「若草色と花柄」キシジマヒロジ

 平成二十六年晩秋(晴)神奈川県大和市
 相鉄本線の大和駅と相模大塚駅のやや相模大塚寄りの厚木街道沿い。
 キシジマは、道路脇に相鉄電車を撮影できそうな場所を見つけると、テラダが運転する軽自動車を停めてもらった。
 大和方面からトンネルをくぐり、直進してくる相鉄電車の編成をほぼ正面から撮れそうな一角だった。
 キシジマは、テラダの車から降りて、線路沿いのフェンスに向かって歩き出した。
「ここで撮るわ」
「それなら、ちょっくら、車を停めてくらぁ」と、テラダは駐車スペースを探しに車を発車させた。
 キシジマが選んだ撮影ポイントは、枯れ残った薄に囲まれた交通安全祈願のお地蔵さまがある空き地で、キシジマはお地蔵さまに手を合わせてから立ち位置を決めてカメラを構えはじめた。
 キシジマは、所謂「撮り鉄」である。
 テラダは、鉄道マニアではないが、ちょくちょくキシジマの「撮り鉄」に同行する。
 世間では、鉄道マニアは「暗い」とか「オタク」とか言われているが、キシジマは、一人で「撮り鉄」をする時間は現代社会に生きる大人にはとても大切な時間だと考えている。
 陽にあたり、風に撫でられ、夕日に目を細め、朝露にジーパンの裾を濡らしながら、お目当ての鉄道車両を待ち続ける「シン」とした時間に、いろいろな思いを巡らすことも、家にいる家族のありがたさを思い起こすことも、何も考えないで時が流れていくことも愛おしい時間だと思うし、踏切の警報機の音も、横を通るクルマの排ガス臭の混じった空気も、駅構内の雑踏の音も、タクシーが跳ね上げる水たまりの雨水も、一人で過ごす時間の演出に思えてくる。
 ところが、最近は、休前日の午後になると、ケータイにテラダからのメールが届くのである。
 「あーヒマだ。明日は何処に撮りに行くの」などと聞かれ、撮影場所を返信する。
 すると、当日、そこにテラダが軽自動車で現れたりするのである。  
 テラダは鉄道マニアではないので、キシジマが撮影している時間は退屈なはずなのだろうが、黙って付近を歩き回ったり、キセルタバコをふかしていたりするのである。
 撮影中はあまり話しかけて来たりしないので、キシジマも気にせずに撮影に没頭できるので、キシジマも、テラダの出現や同行はいやではない。
 自分の時間を確保できる距離感が良い。
 それどころか、テラダの軽自動車があると、電車ではなかなか行けないような思わぬ撮影スポットに行くつくことができるので、ありがたいとさえ思っている。
 キシジマが撮影を開始してから、数分たった頃、テラダが言った。
「しかし、まぁ、お仲間が結構いるねぇ」
「はぁ?」キシジマが、線路から目を離して、改めて周りを見回すと、確かに半径百メートルも離れていないところに、七、八名の望遠レンズ付カメラを持った人たちがいる。
 彼らのファッションも、やはりジーパンにチェックのシャツに防寒のダウンジャケットであることから、同好の士であることは察しがついたが、どうも、キシジマとは向けているカメラの向きが違っている。
 彼らの狙いは米軍の軍用機のようだ。 
 キシジマたちは、相模大塚方面から来たので気付かなかったが、この辺りは米軍厚木飛行場の滑走路の北端である。航空ファンには有名な撮影地なのであった。
 季節は、もう冬の様相であるが、まさに小春日和である今日のような日は、撮影適合日で、各種「撮り〇」は活発に動き出すのだ。 
 鉄道でも航空機でも、マニアは何時間でも被写体を待っているのが苦にならないどころか、至福の時間であるのだ。
 キシジマも、フィルムカメラの時代に、冬の秋田で、足跡がない早朝の雪原の中にうずくまり、一日に一本しか来ない青森行き寝台列車を三時間以上も待っていたことがある。
 一ショットだけのために待っているワクワクする時間の価値は、普通の日常の時間よりも絶対に価値が高いのである。
 ところで、キシジマとテラダは、横浜にあるK大学経済学部で学んだ時からの付き合いである。
 キシジマは福島県出身、現在は物流会社の横浜営業所長。
 テラダは群馬県出身、現在は流通会社の神奈川物流センター長。
 仕事的には似た者同士である。
 実は、二人とも「不惑」を通り越し「知命」の年齢を迎えているが、まだ、こんな遊び方をしている。
「来た」(シャッター音)
 相鉄一一〇〇〇系の洗練された顔の編成が目の前を通過していった。
「しかしさ、最近の首都圏の電車って、みんな銀色ボディーになっちゃって個性がないよな」とテラダ。
「確かに」
「ずっと似たよう車輛ばっかり撮ってて飽きないの」とテラダ。
「よく見ると微妙に違っているのが来るんだよ」
「そうかい」
「それより、そっちこそ撮影もしないで毎週撮り鉄に付き合っているけど何が楽しいの」(シャッター音)
「単身赴任だからヒマだしな。一人でゴロゴロしているよりよっぽどましってもんだいね」
テラダは、時々群馬弁が出る。
「車、出してくれて、いつも悪いね」
「そんなことより、昔、相鉄にキリギリスみたいな色の電車があったよな」
「あった、あった。若草色って言ってくれよ。
オレ的には、マァマァ気に入っていたんだから。六〇〇〇系っていうのが多かったらしいよ。ああいうのはもう一回見たいもんだな」
「あるよ」とテラダ。
「ねえよ」とキシジマの怪訝な顔。
「いや、相鉄のかしわ台車庫においてあるんだよ」テラダがドヤ顔で言う。
「マジかよ」(輝)
「マジ。道から撮れるぜ。ピョン吉号で見に行くか?」
「行く、行く」と早速、カメラをしまい始めるキシジマ。
 ピョン吉号とは、テラダの愛車で、スズキアルトの四輪駆動車である。色は最近の首相鉄の電車にありがちなあルバー。車の正面の面構えがカエルに似ているとのことで、通称「ピョン吉」とテラダが名付けたのである。  
 テラダは「ピョン吉」と呼び捨てにしているが、キシジマは「ピョン吉君」と敬称を付けて呼んでいる。それは、ピョン吉がテラダの所有であり、いつも乗せていただいていることへの感謝の気持ちに起因するものである。
 余談になるが、「ピョン吉」の運転席のシートは特別製である。オリジナルのシートは、とうの昔にテラダの百十キロの体重に耐えられずに壊れてしまったのだ。
 さて、陽だまりの撮影場所を離れて「ピョン吉」に乗り込むと、厚木街道を西進。ちょっと走ると「ピョン吉」は相鉄かしわ台駅前で相鉄本線をピョンと飛び越え、車輛センターの前を通過した。
 そして、はてさて、それはあった。
 現役のステンレスボディーが並ぶ車両基地の一番西端に「若草色」はあった。
「すげぇ、すげぇ」
「なぁ、あるだろ」
「すげぇ、すげぇ」
 キシジマの目は保存車両に張り付き、瞳は「若草色」に染まっている。
 そして、カメラをバッグから取り出すと、太陽の方向を確かめ、「光の方向が悪い」などと言いながら、撮影場所を探して歩き回りはじめた。
「うーん。懐かしいな」
「懐かしいな」
(シャッター音)
 キシジマは大満足である。既に、かしわ台車庫に連れて来てくれたテラダの存在を忘れたかのように撮影に没頭している。
「そう言えばさ」
「ん?」
(シャッター音)
「そう言えば、昔、相鉄で花柄の青っぽいド派手な電車が走ってたよなぁ」
「花柄なんてないよ」とマニアのキシジマ。
「あったさ」
「ねえよ」
 学生の頃、テラダは同じK大学に通う弟のタカシと一緒に瀬谷のアパートに住み、相鉄線で通学していたのだった。相鉄のことに関しては鉄道マニアのキシジマより詳しいかもしれない。
「あった・・・それってほほえみ号っていうんだよ」やっと思い出したキシジマが言う。
「そうそう、ほほえみ号」
「派手だったなぁ、ほほえみ号」
「乗車するのをためらうくらい派手だったなぁ」
「だけど、ほほえみ号が来ると、当たりとか言って喜んでいたっけな」
「根拠なーし」
「何にでも根拠を求めるのは、最近のオマエによくある悪いパターンだな」
「しょうがないでしょ。きちんと事実データを集めて、傾向を分析して、仮説を立て、説明しないと提案承認が取れないんだから」
「やだねー仕事人間」
「現代社会がこうしたんだよ」
「でもよ、今日はいいもの見せてもらったぜ」
 満足げなキシジマ。
「どれ、帰って、一杯やるか」
 撮りつくしたキシジマの頭の中は、本日もお決まりである撮影後のテラダとの居酒屋談議に切り替わっている。
 きっと、相鉄の昔話がツマミになるのだろう。
 
