「私が緑園都市に住んだ理由(わけ)」重永なほみ

私は、相鉄線線の緑園都市駅の改札前のコンコースにいた。兄がやってくるので迎えに来たのだ。いつもはTシャツにジーパン姿の私だが、今は、白地にパステルカラーの細かい花がいっぱい咲いているワンピースを着ている。今日は朝から晴れの良い天気で、もう夕刻の時間帯というのに陽の名残の暖かい風が吹いている。その風にワンピースの裾が少し揺れている。私はちょっとうれしくなった。
このワンピースは、二年前に兄が「女の子はかわいい洋服を着ないとだめだ」と言って、もったいないからいいと言う私をデパートに連れて行き、買ってくれたものだ。

私が生まれ育ったところは、東京から新幹線で約二時間、それから電車に乗り換えて一時間ほど行ったところにある。高校まではそこで過ごした。
私の家は農家だ。父親は私が小さい頃に亡くなり、それからは母と四歳上の兄と過ごしてきた。兄は高校を卒業するとどこにも行かず実家の農業を継いだ。兄は成績の良かった私を大学に行かせるのだといつも言っていた。

私が高校二年生の冬に母も急な病気で亡くなった。それからは兄がすべての親代わりだった。学校の保護者面談にも来てくれた。
私は、兄がひとりになってしまうことや家計のことを考えると、家にいて就職しかないと思っていたが、兄は「自分の夢を果たせ」「俺の分まで頑張れ、金のことは心配するな」と言ってくれた。家計のことを考えると私立は無理だと分かっていたので、頑張って横浜の国立大学に合格した。兄はとても喜んでくれた。

兄は、ちょうど農作業に取りかかる時期なので入学式には出席できないが「アパート探しは俺がしてやる」と言った。兄に迷惑をかけるようで悪いので「私、ひとりでも大丈夫だよ」と言ったが、兄は、住まい探しだけは一緒でないとだめだと頑としてきかなかった。
大学の最寄り駅は、横浜駅から相鉄線に乗り、各駅停車で四つ目の和田町駅だ。大学に近いところに住むのが安心だと兄が言い、私も近い場所が良かったので、兄と二人で相鉄線の駅ごとにアパートを探して歩いた。
お金のこともあるし、私にはこだわりもそんなになかったのでどこでも良かったが、兄は「女の子の一人住まいだから」となかなか納得しなかった。

そうして夕方近くにやって来たのが、いま住んでいる緑園都市なのだ。緑園都市駅は線路が高架になっていて、駅のホームは二階にある。ホームから眺めると、駅から両側に坂が続き、住宅やマンションが続く街だ。
兄はホームに降りた途端、ここがいいと言った。私も緑と坂のあるこの街は、風景こそ違うが、何となく私の田舎の空間にいるような暖かい気持ちとなる場所だと思った。少し歩き回ったが、手頃なアパートが見つかり、それからずっとここに住んでいる。

いま私は大学四年となり、東京の会社へ就職も決まった。「農閑期なので時間がとれる」からと、兄が卒業と就職のお祝いに来てくれるのだ。私の在学中は一度来ただけだった。「行ってあげたいけど、そんな旅費を使うくらいならその分仕送りしてあげる」といつも言っていた。私もバイトに忙しく田舎に帰っていないので、今日は二年ぶりに兄に会うのだ。
ゴーと音がして電車が着いたようだ。兄が乗ったという電車はきっとこれだ。
ホームの階段から何人か降りてくるのを、私は改札から見ていた。スーツ姿の兄がいた。二年ぶりだが「兄だ」とすぐに分かった。
兄は急ぎ足で改札を出てきて、会うやいなや、開口一番「これって前に一緒に買った服?」「きれいだよ」と言ってくれた。
「わあ、スーツなんだ」兄のスーツ姿はほとんど見たことがなかったので思わず驚きとうれしさの声をあげてしまった。
「そうだよ、卒業と就職のお祝いだからね」と言い、ほらと片足をあげて「この靴を履いてきたよ」と靴を私に見せた。
以前、電話で兄と話していた時に「スーツなんか着ないし革靴もちゃんとしたものを持っていないけど、そんなのいらないよ」と言っていたので、バイト代を少し貯めて一年前の兄の誕生日にプレゼントしたものだった。私と会うときまで履かずにしまっておいたそうだ。
「やっと来ることができたよ、二年ぶりだよね」
「ゆっくり話したいから早く家へ行こうよ」
と少し疲れた顔で兄は言った。
そうだよね、私の仕送りのために、いつも、いつもひとりで働いている兄なので、疲れてない訳はないと私は思った。

