「胸の高鳴り」カトウカズタカ

電車の車内アナウンスが横浜到着を告げ、続いて乗り換えの案内を始めた頃、ふと、となりに立っている彼氏が口を開いた。

「弥生の家ってさぁ、相鉄線だよね?」
「そうだよ。いずみ野線の弥生台」
「なるほど。それで『弥生』って名前になったのか……」
「いやいや。ウチのお父さんそんなに単純じゃないから。もっとちゃんとした理由があるから。私が三月生まれで……てか、どうしたの急に?」
「いやぁ俺、湘南の方に住んでるからさ。相鉄線って言われてもあんま乗る機会無いからいまいちピンとこなくって。どんなトコなの?」
「どんなトコって言われても。逆に聞くけどどんなイメージ持ってんの?」
「えぇ! 相鉄だろ。うーん……あれだろ?四両くらいのひと昔前の電車が走ってて、横浜の中でも結構田舎っていうか。田んぼと畑と山しかないっていうか。なんかそんなカンジ? あぁあと、あのあたりって新幹線走ってるよね。駅無いけど。なんか営業で一回行ったんだけどな。そんなカンジかなぁ」
「えー……。それいつの時代の話? 長いから。相鉄の電車もっと長いから。しかも新しい電車もいっぱい走ってるし、そんなに田舎じゃないし。ていうかどっか別のところと勘違いしてない?」
「どうだっけなぁ。そん時は先方がいい感触でさ。具体的な話は別の部署の担当に引き継いじゃったからそれ以降行ってないんだよな。あ、でもプロジェクトが固まった時一回挨拶に行ったな。ただその時は俺、課長に付いていっただけだから、あんまり記憶にないなぁ……ま、まぁ仕事の話は置いといてさ。そんなカンジで全然知らねぇんだけど、一体どんなところなの?」
「どんなところって言われても。私、子供のころからずっと住んでるから……。でも、いいところだよ。ウチの近所の人はみんな優しくて親切だし。街はきれいで静かだしさ。だけど街自体は結構栄えてて、駅前のローゼンも遅くまで開いてるから、帰りが遅くなった時とかに便利なんだよね」
「ローゼン? ローゼンって何?」
「え、ローゼン知らないの? スーパーのそうてつローゼン」
「いや、知らなかった。ふーん。でも相鉄って確か、ほかの鉄道会社と乗り入れしてないよね。東京の方行くときって毎回横浜で乗り換えでしょ?なんか面倒臭くない?」
「湘南台か大和で小田急線にも乗り換えられるけどね。でもなんか今度、東急やJRと繋がって直通するらしいよ」
「マジで? あ、そういえば新横浜の駅前で工事してんの見たわ。直通線がどうのこうので新しい駅が出来るって。あれ相鉄だったんだ。ってことは何? 新横浜にも駅が出来んの?」
「なんかそうみたい」
「はぁぁ。すげえな。超便利になるじゃん」

そんな話をしているうちに電車は横浜の駅に着いた。
「じゃあ私、乗り換えだから。家着いたらまた連絡するね」
「おう」
ドアが開く。私はホームに降りたあと、まわれ右をして車内に残る彼の方に向き直った。
「あのさぁ!」
「何?」
「あのさぁ……今度、弥生の家、行ってもい
いかな?」
「いいけど、早めに予定合わせてくれないと 私が休みの時ってだいたいお父さんかお母さんが居るし」
「いいから!」
「え?」
「お父さんもお母さんも、居てもいいから」
彼がそこまで言い終えたところでドアが閉まり、電車は西の方へと走り出していった。

私は電車の去ったホームで少し呆然と立ち尽くした後、乗り換えのために歩き出した。
(お父さんとお母さんが居てもウチに来たいだなんて。私の話聞いて、そんなにウチのほうに来てみたくなったのかな……)

 改札を出て連絡通路を進み、階段を昇ってまた改札を通る。更に階段を昇って二番線のホームに出ると、ちょうどネイビーブルーに身を包んだ電車が、まばゆいライトを煌かせながら、力強い歩みでゆっくりとこちらに向かってきていた。
「きっと……それだけじゃないよね」
私は小声で呟いて、電車が停まりドアが開くのを待った。
 電車の接近を知らせるメロディサインにあわせて、胸が、高鳴っていた。

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カトウカズタカ