 平成二十九年夏                 
 この春、テラダは「ピョン吉」を連れて北陸支店に転勤になっていたので、キシジマは、一人でかしわ台車輛センターに来た。
 ピョン吉号で来たときは気付かなかったが、電車でゆっくりと来てみると、新たな発見があった。
 休日ではあったが、車輛センター入口近くに保存中の神中三号蒸気機関車と24号客車を見ることができたのだ。
 誰もいない24号客車の座席に座る贅沢な時間である。
(シャッター音)
 陽の具合もちょうどよく、客車内の木目と打席の群青が、一瞬キシジマを包み込んだ。
(シャッター音)
 「では、行きますか」と独り言を言いながら腰を上げ、客車と機関車を撫でまわし、守衛所の係員にお礼を言って、例の車両基地西端に向かう。
 公園がある一つ目の角を曲がると、ありました、ありました。
 三年前と変わらぬ景色がそこにはあった、と思ってカメラのモニタ越しに六〇〇〇系保存車両を狙うキシジマだったが、ふとカメラから目を離して被写体を見直した。
 すると、そこにあるのは、確かに六〇〇〇系だが「若草色」ではなくて「若草色」よりも、もっともっと以前に相鉄のレールを走っていた「青緑ツートン」塗色の車両だった。
 三か月前の見間違えだったのだろうか、はたまた、車輛センターが車両を入れ替えたのかはわからないが、お目当ての「若草色」は首を伸ばしても見えない。
「うーん」うなるキシジマ。
「まあ、いいか」
(シャッター音)
 見ているうちに「青緑ツートン」にも惚れてしまったのだろう。
 キシジマは、テラダも知らないだろう「青緑ツートン」車両を撮り続けている。                   
「来週、永年勤続休暇で富山にテラダを訪ねたら、青緑ツートンのことを教えてやろう」などと考えながら。
                   完

著者

キシジマヒロジ