「私の宝もの」はなみずき 紅

 改札口横に、駅と直結して相鉄ローゼンがあった。駅周辺には他にもスーパーがあったが、夕飯を待つ子ども達や両親のために、仕事先から急いで帰る私にとって、この距離はとても有難かった。
 ローゼンでは毎年「母の日」に向けて、お母さんの絵を募集していた。
 上の子が四年生、下の子が一年生だった時に、応募用の画用紙を二枚もらって帰った。
「ただいま。」
「お帰り。」
「ねえ、ねえ、今、相鉄ローゼンでお母さんの絵を募集しているんだけど、描いてくれない。画用紙をもらって来たから。」
居間でテレビを見ていた子ども達に頼んだ。「ええ、いいよう。」
お兄ちゃんが言えば、弟も言う。
「ぼくも描くよ。」
 幼稚園時代、上の子のお絵かき帳には、電車ばかり描かれていた。下の子のは迷路ばかりだったが、一年間にお絵描き帳を追加購入するほど、二人は幼稚園で絵を描いて遊んでいた。
 早速、夕飯の準備をしているところを描いてもらうことになった。
 ただでさえ狭い台所に、画板を持った子どもが二人入ってきた。しかも、下の子は立って描けないと言って、椅子を持ち込んでの写生会になった。
「お母さん、エプロンの紐がどうなっているか、よく見えないから、もうちょっと右に向いて。」
「もう一回、ジャガイモを切ってみて。」
上の子はモデルへの注文が多い。
「お料理しているところ、ぼく、難しい。」
そう言う下の子に、
「じゃあ、お皿を洗っているところはどうかなあ。」
「うん。いいよ。」
「お願いね。ご飯を食べてから。」
二人に描いてもらえるなんて、これが最初で最後かもしれないと思った私は、粘った。
 長男の下描きが終わるのを待って、やっとシチューの夕食が始まった。
 食べ終わった順に、自分の食器を流しに運ぶのが我が家流だ。テーブルの上が片付くと、長男は絵具で色塗りを始めた。
 再び次男の椅子を台所に入れ、食器洗いをしながら、次男のモデルになった。
「できた。」
次男は手早い。クルクルにパーマをかけたお母さんが、笑いながらお皿を洗っている絵が描けていた。
「じゃあ、お兄ちゃんと一緒に、テーブルで色を塗ろうか。」
そう言いながら、弟の椅子をテーブルに戻しに行って見ていると、長男の絵が完成し、お母さんの顔は迫力を増していた。
「はい、できあがり。」
 さすがに四年生らしい絵に仕上がってはいたが。
「ええー、お母さん、こんな顔してシチュー作ってたあ。」
ジャガイモを切っている横向きの私は、まるでゴリラのようだった。
「そうだよ。お母さんは、いつも怒ったような顔してるよ。」
 息子の言葉は的を得ていた。両親と夫との板挟みになっている私は、眼底出血を二度も繰り返すような生活を送っていた。
「ほんと。じゃあ、ジロウが描いてくれたお母さんみたいに、ニコニコしているように気をつけるわ。とにかく二人とも、一生懸命描いてくれて有難う。断られるかもしれないなあと思いながら、画用紙をもらってきて、よかったわ。タロウ、明日、ローゼンへ届けてくれる。」
「いいよ。」
 しばらくして、ローゼンから手紙が届いた。
タロウの絵は、「審査員特別賞」なので、表彰式に母子で出席するように、とのことだった。
(あんなゴリラみたいな絵が?)
内心、驚いた。
 当日、タロウと県立音楽堂へ行った。
「神奈川県知事賞」など、最優秀賞の受賞者と母親からステージに上がって表彰状をもらうので、私たち母子は最後の方だった。
 名前を呼ばれてステージに上がった瞬間、中央のスクリーンに映し出された絵に、どよめきが起きた。それまでの絵には無い、インパクトがあったからだ。
 インタビュウ―後、賞状と記念品をもらったタロウと私は、ステージを下りた。
 ジョイナス四階の「自然の広場」で、両親とジロウと合流した。奨励賞に入選したジロウの賞状と記念品をもらってから、展示されたたくさんのお母さんの絵を観た。
 三番目の子どもは、一年生から四年生まで、お母さんの絵を描いてくれた。料理をしているお母さん、洗濯物を干しているお母さん、犬の散歩をしているお母さん、アイロンかけをしているお母さん、どれも可愛いお母さんを描いてくれた。
 そして、彼も四年間、奨励賞をもらい、ジョイナスに展示してもらった。
 一年生と二年生の時は、作品をタイルに焼き付けて立てかけられるようにしてくれたので、感激した。しかし、受賞者全ての作品をそのようにするのは大変だったのだろう。その後の二枚は、写真に収めた作品を賞状の横に貼ったものに変わった。
 現在は大がかりだった催しも縮小傾向にあるようで、私たち親子は運がよかった。
 六枚のお母さんの絵は、子ども達からもらった一番の宝ものになっている。
 親の人生や夫の人生を生かされてきてしまったと思うところもあるが、ジロウが描いてくれたお母さんの絵を見てからは、いつも笑っているお母さんでいたいと思っている。 

著者

はなみずき 紅