「私の朝」たまこ

      今年の春から高校生になった私。着たいと思っていた制服ではなく、違う制服を着ている私が鏡の前で立っていた。私が通う学校は私立高校の為校則が厳しい。指定の靴下、指定の鞄、指定のスカートの丈。
「うわぁ、だっさ」
鏡に映る私の顔はだんだんブサイクいなっていく。
「はるかー、遅刻するよー」
台所からお母さんの声がする。リビングに向かうとおとうさんが先に朝食を食べていた。白いご飯と味噌汁に目玉焼き、私の家はご飯党な為、パンはあまり出てこない。お父さん曰く、パンよりもご飯の方が腹持ちが良いからだ、とか。
「今日からか」
お父さんが私を見て言った。
「うん」
浮かない顔で食事席に着いた。お母さんも席に着いた。
「第一志望の高校ではないけれど、また次に大学に行くにまで頑張れば良いじゃない。制服似合っているわよ」
オブラートに包んでいるのかいないのか、お母さんは変に気を使うと優しい表情の裏から毒がでる。
「うん」
暖かい味噌汁を飲んでも美味しく感じなかった。お母さんは「自分が大学にいけなくて、社会に出て悔しい思いをしたから、はるかには良い大学に行ってほしい」と中学受験から口癖のように言っていた。その言葉の一言一言が重りのように感じていた分、プレッシャーに繋がっていたのかもしれない。お母さんはいつも私の為に言ってくれていたが、逆効果という事を気づいていない。
「行ってきます」
お父さんと私は一緒に家を出た。私が住んでいる所は団地の5階で生まれる時から住んでいる為、同じ棟の近所の人はだいたい顔を知っている。4階に降りればゴミ捨ての時間帯であれば402号室の田中さんのおばさんが玄関から出てくる。今日も玄関から沢山入ったゴミ袋を持っていた。
「あら、はるちゃん、制服、似合っているわね、大きくなってもう大人ね」
まるで全て私の事を知っているかのようだ。
「ありがとうございます、今日から学校なんです」
浮かない表情で作り笑顔を作る。
「そうなの、学校生活頑張ってね、行ってらっしゃい」
「ありがとうございます。行ってきます」
お父さんと一緒に会釈をして階段を降りた。
 駅まで歩いて10分、私の最寄りの駅は海老名駅だ。自宅から駅まで歩く時間は何も考えなくて良い為私は好きだ。いつもぼーっとして歩いている。今日はお父さんと一緒な為ぼーっとはしていないが。
「この時間は電車が混むから気をつけなさい、はるかはぼーっとしている事があるから、女性専用車両に乗りなさい」
「今日はしてないよ」
心の中で呟く。
「あと、お母さんの言っている事は気にしない方が良いよ。お母さんは自分と被っている事が多いから、それに和也が今帰って来なくて寂しいだけだから」
和也というのは私のお兄ちゃんである。兄は私と違って効率的で、頭が良い。大学入学後の2年前から一人暮らしをしている。でも今は彼女がいるから二人暮らしをしているらしい。
「うん、大丈夫、気にしていないよ」
嘘だ。本当は凄く気にしている。大学まで頑張れば良い。受験まで行きたくない塾まで通って勉強したのに。そんな事を思っていると悲しくなってくる。
「じゃぁ、気をつけて」
海老名駅に到着し、お父さんは小田急線に向かい、私は相鉄線に向かう。想像以上に人が凄かった。こんな人混みの中に私はこれから戦いに行くのか。と思うとぞっとした。私はなんとか流れに混じり、前に進んだ。同じ列を作って、みんなどこ行くのだろう?こんなに多くの人はどこに向かうのだろう?
