「笑顔をつなぐ」いぬいひでき

   一、ある日、突然
 『キィーー。キィーー!ガッシャーン!』
 「あ痛たー。」
 はっちゃんは痛みで目を覚ました。
 目を開けると正面のガラスにヒビが入って、前が良く見えない。寝ぼけ眼で考え始めた。   
 僕は、横浜を走る相鉄線8000系電車。ステンレスボディに赤いストライプが印象的な電車で、ニックネームは“はっちゃん”。毎日、横浜から海老名、そして湘南台の間をたくさんのお客さんを乗せて走っている。
 昨日は、8000系電車が大好きな幼稚園に通う、ひろ君の水泳教室の日。ひろ君はお母さんお手製の僕の顔のアップリケの付いたバックを持って、僕に乗っていたっけ。
 そして今朝は湘南台からの始発電車の担当で、昨夜、湘南台駅に入り、駅で仮眠をとっていたはずだ。でも、この痛みは・・・
 ひび割れたガラス越しに前を見ると、保線担当車両の“ぷるたん”がいる。
「はっちゃん、ごめんなさい!ブレーキが利かなくて止まれなかったんだ。」
 びっくりした顔で謝っている。保線係の人たちも“ぷるたん”から降りて、はっちゃんの周りに集まってきた。駅員の人たちも始発準備の前だったが、大きな衝突音にびっくりして、ホームまで下りてきた。
 「今、かしわ台工場の整備係の人たちに連絡したよ。モヤちゃんに乗ってこちらに向かって来るそうだ。」
「はい・・・」
 はっちゃんは消え入りそうな声で答えた。
 湘南台に向かっているモヤちゃんは、モヤ700という相鉄線の電車の紅一点。お客さんを乗せない、線路保守や電車牽引に活躍する黄色い車体の電車だ。
 まだ夜が明けぬ薄暗い中、モヤちゃんが整備係の人たちを乗せて、湘南台駅にやって来た。整備係の人たちはモヤちゃんから飛び降りると、はっちゃんに向かって走り出し、車体をチェックし始めた。
「大丈夫?はっちゃん。」
 いつも優しいモヤちゃんが、声を掛けてくれる。
「うん。でも、これじゃ始発電車は無理かなー。」
と弱気になるはっちゃん。
 車両を点検していた整備係の人たちが、難しい顔で相談している。
「まずは、かしわ台まで帰ろう。」
 モヤちゃんに引かれ、かしわ台工場に向かった。
 かしわ台工場には、仲間の電車たちが朝のラッシュに合わせて出庫準備をしながら、大怪我をしたはっちゃんに声を掛けてくれた。   
 この路線で最古参の5000系電車、“五千爺さん”。ステンレス車体の印象的な7000系、“七千おじさん”。はっちゃんの良き同僚、9000系、“九ちゃん”。昨年から配属になった双子の10000系、“万次郎”と“万三郎”の一万ブラザース。みんなはっちゃんの怪我を心配していた。
  
   二、旅立ち
 かしわ台工場では、早速、点検が行われ、怪我の状況、修理方針などを報告する会議が開かれた。会議には工場長をはじめ、整備係、本社の配備計画など関連する人たちがみんな集まった。点検を行った整備係がはっちゃんの状況を説明した。
「衝突した一両目と二両目のダメージが大きく、特に運転席の修理、計器類の交換が必要です。」
「で、修理期間の見込みは?」
と工場長さんが尋ねる。
「この修理に専任で六か月。でも・・・」
「でも?」
「かしわ台工場では、各車両の全般検査の予定が順次入っており、それを考えると9か月は必要かと。」
「9か月・・・」
 会議室がざわついた。
 本社の配備計画担当が立ち上がった。
「修理に9カ月の期間と多額の費用を掛けるならば、8000系を廃車して、来年新造する1万ブラザースの後継機種を1編成、追加発注しましょう。時代はエコを求めています。新しい電車は少エネルギーで、快適な装備が特徴です。これからの当社のイメージにピッタリです。」
「ちょっと待って下さい!」
 整備係が立ち上がった。
「少エネだけで判断されては困ります!8000系は、9000系と共にこの鉄道のシンボル的な存在です。実際の運用でも、はっちゃん、九ちゃんが中心に運行ダイヤが組まれ、二人とも、日々頑張っているんです。それを少エネの面だけで、廃車にするなんて、それでは現場の運用がまわりません。はっちゃんは修理して復帰させるべきです!」
