「色彩」山田太郎

「パパ、一番きれいな色って何?」

次男に唐突に質問されたのは、夏休みもあと一週間で終わりを迎えるというのに、まだまだ暑さの残る日曜の午後だった。窓の外では、蝉が最後の力を振り絞って自らの存在を証明するかのように必死に鳴き喚いている。夏の初めに掃除をしたエアコンが、風向きを変えるたびにカタカタと音を出して笑う。

「いずみ野といずみ中央の間の高架から綺麗な景色が見えるのよ。」と知り合いの女性から聞いたのは、今から5年前、私が35歳の時だった。それまで何年もの間、その場所を行き来していたのに、全く気付かなかった自分に腹が立った。いや、気付かなくてもおかしくはない。電車の中では、常に携帯電話を何かに取り憑かれたように見ていたからだ。スマートフォンの普及でその呪いはさらに顕著になった。その画面からはとめどなく情報が溢れ、窓の外を流れていく雲のように静かに記憶から消えていった。

物心がついてから25歳になるまで、私は家族と共に鶴ヶ峰に住んだ。駅から15分程歩いた山の上の団地。坂の途中には銭湯や豆腐屋があり、なかなか風情のあるところだった。駅前も賑やかで色彩溢れる町。この町に住んでいることに”誇り”のようなものを抱いていたような気さえする。ただ、未だに正しい書き方が 鶴ヶ峰 なのか 鶴ヶ峯 なのかは定かではない。

妻とは高校の同級生で、10年近く付き合った末に結婚した。私の中ではもっと早い段階で結婚の意思を固めていたのだが、あまり早くし過ぎてもねぇ、という感じでゆるゆると過ごしていた。ある日、その使い古した輪ゴムのような日々も終わりを迎える。妻の友人が「これで結婚してくれなかったら詐欺だよね」という陰口を耳にしたのだ。犯罪者にされてはかなわんと、ほどなく正式なプロポーズを経て結婚に至った。その時の妻の返事は「ありがとう」でも「嬉しい」でもなく、「いつ?」だった。

結婚してしばらくは市営地下鉄の立場駅から歩いて5分ちょっとの、割と小綺麗なアパートの二階に住んだ。住み心地は悪くなかったが、階段がもの凄く急な作りになっていることが唯一の不満であり、不安でもあった。家族が怪我をしなければ良いがと思っていたが、真っ先に怪我をしたのが自分だった時はさすがに落ち込んだ。ある夜、風呂上がりに無性に炭酸が飲みたくなり買いに行こうとしたところ、例の階段を踏み外し転げ落ちたのだ。足裏の剥離骨折。一ヶ月ほど松葉杖が手放せなくなった。

いずみ中央駅から歩いて数分の新居に生活の拠点を移したのは、長男が生まれて2年が経とうとしている頃だった。人生で最も高い買い物を終えた矢先、長男に障害があることが分かった。嫌味なほど青く、一片の濁りもない空が広がっていたあの日。自閉症。そう診断された。

重度の知的障害者でもある長男は、全く言葉を話すことができない。彼とのコミュニケーションは写真や絵を使い、それを見せることで行った。回転すし屋では、お店に置かれている全てのすしが載っている写真を見せて、食べたいものを指差してもらう。マグロ、海老、マグロ、納豆巻き、そしてマグロ。。彼の好きな食べ物を特定するのにそう時間はかからなかった。

我々健常者が日々暮らしの中で見聞きしているものと、彼らのそれは少し違っているという話をされたことがある。綺麗なものが醜く見え、騒音がオーケストラのように聞こえる。大袈裟に言えばそういうことだが、ネズミが主役の遊園地に行った時の燥ぎっぷりや、辻堂のプールでのあの満面の笑顔を見る限り、どうやら”楽しい”という認識は共通らしい。

彼は “とぶ” という趣味を持っている。とぶと言っても、空を飛べるわけではなく、スカイダイビングが好きなわけでもない。その場で跳ねるのだ。ぴょんぴょんと。歩きながら、買い物中のスーパーの中、もちろん電車の中でも。だから相鉄線に乗る時は、他の乗客に極力迷惑のかからないように、一番後ろの車両の運転席の前と決めている。彼の趣味でいつ寝室のベッドが壊れるか戦々恐々としているのだが、今のところ我が家のベッドは寡黙に耐えている。

ダイニングのテーブルにそうにゃんのパスケースが置かれていた。長男用として購入し、電車に乗る際に彼に使わせているもので、普段はカゴに入れて棚にしまっている。誰が置いたのかその時は分からなかったが、別の日にカゴからそのパスケースを出して、あの時と同じ場所にそっと置いている長男の姿を見た時は思わず笑ってしまった。喋れない息子の必死のアピールだった。そんな子供の姿を見て電車に乗せてあげたいと思わない親がいるだろうか。テーブルの上のそうにゃんは、まるでお地蔵さんの前に置かれたお供え物のおはぎのような優しい色をしていた。

たまに夢をみる。彼と普通に会話をしている夢を。「喋れるようになったんだ、ああ。」と呟き、夢でないことを夢の中で確認する。幸せな気持ちで目覚め、そしてやはり夢だったと気付く。次の瞬間、言いようもない感情が脳を支配する。雲を掴むような漠然とした将来への不安。濃い霧のかかった、先の見えない未来への恐怖。

ある日曜の夕暮れ。休日出勤を終えて、横浜からいずみ中央へ帰る各駅停車の優しい揺れの中で静かに目を閉じる。あの子は私と妻が死んだらどうなるのだろうか。そう遠くないであろう、そのグレーな色に塗られた未来を想う。軽い絶望と気だるさの中、ひどく重くなった瞼をゆっくりと持ち上げる。あの景色だ。遠くに連なる雄大な山々、濃い橙色に染まった空。そして、雲の切れ間から落ちてくる光の帯。その奇跡のような光景に心が震えた。知らない間に一筋の涙が頬を伝う。何故泣いているのかも分からず、ただただ金色に輝く未来を願う。強く、そして切実に。

彼の目にはこの世界は何色に見えているのだろうか。

土曜日の相鉄線。横浜行きの最後尾。長男と二人、電車の中で静かに揺られている。これから先、あと何回、こうして一緒に電車に乗れるだろう。黒く染まりかけた心の襞を握りつぶすように、彼の手を強く握り締める。ふと、夏の終わりに次男から出されたあの宿題を思い出す。あの時は答えることの出来なかったその答えを心のノートに書き込む。

“それは他の人に教えてもらうものではなく、自分で見つけるものだよ”

ネイビーブルーに彩られた車両は、少しずつスピードを上げ、ゆっくりと、そして確実に前へ、未来へ進んで行く。

著者

山田太郎