「秋晴れ、散歩日和。」宇佐乃リコ

 私の祖父は、相鉄線平沼橋駅近くに住んでいる。普段は介護サービスを利用しながら一人で生活しているが、週に一回程度、私が買い物や身の回りの事を手伝っている。

 平沼橋駅といえば、横浜駅から一駅、乗車時間はわずか一分だ。十五分ほど掛かるが、徒歩でも行ける距離である。私はいつも、祖父の家に向かうたびに徒歩で行くか、相鉄線に乗るか迷うのである。
 例えば、夏のうだるような暑さ、冬の凍えるような寒さの時は十五分も歩いてはいられない。雨の日なんかも、迷わず乗車を選ぶ。暑さ寒さをしのいでくれる上、ほとんど濡れることなく目的地に行けるのはありがたい。逆に、天気の良い日や時間のある時は十五分の道のりを帷子川沿いに歩くこともしばしばある。

 ある朝、コンビニで買い物をしてから祖父の家に向かおうとすると、レジが思ったよりも混雑していて、祖父との約束の時間に遅れそうだったので、今日は電車で行こうと決めた。日本で二番目に多いという相鉄線横浜駅の改札機。二十三台もの改札機がズラリと並ぶが流石に朝の改札はそれでも人通りが多かった。ICカードをかざし速やかに駅構内に入り、一番線ホームへの階段を上がる。平沼橋駅で降りた時にすぐに改札に向かえるように、平沼橋駅の改札に一番近い、先頭車両が止まる位置に並んだ。アナウンスが聞こえると、すぐに電車は到着した。始発駅のため、最初の方に並んでいれば大抵は座れるのが嬉しい。たった一駅だが私はついつい席に座ってしまう。しかし座ったのも束の間、電車はすぐに平沼橋に到着する。改札を降りれば祖父の家までは歩いてすぐだ。

 「おはよー。おじいちゃん、来たよ」
いつものようにインターフォンを押すと少し間があってからドアが開いた。
「おはよう梨花。朝からありがとうなぁ。」
祖父は現在七十九歳。頭はしっかりしているが、耳が遠いのと、足腰が弱っているので一人で暮らすのはなかなか大変なようだ。数年前、祖母が他界した時に、母が同居を提案したのだが、祖父は私たち家族との同居は好まず、この暮らしを変える気がないのだと言っていた。自由気ままな今の暮らしが気に入っているのだそうだが、だからといって、家族と関わるのが嫌なのだという訳ではないようだ。その証拠に、孫である私が週に一度家に訪ねてくる事を心待ちにしているようで、いつも笑顔で出迎えてくれる。

 「天気もいいし、散歩がてらスーパーまで行こうよ。岡野町のスーパーで今日は特売があるみたいだよ」
祖父の家から特売のスーパーまでは線路が通っているので跨線橋を渡る必要がある。祖父一人ではなかなか行かないようだったし、今日は秋晴れで、気温もちょうどいい。散歩日和だ。
「たまにはいいなぁ。梨花もいることだし、せっかくだから行ってみるか」
意外とすんなりその気になってくれたようだ。家を出て、少し歩くと跨線橋への階段とエレベーターがある。私達はエレベーターに乗り跨線橋に上がった。その時、ちょうどガタンゴトン、と音を立てて電車が近づいて来た。
「あ、相鉄線だ」
私たちが跨線橋から見下ろしている平沼橋駅の線路沿いには、JR線も並走してるが、今回は深い紺色の車両が線路を走って来た。ヨコハマネイビーブルー。リニューアルされた新しい相鉄線の車両だ。
「前は電車に乗って、手すりか、吊り革に掴まって外の景色を眺めるのが好きだったんだよ。座ってるとなかなか見えないだろう?でもまあ、今はもう電車に乗る機会はほとんどなくなったけどねぇ」
祖父は、目を細めて昔を思い出しているようだった。

 現在は外出の際は足元の安定のために杖を使って生活している祖父。年齢や、体のこともあり、外出自体が少なくなっているが、現在の移動は主に、送迎などの車である。
「私はおじいちゃんち来るとき、横浜から一駅なのに座っちゃってるなあ」
今朝の事を思い出し少し恥ずかしくなる私だった。

 通り過ぎる車両を見送って、また歩き始めた。スーパーに着く直前、祖父がぽつりとつぶやいた。
「あんな色の車両があるんだねぇ。久しぶりに乗ってみたいなぁ」
祖父が電車に乗りたいと言ったのは初めてだった。本当は乗りたいと思っていたのかもしれないが、周りの人に頼んだりするのが申し訳ないと思っていたのかもしれない。新しい車両を見て、本音をこぼしてくれた。私は嬉しくなった。
「今度、一緒に乗ってみる?家族みんなで、どこかに出掛けてみようよ」
「家族みんなで、かぁ」
少し照れくさそうに頷く祖父。今まで家族を支えてきた祖父。今では私がサポートする側になったが、どんな形になっても、家族は変わらない。
「来週は、お父さんとお母さんも誘って来てもいい?」
「もちろん。みんなでおいで」
「やった!誘っておくね」
スーパーで特売品を購入して、祖父の家に帰った。
簡単な掃除をして、調理を手伝って、お昼を一緒に食べた。ゆっくりと食事する祖父。私はあっという間に食べ終わってしまい、少しの沈黙が居間を包んだ。祖父が食事を終えて、後片付けを手伝いながら考えた。祖父はこのまま一人で暮らし続けるつもりなのだろうかと。

 片付けが終わって、時刻は十三時を過ぎた。いつもの流れで昼過ぎには帰ることになっている。
「またおいで」
「来週も晴れるといいね」
祖父は笑みを浮かべながら頷いた。私はゆっくりと扉を閉めた。

 祖父の家を出て、今度は帷子川沿いを歩きながら帰る。先程の考えを整理しながらゆっくりと。数年前は同居をしたくなかったようだが、今はどうなのだろう。祖父はもうじき八十歳。そろそろ、また同居を提案したらどうだろう。父と母に相談してみようか。

 秋晴れの昼下がり、散歩日和。この道を歩くのは、あと何回になるだろう。

著者

宇佐乃リコ