「菖蒲の手紙」ハナトウ サヤ

緑園都市の人へ
 はじめまして。
 私はあなたの名前が分からないので、「緑園都市の人」と呼ばせてもらいます。
さて、あなたは私が幼い頃から、よく駅の近くで弾き語りをなさっていますが、あれは何ですか?
 「横浜駅を出て、最初はJRの並走」
 などという歌詞もさることながら、私はあなたの行動に意味を見出せません。
 路上でライブをなさる方の多くは、メジャーでのデビューを目的にしていると思います。
 が、失礼ながらあなたにはその気がないように思うのです。
 何なんですか?
 やめたくならないんですか?
近所の人には「またやってるよ。」と白い目で見られ、学生などに冷やかされながら歌う貴方をみるたびそう思います。
ほんと、何なんですか?
貴方を見ていると私は・・・

 その続きは黒ずんでいて、何回も書いては消した事が見て取れた。
 「なんで、ねぇ・・・」
 僕は封筒を持ち上げて、差出人のない手紙を蛍光灯にかざした。
これは今日の演奏中にギターケースに放り込まれたものだった。
勢いに任せて書いたのか、字がなんだか急いている。
 僕は手紙を机に置き、優しく手紙を撫でてからそれに返事を書いた。

手紙の君へ
 お手紙ありがとう。
 君の手紙を読んですぐ、僕はこの返事を書いています。
 僕が駅前で歌い始めたのは十年前です。
 君はまだランドセルを背負っていたね。よく覚えています。
 何がしたいのか
 そんな君からの質問に答えるなら、「初心を忘れないため。」これが一番適切かな。
 最初の頃は君の言う通り、メジャーデビューをしたかった。
でも、途中で自分に向いてる事、本当に自分がやりたいのは何なのかに気がついて少し、道を変えました。
 そしてそれを叶え、今も音楽に関わる仕事をしてる。
 でも、あの頃の気持ちを忘れないために、自分のために歌っています。
自分が本当にやりたいことに気づかせてくれたのが、はじめてのファンレターだったんだ。だから、それをくれた人に恩返しをしたいっていうのもあるかな。
 ああやって歌っていれば、また手紙をくれるんじゃないかって。
 これで質問には答えられたかな?
 もし、この答えが気に食わなかったらまた手紙を書いて欲しい。
 ・・・気に食わなくても書いてくれたら嬉しいな。

 僕はゆっくりと丁寧に、一文字一文字を書いていった。
 次の日、学校帰りの手紙の君に返事を渡すと、すごく驚いた顔をされた。
そして、小さな声で「ありがとうございます。」と。目線は合わせてもらえなかったけれど、そう言ってもらえた。
 その日の演奏はとても気分がよく、いつもだったら絶対に弾かない、仕事で作った曲を弾いてしまった。

緑園都市の方へ
 返事、ありがとうございました。
あなたのギターケースに入れてからとても後悔していたので、まさか返事をいただけるなんて思ってもみず、本当に驚きました。
私事ですが、あの手紙はとてもイライラしている時に、衝動に任せて書いてしまったのです。
というのもその日、高校の進路指導で私の夢は現実的ではないと、もっとちゃんと考えろと言われたのです。
 私にとってその夢は昔から憧れて、本当になりたいと思っているものなのです。
 それを簡単にあきらめろだの、現実的じゃないだの言われて・・・腹が立ちました。
 そしてその怒りをあなたにぶつけてしまった。
 私よりあなたの方が現実を見ていないと思ってしまったから。
 本当にすません。
 けれど、そんな私の手紙にきちんと返事をしていただき嬉しかったです。
 本当にありがとうございました。

 P.S.
 手紙をくださった日、珍しく、オリジナルソング以外の曲を弾いてましたね。
あの曲、聞くたびにあなたに似合うと思っていましたが、いざあなたの声で聞くと本当にピッタリで驚きました。

 そんな返事がギターケースに、優しく投げ込まれたのは、僕が返事を書いた翌々日だった。
 前回はただ真っ白だった封筒が、淡い緑のものに変わり、小鳥などもあしらわれていた。
 今回もすぐに返事を書きたかったのだが、最後の追伸がどうにも気恥ずかしくて、ほんの少し嬉しくて、なかなか筆を執る事が出来なかった。

手紙の君へ
 お返事ありがとう。
 僕は気にしていないから、君も気にしないで。
 君は大切な夢を軽んじられたのが許せなかったんだね。
 分かるよ。僕もそうだったから。
 君と同じくらいの時、同じことを言われた。僕も腹が立ったよ。
 「大人たちは、働いて稼ぐことに重きを置きすぎてる。」
 そう思った。
 僕は別に良かったんだ。普通のサラリーマンになっても。
いつか夢を叶えられるなら、ね。どんなに時間が経っても、生きている間に叶えたいってそう思ってたから・・・君もそうだろ?
 僕にとってその気持ちの大きな後ろ盾は、前にも書いた初めてのファンレターだった。
僕にとって最初のファンレターはこれ以上ないくらい最大のおまもりで、これ以上ない枷だった。
 応援してくれている人がいる
 その事が僕から逃げ道を奪った。諦めるっていう逃げ道を。
 けれどそれは、ずっと僕に前を向かせてくれた。
 だからね、僕が君のそれになろうと思うんだ。
君の愚痴はいくらでも聞くし、弱音も全部吐いてくれて構わない。暴言だって受け付けよう。
 ただ、君から夢を諦めるっていう逃げ道を、僕は奪うよ。
 君が夢を持っていることをもう知ってしまったから。
 この先、ずっと応援してる。
 君がその夢を叶えるまで。
 どんなに嫌になっても逃がしてやらない。
 こんなやつに愚痴ったの後悔するかな?
 余計な事言っちゃったって。
 もし、そう思ったなら・・・・・
 うん。やっぱり謝らない。
 こんな奴に軽々しくそんな話をした君が悪い。そういう事で。
 いつか、夢の内容教えてくれたら嬉しいな。