 会議は紛糾した。各部署の意見がひと段落すると。前で黙って座っていた工場長が一同を見回し、立ち上がった。
「各部署の意見は聞いた。修理するにも、新造するにも時間が掛る。その間の運用も含めて判断しなければならない。結論は来週の会議まで一旦、私に預からせてくれ。」
 工場長の張りのある声に、誰も反論する者はいなかった。
 会議が紛糾したことは、電車たちの耳にも入り、不安が広がっていた。そんな中、5千爺さんは
「整備係や工場の人達が考えてくれる。悪いようにはならないじゃろう・・・」
と、希望的な見通しを話していた。
 一週間後、いよいよ会議の日がやってきた。一同が集まった会議室に工場長の声が響いた。
「8000系電車の改造を行う。修理ではなく、改造だ。今回の事故の修理はもちろん、電車の制御系や駆動系、そして内装も新しい時代に合ったものに交換する。そして、この改造を、8000系電車を製造した瀬戸内の山戸工場に依頼する。改造期間は約6か月。 
 そして、その間の運用だが、来年の5千爺さんの引退を1年間延長する。5千爺さんも、まだまだ走れる。はっちゃんは相鉄の主力電車。我が鉄道のイメージを背負っている。廃車にするわけにはいかない!」
 工場長の話の最後は、会場の大きな拍手でかき消されてしまった。
 整備係は早速、はっちゃんの山戸工場への出発の準備を始めた。山戸まで約800kmの長旅だ。
 はっちゃんは、山戸での修理、改造のことを聞いても素直に喜べなかった。800kmの長旅に耐えられるのか、どんな改造なのか不安が先だって、出発の前夜も良く眠れなかった。そして自分を待ってくれている子供たちの事も気になっていたのだ。
 そんなはっちゃんに40年に渡ってこの相鉄で働く、5千爺さんが声を掛けた。
「わしは、今ではこんなステンレスボディの電車だが、最初は、重い鋼鉄製の丸みを帯びたボディじゃった。その後、モーターや制御装置の改造、ステンレスボディへの改造、内装の改造をと3回も大きな改造をやってきた。改造も悪いものではない。新しい気持ちでいつもの路線を走れるというのも良い物じゃ。楽しんで来い。」
 はっちゃんは小さく頷いた。

   三、往路
 モヤちゃんに引かれ、かしわ台工場を出発した。海老名に向かう途中で、貨物線に入った。ここはお客さんを乗せて走ることがない支線。厚木まで行き、そこから相模線のお世話になる。厚木に到着するとモヤちゃんが声を掛けた。
 「気を付けて行ってきてね。」
「うん。ありがとう。みんなの事、頼むよ。」「はい。寂しけど頑張る・・・」
 今度はディーゼル君に引かれ、単線の相模線を茅ヶ崎に向かった。長い旅の始まりだ。
 昨夜は不安な気持ちが大きかったが、出発すると肝が据わったようで、これからの長旅を楽しみにする余裕が出てきた。
 夕方、茅ヶ崎の貨物駅に到着。操車係の人から、出発は夜遅くなので、それまで休んでいるようにと言われた。はっちゃんはウトウトと居眠りをしていた。
 『フォー』
 電気機関車の汽笛の音で目が覚めた。気が付くと周りは真っ暗。空には綺麗な満月が出ていた。
 「君を山戸工場まで連れて行ってくれる電気機関車“EF66”の“六さん”だ。」
 そう言って指さした方から、電気機関車EF66が大きい音と共に近づいてきた。
 「初めまして。相鉄の8000系です。よろしくお願いします。」
とはっちゃんが挨拶すると、六さんは笑みを浮かべながら
「僕らは臨時列車だから、定期便の間を縫って走ることになる。さあ、出発の準備だ。」
 六さんがなぜ笑ったの、はっちゃんは不思議に思ったが、六さんの大きな車体と連結した途端、その力強さに圧倒され、考えるどころでは無くなってしまった。
 茅ヶ崎を出発した2人は西へと向かった。
 カタン、カタン。カタン、カタン。線路の継ぎ目を超える音が、子守唄のように眠りを誘った。
 どのぐらい経ったのだろうか。頬を撫でる風が変わった。いつも横浜で感じる海の匂いより強い匂いがした。目を開けると大きな海に朝陽が登るところだった。
 「お目覚めかい。」
「うわー。朝陽の赤い色が広い海に輝いてる。こんなきれいな日の出、初めてだ。」