 私はお父さんの勧めで、女性専用車両に乗る事にした。私の前に並んでいる女性は、やや香水が強い人で鏡を見ながら真剣に前髪を確認していた。私の斜め前に並んでいる女性がスマホを見ながら、イヤフォンをつけていた。何か動画を見ているのだろうか。皆並ぶという事は同じだが、自分の持つ時間がある。私も同じように時間はあるけれど、家で散々ブサイクな顔は見たし、スマホは持っているけど滅多に連絡もこない為時計の代わりにしか使っていない。「私の時間、私の鞄に入っている物は」
すると後ろから声が聞こえた。
「はるちゃん」
同級生のなっちゃんだった。中学3年間同じクラスであったなっちゃんは変身していた。髪色は黒から明るい茶色になっていた。一重だった瞼もアイプチでくっきり二重になっていた。まつ毛もつけまつ毛がつけられ長くなっていた。スカートも短く、太ももが見えていた。
「なっちゃん変わったね」
私が知っているなっちゃんを思い出しながら目の前にいるなっちゃんを見ると困惑した。
「そうかな?今度ピアスを開けたいんだよね。高校生活を楽しまないと、3年間なんてあっという間じゃん」
中学時代のなっちゃんはどちらかというと目立たないタイプだった。だけど、話すと会話が弾んで、休み時間の時はよく一緒に話していた。
「これが高校デビューというものか」
私は心の中で呟いた。
「はるちゃんは髪が伸びたねー制服はセーラー服なんだねー可愛いー」
なっちゃんはこんな見た目になってしまったが要領がいい人だ。その為、勉強ができる。勉強は出来るが上の方は目指さず、目標より少し下を目指し今の公立高校に入学したらしい。学力の神様はずるい。なんで平等にしてくれないのだろうか。
「本当は今の所じゃなくて公立に入りたかったんだけど、落ちちゃったから私立に入ったんだ」
苦し紛れに作った笑顔は朝一番のブサイクな顔だ。どうにもならない。
「2番線に参ります電車は急行横浜行きです。電車が参りますので黄色い線より下がってお持ち下さい。」
ホームに電車のアナウンスが流れた。ガタゴトガタゴトと電車がホームに近づいて来る音がする。
「はるちゃんは何処の駅で降りるの?」
「希望ヶ丘駅に降りるよ。なっちゃんは?」
「私は緑園都市駅、途中まで一緒だね」
私が降りる駅は海老名駅から7個目の駅で、希望ヶ丘駅次の駅の二俣川駅へ行き、乗り換えて2駅目の駅が緑園都市駅だった。乗る電車が到着した。プシューッと大きな音を出しドアが開くと、ぎゅうぎゅうに乗っていた中の乗客が雪崩のように降りてきた。雪崩のように降りてきた人たちは吸い込まれるように駅の改札口に向かって行く。流れに混じり、前を見て歩き、時間を気にしながら小走りしている人もいた。沢山の人で埋め尽くされていた電車の中は空っぽになり、空いた電車の中の椅子に座ろうと乗る人たちは椅子取りゲームのようだった。なっちゃんと私は比較的前の方に並んでいた為、朝の椅子取りゲ-ムに無事勝利した。電車内はちょっとした戦場だ。
「朝ってすごいよね。まだ女性専用車両だから良いけど、隣におじさんとかいたら密着するんだよねー。まじて嫌だわー」
なっちゃんは本当に嫌そうに言った。もし、同じ車両におじさんがいたら泣くだろう。
「確かに。ここで良かった」
私も思わず真顔で言ってしまった。お父さんにここに勧めてもらって良かった。感謝しなくては。しばらくしてすぐに車内は沢山の女性で埋め尽くされた。沢山に人がのり、発車時刻になった。
「電車が発車します、閉まる扉にご注意下さい」
発車のアナウンが流れた後、プシューッと扉が閉まった。ガタンゴトンと電車が動き始める。
私の前に立っている女性は洋服の上が白色で下が薄い色のピンクのスカートだった。綺麗に磨き上げられたヒールを履き、顔はパッチリとした目元にやや濃い頬紅がのっていた。なっちゃんが小さな声で私に話しかけてきた。
「はるちゃんの前に立っている人可愛いね。男の人が守って上げたい人って感じだよね。」
「本当だね、可愛い人だね、ゆるふわって感じだよね」
私たちは声を小さくしながらゆるふわな女性を観察していた。すると、ゆるふわな女性は鞄の中からキラキラデコレーションされたスマホを取り出し、真剣な表情で指を動かしながらスマホを見ていた。親指を下から上に動かし、何かに取り憑かれたようにスマホの画面から目が離せなくなっていた。そして次第に、顔は先ほどの可愛らしい顔から眉間に皺がよりだんだんと変わっていった。あまりの変化に私たちは驚いていた。悲劇を見ているようだった。凍りついた空間にやっと私が声を出した。
「なんか嫌な事書いてあったのかな?」
なっちゃんも声を小さな声で言った。
「そうかもね。きっと彼氏と喧嘩しているんだよ」
