「相鉄線沿線で見つけた世界の中心」Claire.E

 アクティブで一人旅が好きな彼女は、インドアで本の虫と称される僕とは対照的な存在だ。
 彼女は時刻表片手に切符を握り、気ままにふらりと出かけることも多々あるタイプ。遥か何百Kmも離れた目的地さえ、彼女に掛かれば近所を散策している感覚らしい。そもそも時刻表は愛読書として認識しているが、ガイドブックはノーマーク。そんな彼女にとって、時刻表一つで移動可能な国内の一人旅では大旅行という言葉自体、そもそも結びつかないようだ。
 そんな彼女は、僕によく旅先の話を語ってくれる。まるで近所の隠れ家を新たに発見したかの様なテンションで旅先の話を語られる目標はただ一つ。インドアな僕の口から、旅に行ってみたいと言わせてみたい好奇心からだろう。
 確かに、彼女のように体を動かし、旅することをすることはない。とはいえ、僕は僕で、本の中で自由に旅しているつもりなのだ。お互いの飛び回るフィールドが三次元か、二次元か。それだけの違いなのだが、表現を無理やり似せたところで、フィールドの違いはとても大きい。しかし、お互いのフィールドが全然違うからこそ、会話に強く惹かれてしまっていることは否定できない。そんな彼女が先日、キラキラと瞳を輝かせながら大変興味深い話を振ってきた。
「世界の中心を相鉄線沿線で見つけたの!」
 相鉄線沿線は、僕たちの暮らしている生活圏外にある路線故、あまり馴染みがない。勿論、首都圏の重要な路線として名前も、そして存在も知っている。だが悔しいことに、それだけの知識しかない。
「私もね、相鉄線沿線をこんなにゆっくりじっくり廻ったことがなくてね」
 そう言って、彼女はニコニコと旅先での様子を語り始める。彼女は旅先の出来事を、僕に惜しみなく話す。下らないことから、インターネットで見つからないようなレア情報まで、旅先で得た知識や経験を他人と共有することを楽しみとしている。自分の財産とも言える知識や経験を余すところなく分け与える懐の深さは、僕には真似できない彼女の美徳だとつくづく思う。とことん与えることに寛大な態度を貫く彼女だが、旅先の写真を僕に見せることだけは絶対にしなかった。
 彼女の旅先での話を聞いて、嘘を吐いていると疑ったことは一度もなかった。事実、彼女の話ぶりは写真を見る以上に説得力が備わっていたことも理由だろう。それ以上に、彼女が僕に写真を見せない理由を理解しているからこそ、写真を見せない状況だけで、彼女が旅に行っていると嘘を吐いていると考えが浮かぶことすらなかった。
「色々日本中は廻っていたけど、まさか日本国内で世界の中心にたどり着けるなんて思ったこともなかったわ」
「……たどり、着ける? じゃあ、その世界の中心って相鉄線沿線を移動している訳ではないんだ?」
 写真を見ず、彼女の話だけで想像を膨らませる瞬間はさながら名探偵。色々と投げかける質問に、彼女は嫌な顔一つせず、笑顔でハキハキと答えてくれる。
「うん、そうだよ。湘南台駅を降りて、ちょこちょこ~と歩いたら世界の中心にたどり着いていたんだ」
「ふーん。それで、世界の中心はどんな色をしていた?」
「んー、そうねえ。ぎらぎら、かな?」
「へ?」
 彼女自身、『ぎらぎら』という表現がツボに入ったらしい。しばらく声を殺して、椅子の上で笑い転げる。そんな彼女の様子を納得出来ない表情で眺めている僕に、彼女は詳しい解説を続ける。
「太陽の光がまともに反射していて『ぎらぎら』という表現が一番しっくりする気がするのよね。だからこそ、敢えて『ぎらぎら』にしてみたの」
「野心を抱く人で溢れかえっていて、ぎらぎらしているという意味かと思ったよ」
「確かに、紛らわしい表現だったわね。私としては、ただただ太陽光を反射してぎらぎらと輝きを放つ存在という意味合いで使ってみたんだけどね」
「……ふーん。ところで、それはどこから見ても、ぎらぎらでエネルギッシュな存在なの?」
「違うかな。ぎらぎらは外から見た姿。内から見ると、また別の一面を見ることが出来るの」
「それは、どんな一面?」
「漆黒。時々、きらきら」
「ん? またそっち系?」
 『ぎらぎら』の次に登場した言葉が『きらきら』で、思わず苦笑してしまう。そんな僕を見て、彼女は胸を張って言い切った。
「大丈夫! その次に『さらさら』が登場するというオチはないから!」
「それ自体が真実なら『さらさら』というフレーズを使って、ちっとも構わないんだけど……」
「あ、そうなの? でも、世界の中心に『さらさら』らしさはなかったはず」
 むー……、と考え込む彼女の横顔は真剣そのもの。恐らく、旅の風景や出来事を思い出しながら、彼女は自分の世界を彷徨っているのだろう。そう思っていたからこそ、油断していた。だからこそ、思わず呟くという失態を犯してしまった。
「『またたく』でもよかったんじゃ……」
「!? もしかして、知っていたの!? ここ、プラネタリウムって!?」
 目ざとく僕の呟きをキャッチし、彼女は食いつく。こうなってしまったら、下手に取り繕うより、素直になることを優先させるべきだろう。僕は使う言葉を悩みつつ、正直に答える。
「……あー、ごめん。実は、雑誌で特集見た」
「そりゃあ、そうだよね。本の虫だもん、知っている可能性も十分ありえることだったよね」
 僕の反応を見て、彼女は項垂れている。彼女が説明をしていた世界の中心こと湘南台文化センターこども館は、相鉄線の湘南台駅の近くにある。銀色に輝く大きな地球儀をモチーフにした建物は、プラネタリムも兼ねた施設だという記事を読んだ記憶が微かにある。
「そうだね、確かに存在くらいは知っていたよ。だけど、実際に見て来た人の話はひと味もふた味も違うと思ったよ。本だけでは味わえないことがたくさんあるんだと思ったよ」
 確かに、湘南台文化センターこども館は知っていた。だが、世界の中心があるという発想で湘南台文化センターこども館を見たことは一度もなかった。だからこそ、まるでパズルのピースをあてはめるように、彼女が述べる特徴を重ね合わせて新たなイメージを構築していく作業はとても興味深かった。まさに彼女の言う通り「世界の中心にたどり着いていた」との表現に相応しい場所だと思いながら、彼女のプレゼンにも似た話に聞き惚れていた。
「……じゃあ、行ってみたいとか思ったりした?」
「んー。それはどうかな?」
「何、それー! 絶対行ってみたいと言わせてみせるんだからー!」
 彼女が教えてくれた世界の中心。興味がないといえば嘘になる。彼女が楽しそうに、時にはクルクルと表情を変えて話す内容を聞いて、行ってみたいと思うのは極々普通の感情ではないだろうか。
 今日も彼女は旅先の写真を見せることはない。だが、写真を見せる以上に旅先の出来事を詳しく話す。インドアな僕は、今日も窓辺の椅子に座り、彼女の話に楽しく耳を傾けていた。

著者

Claire.E