「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっー!初めてかい?はっちゃん。」
「えっ!」
「君はどこで生まれたんだい。」
「瀬戸内の山戸工場。」
「相鉄線にはどうやって、来たの?」
「・・・」
 「そう、山戸工場で生まれた君は、今走っているこの線路を逆向きに走ってきたのさ。
その時、君を引いていたのがこの俺だ。あの日もちょうどこの辺りで、朝陽が登って来た。 
 君の銀色のステンレスボディに朝陽が反射して、とても綺麗だった。こんなきれいな朝陽はそう見られないから、俺は寝ている君を起こしたんが・・・記憶に無いようだね。」
 「俺は生まれてこの方、貨物専門。人が乗る客車を引いたことはない。山戸工場を出てきた赤いストライプの君の車体を見て、羨ましいと思ったよ。多くの人を乗せて走る君の姿を想像してね。俺は貨物専門だが、この仕事に誇りを持っている。大切な荷物をきちんと届ける、この仕事にね。でも、あの時だけでは、君の素敵なボディを見て、一度、お客さんを乗せて走ってみたいと思ったのさ。」
 「六さん・・・」
 「いやー。とんだ内輪話をしてしまった。でも、今日のこの朝陽を忘れるなよ。お客さんを乗せて走る仕事は大変かもしれないが、俺達には、それぞれ役割があるんだ。そのことを忘れないでくれよ。」
 はっちゃんは返事もせず、大海原に上る朝陽をじっと見つめていた。
 それから、六さんの貨物の苦労話や、乗せる荷物が届かず待ちぼうけした話、沿線で毎朝手を振ってくれる子供の話など、様々な話を聞きながら、西へと進んだ。そして、ようやく山戸工場に入る植松駅に到着した。

   四、生まれ変わる
 山戸工場に入ると、黄色いヘルメットのたくさんの作業員の人が近づいて来た。その中に一人だけ、白いヘルメットで違う制服のお爺さんがいた。作業員の人達は、そのお爺さんの顔を見るとみんな近づいて、挨拶をしたり、笑顔で話しをしている。
 「技術部長!お久し振りです!お元気そうで!」
「わしは技術部長ではないよ。もうろくした爺さんだよ。」
「もうろく爺さんなんて・・。顔色もよいし、現役時代より、お元気に見えますよ。」
「そうか、引退して以来、のんびりしていたからな。でも、今回、8000系が事故に遭い、修理のために戻って来ると聞いてな。邪魔になるとは思ったが、様子を見させてもらおうと来たわけじゃ。」
「何をおっしゃるんですか。8000系製造の総責任者の和田さんに見て頂くのが、一番です。」
 元技術部長の和田さん、そして今回の改造を担当する人たちがはっちゃんの前に立った。
「これから、検査をするからね。」
 そう言うと、みんなは電車の下の穴、点検する空間に入って行った。
 『カン!カン!。コン!、コン!』
 ハンマーで叩きながら、検査をしている。所々で、ライトで照らしながら、何か話し合っている。10両の車両のすべてを順番に確認し、はっちゃんの前にやってきた。
 「かしわ台では、良く面倒を見てもらっているようだね。この工場を出発した新車の時と変わらないぐらい、きちんと整備されていたよ。事故で傷ついてしまったところ以外は全く問題ない。私が保証するよ。事故にあった部分は修理して、さらに、かしわ台からご依頼の改造をするよ。山戸の技術者はみんな優秀だから、まかせて置きなさい。」
和田さんが笑顔で話した。
 はっちゃんはその言葉を聞いて、ほっとした。すると、いきなり、はっちゃんの目に大きなシートがかぶされた。
「さて、ということで、改造の間は、寝ててもらうよ。」
 各車両の連結器が外されて、改造作業が始まった。
 山戸に来たのは、秋だったが、今は2月。真冬だが、瀬戸内海に面した山戸は横浜よりも温かく感じる。はっちゃんは目覚めようとしていた。シートが外され、パンタグラフが上げられた。
 『ウィーン!』
 電気が通り、運転席にある計器盤のランプが一斉に点灯した。はっちゃんは、目を開けた。
「お目覚めかな。改造作業が終わったよ。これから、各計器の検査。そして試運転だ。」
