「西谷」さかさ こころ

 どの街が好きかと聞かれたら、真っ先に西谷と答えるだろう。

 今日から新生活がはじまる、都会に憧れて憧れて西谷という街に越してきた。
とはいうものの、駅からはかなりの勾配だ。
「はぁ、はぁ…坂やばいね。」
「丁度いいじゃない、ダイエットにもなるし、横浜駅もすぐだしいいこと尽くしじゃない。マリもついに都会人だね。」
「…はぁ、母さんの方がよっぽど体力あるね」

「「ついたー!」」

実家の自室よりは少し広いバストイレ別・コンロは二口もある1DK、これが私の城だ。

「今日も見えるかな?」
「あー!ほら、ちょうど今通ったよ!これから毎日新幹線見られるね(笑)」
「鉄子じゃないわ(笑)」

 私の西谷でのお気に入りスポットは3つある。
おしゃれなカフェ、八百屋、公民館だ。

 それはじとじとと長雨の日だった。入社日までは手続きを終えてしまうとこれといってすることのなかった私には外に出ることすら億劫な天気だった。だが、昨日ネットで西谷にもカフェがあることを知った。しかも片手間のカフェではなくわざわざ西谷で降りてでも来てほしいというふれこみのカフェなのだ。
 天気とにらめっこし降り止まない雨に降参しついにカフェに行くことにした。が、なんと入り口に満席の札が。念のため扉を開けてみたが会話を楽しむ人で満席だった。待てば入れるのかと思いきやこの後も予約でいっぱいのようでなんとも肩透かしを食らった気分だった。
 仕方がないのでぶらぶらしていると公民館を発見した。てっきり体育館かと思っていたがとても綺麗で図書館と併設型の施設であった。
地元にいた頃は本など課題図書しか読んだことなかったが、ミーハーな私でも手に取りやすい話題の本があるある、しかも競争相手が少なそうなので(笑)さっそく借りることにしてみた。ここから私の読書好きは加速し始めたのであった。
 そして、数冊の本を抱えさらにぶらぶらしていると、八百屋を発見した。地元では八百屋などとうに廃れていたのでかなりの驚きだった。それだけでなく大きくて新鮮!!しかも安い!!!ひと目で気に入った私は大人買いならぬ一週間分の野菜を買い込んだ。
この日、私の西谷でのルーティンが確立したといっても過言ではない。

 こんどこそは、と後日に例のカフェに予約をしランチに訪問した。
「こんにちは~」
「こんにちは」
笑顔の素敵な女性とマスターと思しき人が出迎えてくれた。
ガレットだけで数種類ありかなり迷ったが卵とハムとチーズのガレット、ラテアート付きのキャラメルラテにした。
わくわくして待っているとさっそくガレットが運ばれてきた。
“わー”
想像以上に可愛くてボリュームもある!!
“さくっ”
いい音がする。
“ん~”
ハムと卵が合う~、そんでもってとっても美味しい!!!
美味しいと早食いしてしまう癖があり、あっという間に平らげてしまった。
そうこうしていると、今度はデザートとお待ちかねのラテが来た!
「わぁ‥」
思わず声に出してしまった。
「お客様をイメージして、○○○(某キャラクター)にしてみました」
「可愛い~」
「ここのお店は初めてですか?」
「はい、つい最近越してきたばかりなんです」
「そうなんですね、ゆっくりしていってください」
入り口で出迎えてくれた先程の店員さんは話し方といい雰囲気といい本当に和む、癒し系だな~。
飲んでしまうのが勿体無いくらい予想以上に完成度の高いラテアートなので、思わず写真を撮りまくっていた(笑)
 さっそくラテの写真をSNSに”家の近くのカフェ、ラテアート”とアップしたところ、次々にいいね、”さすが都会、いいな~”、”かわい~”とコメントがあった。
コメントに返信し、何をするわけでもなくぼーっとすごした。お店の雰囲気が無性に好きなんだな~。
 数冊を1週間で読破してしまった私は次に公民館に向かった。読書を記録でき、かつランキングがあるサイトを見つけたので今日はある程度借りたい本の目星をつけておいたのだ。
今日は休日なので子供連れで賑わっていた。
あるある、話題の本が何冊もある。最近読んだ作家の他の作品も気になるな~、そんなこんなでまた5冊も借りてしまった(笑)
 そして、最後は大好きな八百屋。今日もおっちゃんが店番だ。
「いらっしゃ~い」
“わ~、今日も色んな野菜がある~!!!”
“うーん…今日も色々買いたいんだけど、前回失敗しちゃったんだよな~”
「これもささっと煮るだけで美味しいよ~」
「…実は、料理初心者でささっと茹でようと思ってお湯に入れたら失敗しちゃったんです」
「あれだ、あれ、土から下の野菜は水から土から上の野菜はお湯で煮るとうまくいくんだよ、今度試してみな」
「へ~、そうだったんだ!知らなかった~」
目から鱗だった。早速帰宅し教えてもらったことを実践してみたところ、今までの悩みはなんのその、うまくいったではないか(笑)
そのおかげで一週間の常備菜がうまくできてお弁当には困らなかった。

 そうそう、社会人生活といえば同期が自分含め3人しかいなかったのだが”3人あわせて~”の某アイドルをギャグにとても気が合う仲間に恵まれた。仕事は覚えることばかりで大変だが、常備菜のおかげで栄養もとれていることも幸いし今のところ体調も万全である。ただ一つ気がかりなのが彼氏だ。いるにはいるのだが最近は連絡が前にもまして途切れがちなのだ。その不安や寂しさを紛らわすためか前にも増して読書にどっぷりとはまるようになっていた。