私達のゆるふわだった女性の精一杯のフォローだった。次に私達の目線に入った女性はなっちゃんの前に立っている女性だった。上下きっちりとしたスーツを着て、化粧もバッチリとしていた。片手には沢山の文字がある資料を持ち難しい顔をして見ていた。これから戦場に行くような顔つきだった。なっちゃんは小さな声で私に言った。
「私の前に立っている人、仕事が出来そうな人だね」
「そうだね、キャリアウーマンって感じだね」
しかし次の瞬間、くっちゅんと子犬が泣くようなくしゃみを完璧なキャリアウーマンがした。私もなっちゃんも驚きだった。びっくりした後、お腹の中から笑いが込み上げて着た。人前で大笑いするのは失礼だと思い、私は膝の上に乗せた鞄に顔を押しつけて必死に堪えた。なっちゃんも笑い声を必死に抑えた。
「次は、大和ー、大和です。」車内でアナウンスが流れた。ゆっくりと電車が停車した後、ゆるふわな女性とキャリアウーマンは降りて言った。大和駅に停車する次の特急電車に乗るのだろうか。二人が降りた後、身体の中にあった笑いが収まりようやく前を向くことが出来た。前を向くと他に女性が沢山いた。目を閉じて眠っている人。文庫本を持っている人。
イヤフォンをして音楽を聴いている人。同じ場所にいるのに、それぞれ違う時間を持っている。当たり前の事だが、電車の風景をしっかりと見ると改めて不思議な気持ちになった。
なっちゃんがようやく笑いの穴から戻って着た。ふーと大きなため息をした。
「はるちゃんは高校で部活とか入るの?」
部活という言葉を久々に聞いた。受験中は勉強や成績の事しか頭に入っていなかったからだった。
「私は部活に入らないと思う。多分、塾に行かないといけないから」
さっきまでの笑顔が急に消えた。なんだか急に悲しくなった。そんな私の急な変化を見てなっちゃんが驚いていた。まっすぐ前を見て口を開いた。
「私はね、3年間の間でピアスを空けて、バイトもして、彼氏も作りたいんだ、勉強は最後だね」
「なっちゃんはやりたい事が沢山あるね」
内容の多さにびっくりした。、目標が多い。
「3年間ってあっという間でしょ。親には髪の毛を染めた事かなり言われたけど、今にしか出来ない事ばかりじゃん。勉強もそうかもしれないけど、中学でやったから最後で良いかなって思うんだよね。はるちゃんも今まで沢山勉強してるでしょ。だからもう少し気を抜いても良いと思うよ。」
外見が変わってしまったなっちゃんから、中学時代のなっちゃんが現れた。
「あぁそうか。なっちゃんはいつも私の弱い所を支えてくれる優しい子だった」懐かしい思い出が込み上げた。中学の卒業パーティーは高校受験が失敗して、悲しみが毎日背中に乗っていた。その悲しみを降ろしたくて、いつも参考書を持ち歩いていた。パーティーの時も持ち、一人で読んでいた。
「はるちゃん、今日も参考書持ってるでしょ?それやめた方が良いよ。皆卒業パーティーの時心配してたんだよ。」
そんな目で見られていたなんて、申し訳なく思った。
「そうだったんだ。知らなかった。」
ガタンゴトンと電車が走る。私の頭の中の思い出と一緒に走っていた。自分の周りの事なんて視界に入っていなかった。
「良い大学に親が入りなさいって言うんだったら、親が入れば良いんだよ。大学生は何歳でも入れるんだから」
なっちゃんは笑いながら言った。その言葉が私の突っ掛かった物を無くした。
「そうだね。今は今しかないもんね。私は私だもんね」
この言葉が自然と自分の口から吐き出す事が出来た。背中の重みが無くなった感じがした。心が温かくなった。私の目の前にいる人達、私の隣にいるなっちゃん。皆同じこと時間にいるけれど、皆違う時間を持っている。自分を充電してくれる何かを持っている。自由な時間を持っているのに、重たい荷物を背負う事なんてしなくて良いんだと思う。悩んだりしてしまう時間もあるがそれは、自分への充電時間なのかもしれない。ガタンゴトンと優しく揺れる電車が心地よかった。
「うちの学校ね、意外と高校野球が強いんだって。はるちゃんも今度一緒に行こうよ。中学で一緒だった高橋が野球部に入るって言ってたよ。まだレギュラーじゃないけど、レギュラーになるって。」
なっちゃんの高校は目標が高い人が多いんだな。と思った。
「今度行って見たいな」
高校に入ってから楽しみが一つ出来た。
「次は希望ヶ丘、希望ヶ丘ー」車内アナウンスが流れた。次は私が降りる駅だった。
「また明日同じ電車だった一緒に行こうね」なっちゃんが言った。その言葉が嬉しかった。「うん、一緒に行こうね」
希望ヶ丘駅に到着し私はなっちゃんに手を振り降りた。なっちゃんを乗せた電車は次の駅へ走った。希望ヶ丘駅という駅名を改めて見た。定期を買う時、この駅前を見た時希望なんて何も無いと思った。今は少しだけ希望が見えた。電車のホームに私と同じ制服を着た人達が同じ方向に歩いて行った。私もその流れに合わせて歩いた。鞄の中に入っている参考者が少し重かった。
「明日からこれは家に置いてこよう。」
長く伸びた髪の毛を耳にかけて前を見て歩き出した。

著者

たまこ