 はっちゃんはその言葉聞いて、はっきりと目を覚ました。
「直ったんだ!」
 自分の姿を確認しようと、隣の車両のガラスに映る自分の姿を見て『ぎょっ』とした。
「えーっ!これは僕?」
 ガラスに写っているのはステンレスボディだけど、ブルーのストライプにグリーンの曲線が描かれた車両だった。
「赤いストライプは?」
 何だか悲しくなった。だって、赤いストライプが相鉄線の証しだと思っていたから。新入りの一万ブラザースは青いラインの車体だけど、他のみんなは太さやデザインが少しずつ違うけど、みんな赤いストライプ。
 「何でなの・・・」
 虚ろな目のはっちゃんを見かねて、改造を担当してくれた人たちが声を掛けてくれた。
 「君がこの工場に来る時の依頼には、修理や最新の装備に改造する事が書かれていたんだけれど、最後に新しい塗装の依頼もあったんだ。工場に来たときは色もデザインもまだ決まっていなかったが、年が明けて、塗装のデザインが届いた。相鉄線は今年80周年の記念の年。この記念の年に新しいシンボルマークを決めて、それに合わせた塗装に全車両、変更することが決まったそうだ。君はその新塗装の最初の車両だそうだよ。」
 はっちゃんの目が輝いた。
「みんなで新しい色に変わるんだ。僕がその一号車。」
 試運転を終え、早く戻りたい。ひろ君やお友達に早く会いたい。はっちゃんは、はやる気持ちを抑えられなかった。

   五、復路
 無事、試運転を終えたはっちゃんが、山戸を旅立つ日がやってきた。作業を担当してくれた人達が、見送りに来てくれた。工場の門の方を見ると和田さんの姿があった。
 「技術部長!はっちゃんの見送りに来て頂いたんですか。」
「いつも言っているだろう。わしはもう技術部長ではない。ただの電車好きの爺さんじゃ。今日ははっちゃんの出発と聞いてな。わしの作った電車だ。見送らん訳にはいかんだろ。」
 「はい。ありがとうございます。和田さんが作った電車を我々が改造し、次の時代につないでいく。技術だけでなく、その心意気も伝えてきたいです!」
 現在の技術部長の中川さんが答えた。
 新旧、二人の技術部長さんを前にはっちゃんは挨拶をした。
 「和田さん、中川さん、作業を担当してくれた皆さん、ありがとうございました。生まれ変わって、また相鉄線で働けます。新しい運転席、素敵なモーター音、きれいな模様の座席シート、みんな羨ましがると思います。僕を助けてくれて、本当にありがとうございました。」
 あんまりしっかりした挨拶をしたので、作業員の中には涙ぐむ人もいた。
 「この工場で生まれた電車が、しっかり走ってくれるのは、わしらの誇りだ。その電車が、またこの山戸で新しい息吹を得て、走り出してくれるなんで、こんなうれしい事はない。道中、気を付けてな。」
和田さんが声を掛けてくれた。
 はっちゃんを牽引する電気機関車がやって来た。作業員の人が声を掛けた。
「なんだ。“いつつ姉さん”か。」
「なんだ。とはご挨拶だね。横浜まで運ぶ電車があると伺って、参りましたが!」
「まあ、そう怒りなさんな。わしらが丹精込めて改造した電車だ。優しく運んでやってくれよ。」
「あたしの仕事は、いつも、丁寧と優しさをモットーにしていますがね。」
「確かにいつも立派な仕事っぷりだが、相変わらず、物言いがきついね。」
「容姿が美しいのと、口が悪いのは生まれつきでしてね。」
 「やあ、いつつ姉さん。」
「これは技術部長の和田さん。ご無沙汰しております。その節はお世話になりました。」
「いつつ姉さんに名前を覚えていてもらえるなんて、光栄だね。どうだい、その後は。」
「ありがとうございます。順調に働いております。」
「みんなが元気で走ってくれるのが一番さ。」和田さんはそう話しながら、はっちゃんに
いつつ姉さんを紹介した。
 「君を連れて行ってくれる電気機関車“EF65”だ。数字の5は“いつつ”と数えるだろ。だから“いつつ姉さん”。生まれ変わった君を引くには、打ってつけの機関車だ。」
 「よろしくお願いします。六さんから、お噂は伺っております。」
 「あの“六じじい”。余計な事、話しちゃいないだろうね。」