「今夜は私が料理を作るから、買い物だけは付き合ってね」と駅前広場の一角にあるスーパーに入った。
「ねえ、何が食べたい?私何でも作れるようになったのよ」本当はそうでもなかったが、でも何だか張り切って言ってしまった。
「無理するなよ、なんでもいいよ」と兄は言ってくれた。そうだ、兄はトンカツが昔から好きだった。トンカツにしようと兄に言うと「大丈夫か、でも嬉しいな」と笑顔になってくれた。
最近買い物ができていなかったので、私はトンカツの材料の他にもいろいろ買った。このスーパーは駅傍で品ぞろえも豊富だし、二階では日用品や洋服も買える。駅の傍なので、いつも大学の帰りにお世話になっている。何だかいっぱい買いすぎたが、兄が支払ってくれた。
スーパーを出ると、緩やかな坂道をゆっくり歩きながら私のアパートに帰った。

早くに父が亡くなり、女手一つで私と兄を育ててきた母も亡くなった。その後、兄はひとりで働きながら私に仕送りし大学の授業料も払ってくれた。
兄は、いつも私のことをかわいくて仕方がないと言ってくれ、ちゃんとお嫁に出さないと両親に顔向けできないと言っている。私はそんな兄に甘えっぱなしだった。
でも、やっと卒業して就職もすることになった。兄にも早くいい人を見つけて欲しいし、就職すれば少しずつでも恩返しできると思っている。でも「そんなのいいよ」と言うだろな。

トンカツは思ったより上手にできたようで、兄はおいしいおいしいと食べてくれた。
実は高校生の頃に母が作っていたのをお手伝いした程度で、その後は一、二回程度しか作ってなくて少し不安だったけれど、お世辞でもうれしかった。
兄には、大学の卒業式には来て欲しいのだけれど。ちょうど忙しくなる時期にので来られないと言う。晴れ姿を見てほしかったがしょうがない。兄は明後日まで横浜にいると言うので、大学とか就職する会社とか。いろいろ見せてあげたいと思っている。

「東京の会社だと、住むところはどうするんだ」「ここを引っ越すのか?」と食事の後少し落ちついてから聞いてきた。兄は、私が都会で一人暮らしをしていくのがとても心配なようだ。
「ううん、東京と言ってもここから十分通えるし、それに会社も東京駅の近くだから、そんなに大変じゃないの」と答えた。本当にそうだし、それに何と言っても、この街やこの駅が大好きなのだ。
街並みを縫って走る相鉄線の電車にもすっかり慣れ、どこに行っていても横浜で相鉄電車の車内に入るとほっとする。そして、緑園都市の駅中にはパン屋さんがある。私が住み始める前からずっとあるこのパン屋さんで、焼き立てのパンを買って帰ることも好きだ。
街には緑もいっぱいあるし、どんなに疲れていても、寂しくても、少し散歩すれば吹き飛んでしまう。私はいつもそうしてきた。

「そうか、この街だと俺も安心だ」「田舎者の俺でもくつろげる暖かい空気だよな」と兄は言ってくれた。
「そうだよ、お兄ちゃんが見つけてくれた街だもの、私はずっとここか好きだよ」私は兄にはありがとうしか言えないし、これが私が緑園都市に住んだ理由だ。
私は夜中過ぎまでいっぱい話した。兄は黙ってニコニコしながら聞いてくれた。すごくうれしい夜だった。

著者

重永なほみ