 P.S.
 あの曲、似合ってるって思ってくれてありがとう。

 悩みに悩んで、結局一晩かかったこの手紙に、彼女はどんな返事を書くだろう?
 僕は少しわくわくした気持ちで朝の緑園都市に向かった。
とにかく早く渡したかったのだ。徹夜している間に生えたヒゲも、薄いからと剃っていない。
 駅に吸い込まれる、学生・サラリーマン。駅から出てくる、清楚な雰囲気を持った女子学生たちをぼんやり見ていると、手紙の君がやってきた。
 彼女は早々に僕に気がつき、とても驚いた顔をした。
僕はそんな彼女に近づき、そっと手紙を手渡した。
 「わざわざありがとうございます。」
 そう言ってはくれたけど、やっぱり目線は合わせてくれなかった。

緑園都市の方へ
 ありがとうございます。
 正直、手紙を読んだ時は「マジか。」と思いました。
 少しだけ、「余計なこと言っちゃった。」とも。
 けれど、あなたがそうやって私の逃げ道を奪ったおかげで、吹っ切れる事ができました。
 確かに、私は夢を諦められません。
 いくつになっても追いかけるでしょう。
 だから、覚悟を決めます。自分にできる全力で頑張るって。
 この先、あなたにはこうやって手紙で色々な事を言うし、相談すると思います。
 あなたが望んだんですからね?
 では、さっそく―――――――

 そうやって約一年、彼女が高校を卒業するまでの間、僕たちは手紙でのやり取りを続けた。
 彼女は自分の夢に向かってどうがんばっているか、どう失敗したかなどを教えてくれた。夢の具体的な内容は最後まで教えてくれなかったけど、そこから何となく推察はできた。
 手紙には夢のこと以外にも、学校であった楽しい事、悲しい事、ムカついた事。相鉄沿線の美味しいパン屋さんや、ローゼンの狙い目商品などもあった。
 僕はそれらの内容にできるだけ誠実に、時には厳しく、時にはお茶目に返事を書いた。
 そうして、一年の日々を過ごし、卒業した彼女は夢のためにアメリカへと旅立った。
 僕は、ほんの少し寂しかったけれど、両親と学校への説得の過程を知っているため、うれしい気持ちと、「頑張れ」という気持ちの方がはるかに大きかった。
 旅立ちの前日には相鉄ソング。彼女がはじめの手紙に書いた「横浜駅を出て、最初は~~」とはじまるオリジナルの曲をフルで、横浜から海老名、いずみ野線の湘南台まで全部歌った。
 「その曲あんまり好きじゃないんですけど、」
 と言いながらも彼女は最後まで聞いて行ってくれた。

 そして今日、彼女が旅立ってから七年が経った。
 夢を叶えた彼女は数年ぶりに緑園都市へと帰り、彼女の予想通り、駅の近くで、
 「横浜駅を出て~~」
 と歌っているやつからこんな手紙をもらうだろう。

手紙の君・・・いや。夢を叶えた君へ。
 おめでとう。
 今日の顔合わせでびっくりした顔をしていたね。
 音楽担当の席に、知ってるやつが座っててさ。
 僕も驚いたよ。
 君とああやって会えるなんて。
 本当に知らなかったんだ。君が主演をやるなんて。
 本当に驚いた。
 ま、仕事に関しては置いておこう。
 僕は、君が夢を叶えたらこの手紙、最後の手紙を書くって決めていたんだ。
 それは君への感謝の手紙だ。
 もう18年も前かな。
 君がくれた初めての手紙。
 つたない平仮名ばっかりのあの手紙のおかげで僕は頑張ることができた。
 本当にありがとう。
 高校生になった君が手紙をくれた時、驚いた。そしてとても嬉しかったんだ。
 「はじめまして」
 って書いてあったから、僕に手紙を書いた事なんか忘れてると思ったけど、違ったね。
 2回目の手紙、君はファンレターについて一切触れなかった。
 3回目以降の手紙でも。
 ああやって書いたら普通、気になるだろう?
 「どんな手紙だったんですか?」
 って。それで分かったんだ。ああ、この子覚えてて知らんぷりしてるって。
 ありがとう。覚えていてくれて。
 本当に、本当に大切な手紙だったんだ。
 僕は君に少しはその恩を返すことができたかな?
 ごめんね。無理に背中を押して。
 でも、僕が幼い君にしてもらった事を、どうしても返したかったんだ。
 本当はもっと伝えたいことがあったのに、駄目だね、どう書けばいいか分からないや。
 最後の手紙はかっこよく閉めようと思ってたのにな。
 うーん。いくら考えても出てこないや。
 だから最後にもう一度、ありったけの思いを込めて書くね。

 手紙を書いてくれて本当にありがとう。とっても嬉しかった!

 P.S.
 弾き語りは7年ぶりだったんだ。
 君が旅立ってからはやってなかったからね。
弾き語りも今日で最後だからって君の好きな曲を集めたつもりだったんだけど喜んでもらえたかな?

著者

ハナトウ サヤ