「いや、そんなことは・・・」
 連結するといつつ姉さんは力強く走りだした。春まだ浅い瀬戸内の海を眺めながら、機関車は進んだ。
 「穏やかな海ですね。静岡で見た太平洋と全然表情が違う。」
 「瀬戸内の海は四季折々でその表情が異なって綺麗な海さ。ところで、言い忘れたけど、私は大阪までの担当。大阪からは、また六さんが引いてくれる手筈さ。六さんにも何か考えがあったようで、たっての願いで、はっちゃんを連れに来たわけさ。で、どんな話をしたんだい?六さんと。」
 はっちゃんは、行きの道中で、大海原に登る朝陽を見ながら話したこと、いろいろな貨物を運んだ話を聞いたことを話した。
 「あたしはね、六さんに、ひとかたの恩があるんだよ。私の身の上話を少々ね。あたしは、最初は寝台特急を担当していたんだ。『富士』や『さくら』のヘッドマークを付けて、東京から下関まで走っていたのさ。ブルートレインというやつだね。」
 「僕が相鉄で働き始めたころ、横浜駅の近くで横を走ったことがあります。」
 「旅に出る人を乗せて走る寝台特急は華やかでね。どの駅についても写真を撮る「鉄」がたくさんいたもんさ。」
「でも、新しい機関車がやって来て、あたしは貨物を引くことになった。人が乗らない車両を引くのは寂しくてね。気持ちもすさんで、やけっぱちになっていたんだ。
 そんなとき、六さんが声を掛けてくれた。『今運んでいる貨物の事を考えてみろ。』って言われた。そのときの荷物の中に宮崎のメロンがあった。六さんに、そのメロンを育てた農家の人がどんな気持ちで箱に詰めたか、想像してみろ。と言われたわよ。
 そして、その後ろには宅配便の荷物もあった。その荷物の中にもメロンがあった。『そのメロンはな、育てた農家のご夫婦が横浜で暮らすお孫さんに送ったものだ。どんな表情で送り、孫たちがどんな顔でその箱を開けるが想像がつくだろう。そうさ、笑顔さ。人を乗せる列車は笑顔を乗せているが、俺たちは、荷物を預けた人と受け取る人の笑顔をつないでいるんだよ。』
 その時、あたしは気付かされた、貨物も人も変わらない。“笑顔をつなぐ仕事”をしているんだとね。」
 「笑顔をつなぐ・・・」
はっちゃんの心にこの言葉が響いた。
 その後、いつつ姉さんから、廃車回送やブルートレイン時代の武勇伝と、休む間もなく話を聞き、大阪に到着したのは夜だった。
 「六さん、はっちゃんを連れてきたよ。後は頼んだからね。」
「ご苦労様。“いつつ姉さん”!」
 六さんは、いつつ姉さんにお礼を言い、はっちゃんとの連結作業に入った。
 「はっちゃん、頑張りなよ!」
 いつつ姉さんが、声を掛けてくれた。
 「ありがとうございました。伺ったお話、忘れません。」
 はっちゃんはそう答えながら、折返しの貨物列車を引いて出発するいつつ姉さんを見送った。
 早春の東海道を六さんに引かれ、一路、横浜へと向かった。夜中ということもあるが、山戸より空気が冷たい。
 「いつつ姉さんはおしゃべりだから、いろいろな話を聞いたろう。」
 六さんがつぶやくように話始めた。
 「はい。笑顔をつなぐ。心に刺さりました。
事故で怪我をしたけれど、山戸への旅でたくさんの事を学んだ気がします。」
 「しかし、新しいデザイン、目立つね。横を走るトラックの運転手さんが、びっくりした顔で見ていたぞ。」
「僕もまだ人の洋服を借りてきたようで、落ち着かないんです・・・」
 そして浜名湖の近くに差し掛かると、春の朝陽が登り始めた。六さんが振り向いて話し掛けた。
「はっちゃん、俺たちはさ・・」
 『ガゴン、ガゴン。ガゴン、ガゴン。』
 ちょうど鉄橋を渡る音で何も聞こえなかったので、はっちゃんは聞き返した。
 「六さん、何て言ったか聞こえなかったんだけど、もう一度、話してくれます?」
 「なんだよ。こんなことを二度も言わせるのかい。恥ずかしいな。」
「あのな、・・・」
 『ガゴン、ガゴン。ガゴン、ガゴン。』
 またも、鉄橋を渡る轟音で何も聞こえなかった。でも、はっちゃんは、もう聞き返さなかった。六さんの後ろ姿を見ていたら、何を言いたいのか分かった気がしたから・・・