 仕事に追われ気がつけば冬になっていた。相変わらず西谷ルーティンはやめられない。この頃にはカフェのガレットもひととおり制覇しかなりの読書量になっていた。
そして見たことない野菜が増えてきたような。
 「いらっしゃ~い」
“なにこれ…森?ドリルの集合体?…緑でちょっと気持ち悪いような、けどめちゃくちゃ気になる(笑)”
「これなんですか?カリフラワー???」
「だははっ、そんな恐ろしいものみるような顔しなくてもカリフラワーの仲間だよ!」
「美味しいですか?」
「茹でてサラダにしてもいいし、パスタにもすごく合うよ!」
早速帰宅し茹でてみたところ、見た目とは裏腹に美味しい!今度はパスタにも入れてみようかな!
 彼氏にも食べてほしかったのに、なかなか連絡が取れなくてクリスマスイブを迎えてしまった。なんと、イブ当日に連絡がきて家に来るという。バカ、ひとり寂しく夕飯も食べちゃったよ。
 「元気~?寒いね~夜遅くなっちゃってごめん、あのね‥」
“なんか、すごく嫌な予感”
「うん…」
「結婚か別れるか考えたんだけど、別れよう。忙しすぎてマリのこと考えられる時間がもてないんだ。マリにはもっといい人がいるよ。」
「…」
“開口一番に何それ、しかも数年遠距離してやっと今年近くになったのに、連絡もそこそこにSNSにはリア充だったじゃん、私も一緒に行きたいっていったところ沢山行ってるよね、私って、なんだったの”
「確かに、今年は結婚ラッシュで結婚式行くたびに帰省だから写真も送ってたけど結婚してなんてせまってないよね」
「全部俺が悪い、ごめんな」
「何それ」
「だから、今日は最後に一緒にいよう」
「何それ、帰って」
“バカ、バカ、バカ、カフェだって一緒に行きたかったし食べてほしいものも沢山あったのに”
「今日は一緒にいよう」
「っ…」
 その晩はこれまでの空白を埋めるかのようにたくさんの事を話した。まるで付き合いたての頃のようにたくさんたくさん話した。隣で誰かさんはすやすや眠っているけど私はというと一睡もできなかった。
翌朝彼は出ていった。
「今までありがとう、元気でな。」
「うん…」
それが精一杯だった。
たくさんたくさん泣いた。これでもかというくらい。

 幸か不幸か仕事は相変わらず忙しく、気がつけば年の瀬が近づいてきた。
今年は結婚式で帰省しすぎたので年末年始は西谷で過ごすと決めていたのだ。
“おせち、どうしようかな~”
食材調達に年内最後の八百屋に行くことにした。
「いらっしゃ~い」
“むむ、また変わった野菜がある”
“人参なんだろうけど、気持ち悪いくらい真っ赤”
“なんかめっちゃ紫のじゃがいももあるんだけど”
「気になるかい?」
「この赤いやつ人参ですか?あと、紫のじゃがいも美味しいですか?」
「また難しい顔してんな~、赤いのは金時人参って、いっておせちとかに入れる人参なんだよ。だけど、普通に煮物とかに使ってみて、甘くて美味しいから。あと紫のじゃがいもはマヨネーズと合うからポテサラとかいいよ」
「おいしそ~」
「にしても、なんか元気ないな~無理したらだめだよ~」
「へへへ、バレちゃったか。実は彼氏にふられたんですよ~」
「こんなべっぴんさん勿体無いことするやつがいるんだな、俺があと40年くらい若ければな~(笑)」
「ははは(笑)、おっちゃんありがと~なんか元気でた。」
結局おせちはつくらなかったけど、金時人参は蒸し野菜に、じゃがいもはポテサラにしてみた。金時人参はびっくりするほど甘くてポテサラは味はじゃがいもなんだけども見た目のインパクトがかなりあった。
“来年はいい年になりますように”

 年明けから昨年に増して仕事が更に忙しくなり、気がついたら春になっていた。西谷での2年目の春。
相変わらず西谷ルーティンはしていた、そんな矢先素敵な出会いがあった。
その人は西谷のカフェも気に入ってくれて、私の手料理も美味しい、美味しいと食べてくれるそんな人だ。
一緒に西谷ルーティンをしたり、みなとみらいや関東の観光スポットも一緒にたくさんたくさん巡った。とても充実した日々を送っていた。
 その冬、彼にプロポーズされ婚約することとなった。涙がとまらなかった。
去年は悲しみの涙だったけど今年は嬉し涙。去年があったから今年があるんだなぁ。

 年末に彼の両親には挨拶を済ませていたので、年があけたらすぐに私の両親に挨拶に向かった。道中、西谷を通過した。もう何度も新幹線に乗っているのですぐにわかる。無事に了承も得られたので3月からは新居に越す事となった。

 そして新年初のカフェに行った。
「ふふっ、今年もよろしくお願いします」
“今年もか~、あと何回行けるのかな”
「…、よろしくお願いします」
やっぱりガレットは美味しいしラテアートもかわいい。惜しむようにゆっくりとゆっくりと過ごした。

 3度目の西谷での春がきた。
春の訪れとともに私は越す。
初めての一人暮らし、カフェや公民館や八百屋といった大好きな場所、そして失恋、結婚‥
たくさんの思い出が詰まった町、西谷。
ありがとう、西谷。
西谷でなければ、こんなにも好きになれなかったであろう。

 どの街が好きかと聞かれたら、真っ先に西谷と答えるだろう。

著者

さかさ こころ