ニシカワ、明日はクルマ使う?実家に田舎から野菜が届いたから取りに行ってきたいんだ、舞は来月、由紀と旭ジャズフェスに行くんだって」
 百合子は圭吾とは社内恋愛の末、結婚したが、会社員としては先輩なので周りの人と同様に名字で後輩を呼んでいた癖が治らない。さすがに舅姑の前では、ぎこちなく圭吾さんと呼ぶが、百合子の実家の義母までもが圭吾をニシカワと呼ぶ。しかし圭吾も悪い気はしていないし、娘にもそう呼んでもらいたいとすら思っていた。由紀とは百合子の姪で、東戸塚の実家に百合子の両親と同居する弟夫婦の長女だ。舞より二つ上の大学生で、軽音楽サークルに入っている。
「どこにも出かけないよ」
「よかった、じゃ、ガジロウの散歩も頼むね。それから玄関のドアはパツリと締めてね、こないだ開いていたよ。蚊が入るからさ、最近近所も物騒だし」
いっぱい注文がある、生活習慣が違う者同士が結婚したのだから、当然、やり方が違うのだが、圭吾はいつも言われっぱなしだ。言いたいことはあるけど、育ち方の違いと理解しているからあえて言わず飲み込んでしまう。
「ジャズフェスって二俣川だっけ、一緒に行こうかな」
「やめなって、嫌がられるよ。由紀だけならいいけど、友達もいるかもしれないし、舞のまわりの親はみんなもっと若いんだから」
 「そかな」
すると目の前を賑やかにしゃべりながら女子高生が二人通り過ぎて行った。舞だった。 聞き覚えのある声に圭吾はすぐ気付いたが、舞のほうは、圭吾たちが連結部分の角にいたせいか、こちらには気づいていないようだった。気づいたけど無視したのかもしれない。
圭吾が後ろから声をかけようとしたが、百合子が首を振って圭吾を制止した。
「だからやめときなって、若い子たちが楽しんでるんだから、年寄りは引っ込んでなきゃ。」
「そっかね、ふーん。飯でも食わせてやるのに」
 「行きたくないに決まってんじゃん」
二人の女子高生たちは、キャッキャッと笑い声をあげながら、五号車のほうへ消えて行った。
圭吾は窓に流れる景色を見ながら思った。三人三様、お互い、リズムが合いにくくなってきた。それを寂しいとは思わないようにしている。舞が生まれるまで、十年かかったが、それまでは、夫婦二人の考えることや感じることがピタリとマッチして、喧嘩もしたが、概ね一心同体であった。子供が生まれてからも、三人で同じ世界を共有していた。トレース紙に描かれた各人の絵は重ねても中央部分はピタリと一致してクリアに晴れ渡っていた。しかし、徐々に絵が重なり合わなくなってきた。誰も描き直そうとしない。曇である。さらに雨になりそうだ。無理やり合わそうとすると誰かの絵が破れるか、描き直しを命じられる。今までは、自分の絵が一番上のマスターだったのだが、最近は一番下だろうか。微妙に重ならない絵は段々と重ならない部分が多くなってきた。それでも、重なっている部分でお互いうまく破れないように調整努力している。今日は、偶然にも電車の中の数分だが、きれいにマッチして会話こそなかったが時間を共有できた。そこだけ晴れである。自分のモノサシを相手に嵌めようとしてはダメなんだ。自分の描いた絵の通りにはならないさ。相手を見ながら自分のモノサシを曲げたり、伸ばしたりして、絵を描き直し、破れないようにみんな頑張ってるんだよな。自分の描いた絵になるように他人をうまく言いくるめて実現できる人は政治家かペテン師だな、権力で無理やりやらせる人はパワハラか独裁者だな、命を懸けて血を流してまで実現する人は革命家かな、普通の人は、酒飲んで愚痴に溶かしてしまうしかないのさ。お釈迦様は全部受け入れるから偉いわ。最後はみんな仏様になってしまうのがわかっているからかな。
 平沼のガスタンクが見えてきた。百合子がボソッとつぶやいた
「ガスタンクに雷が落ちても大丈夫なのかな」
窓の外を見る百合子の顔色を見て、圭吾は百合子にきっとまた不安な想像が沸き立ったのだと思った。タンクの脚が折れて線路に転がり、ボウリングのように横浜駅まで転がるとピンに見立てたビル群に激突、右端の二本がまだ残っている。二投目でスペアがとれるかな。タンクはあと二つあるけど。などと思っているのだろう。何でも不安に結びつけてしまうのは、後天的なものなのだろうか。

16:53 平沼橋 着
西川夫妻(合計108歳)

 電車は平沼橋に着いた。舞たちは先頭車両で横浜まで行くのだろう。圭吾たちは下車して改札に向かった。商店街を抜け、蕎麦の名店中村庵までは徒歩で五,六分だ。手はつながずに、前後で歩く。ずっと昔からそうだったように。歩くスピードが合わないから、仕方がない。これが自分たちなりのリズムなのだ。
 かすかに遠雷が聞こえたので、圭吾はチラっと振り返ったが、考え事をしながら歩く癖のある百合子には聞こえてない様子だった。もし聞こえていたら、ガジロウが心配だから蕎麦はあきらめて帰ろう、とか言い出しかねない。圭吾は歩くペースを気づかない程度に少しだけ上げ、店へと急いだ。
             おわり

著者

中西一九