 この旅で、たくさんの人たちに支えられていることが良く分かった。この旅で出会った人々の事を思い出しながら、光る海を見つめていた。
 茅ヶ崎に到着し、いよいよと六さんともお別れだ。でも、ふたりの間には会話は無かった。六さんが、こちらを見て微笑んでくれたので、はっちゃんも笑顔で返した。六さんは、包み込むような優しい眼差しで、はっちゃんを見つめた。
 連結器が外された。でも、はっちゃんは心の連結器は外れていない!と感じていた。六さんは、軽く手を上げ、次の仕事に向かって行った。
 
   六、笑顔をつなぐ
 はっちゃんはモヤちゃんの待つ厚木の貨物駅に到着した。
「お帰りなさい。」
「ありがとう。みんな変わりなかったかい。」
「うん。みんな、はっちゃんが帰ってくるのを心待ちにしていたのよ。」
 モヤちゃんに連結されて、かしわ台工場に向かった。
 「変わったね。」
 「うん。中身はもちろんだけど、この新しいデザインのボディだもの。」
 「ううん。そうではなくて、見た目ではないものがね。引いていると分かるの。はっちゃんが変わったことが。」
 かしわ台工場に付くと、みんなが歓迎してくれた。工場長や整備係の人達もみんな出てきた。
 「長旅、お疲れ様。お帰り。」
 「ご心配をお掛けしました。山戸工場の人達に無事に修理してもらいました。」
 少しはにかみながら、はっちゃんは、挨拶した。夜遅く、終電を担当した5千爺さんが戻ってきた。
 「今日、戻って参りました。」
「おお。立派になったじゃないか。これが噂の新デザインかね。まぶしいのお。」
「まだ、しっくりこなくって。長い間、本当にご迷惑をお掛けしました。」
「気にすることはない。はっちゃんが居ない間に、いたずら小僧の一万ブラザースも、だいぶ大人になったぞ。」
 はっちゃんは、山戸工場の和田さんの事、行き帰りでお世話になった“六さん”や“いつつ姉さん”から聞いた話など、この半年で感じたことを話した。
 「そうか。お前も立派になったのお。わしもこれで思い残すこと無く、引退できるわい。後は頼んだぞ。」
 はっちゃんは、その言葉に答えることができず、小さく頷いた。5千爺さんの目は、茅ヶ崎で別れた時の六さんの目に似ていた。
 『ファーン。』
 いよいよ試運転の日だ。横浜に向け、かしわ台を出発した。駅を通過すると、ホームにいる人が、びっくりした表情ではっちゃんを見つめている。
 「どの駅でも注目されて、恥ずかしいね。」
 運転手さんが声を掛ける。二俣川で5分停車だ。はっちゃんがホームに滑り込むと、元気な声が聞こえてきた。
 「はっちゃんだよ。はっちゃんだよ。はっちゃんが帰ってきた!」
 大声を上げながら、走ってくる。そう、ひろ君だった。
「はっちゃん、心配していたんだよ。ずっと逢えないから。駅員さんに聞いたら、事故に遭って修理のために遠くに行っているって。」
「ごめんよ、ひろ君。でも、おかげで新しくなって、帰ってきたよ。また、みんなを乗せて走るからね。」
「うん。でも、赤いストライプじゃなくなったんだ。」
と言って、ひろ君は、はっちゃんのボディを撫でた。
 「今度、ママに頼んで新しいお道具袋作ってもらわなきゃ。新しいはっちゃんのデザインでね。」
 「うん。後ろにいるお父さんも乗せて走るからね。」
 するとひろ君は大笑いしながら
「はっちゃん。目、悪くなったんじゃない。後ろにいるのは、お兄ちゃんだよ。」
「あっ!でも、ブレザーにネクタイしていたから。」
「お兄ちゃんは今日から中学生。新しい制服なんだ。毎日、海老名の学校に通うから、よろしくね。」
 にっこりするひろ君を見て、はっちゃんは、帰ってこれて良かったと思った。発車のベルがなった。手を振るひろ君を後に、横浜に向かって、出発した。
 今年は寒いせいか、桜の開花が遅いようだ。ちょうど、鶴ヶ峰の牛乳工場の脇の桜が満開だ。天王町の帷子川の周りもピンクに染まっている。はっちゃんは、自然豊かなこの路線が大好きだ。
 「僕は走る。たくさんの人々乗せて。僕の役目は笑顔をつなぐこと。大変なこともたくさんあるけれど、仲間と一緒に走る。」
 「笑顔をつなぐために。」

著者

いぬいひでき