「記憶の相鉄線」nami

人は見かけが8割だか100%だかって言葉。人だけじゃなくこの世に存在する全てのものに、もちろん電車にも当てはまると思っていた。華やかな人の方が素敵に決まっている。ハンサムな俳優の方がいいに決まっている。だから、有名な電車の方がカッコいいに決まっている。そんなんだから近くにある大切なものを貶して、本当は言いたい「大好き」が逆になる。いつもそう。遠くにいるようになってから存在がとても気になって「ああそうか、物凄く大切だったんだ」って気づく。それはまるで成長を見守ってくれる親であるような、涙を堪えられないような失恋の次の日を共に過ごす親友でもあるような。離れてしまった今さら、伝えようと試みる天邪鬼な気持ち。

「横浜市に相鉄線という電車があるらしいのですが。」
テレビから聞こえてくる聞き慣れた路線名。全国区の番組内のお洒落な街横浜特集で紹介されながら、一気に漂う田舎感。聞き慣れない路線に対し無意識に‘らしい’を付け加えたのであろう司会者。一体横浜のどの辺を走っているのか皆目見当も付いていないようなタレント達。
「免許の更新をする所が二俣川。その辺りを走る電車。」
いつからか一番人に伝わりやすいと気づき多用するようになった台詞。横浜に乗り入れる路線の中でも派手さはなく、言い換えれば特別に地味で、メジャー級とは程遠い。だから好きだったの。

「F高校ですよね?」
二俣川駅で停まった電車の発車を待っている時。隣に座ったおばさん、とは言っても自分の母よりは少し若そうな、しかしそう呼んでも差し支えはなさそうな女性。相鉄近辺にいくつかあるうちの一つであるセーラー服の高校の生徒だった頃。各停電車しか停まらない天王町から自宅のある緑園都市までの帰り道。横浜から来る急行電車との待ち合わせのための二俣川での数分。一日の中で授業中のそれよりも長く感じる時間。当時すっかり女子高生の必須アイテムとなり、親にねだって買ってもらったばかりのケータイを眺めながら過ごしている時。ケータイ電源オフエリアではないものの、電車内でケータイを弄ることがスリリングな事のように感じていた頃。一気に全身に走る緊張感。
「私もF高校だったの。近くのあの駄菓子屋さんってまだある?」
砕かれた緊張感。
「あ、はい、まだありますよ。今日も寄ってきました。」
「そっかあ。懐かしいなあ。」
ケータイが誕生する前。このおばさんがその高校に通っていた数十年前。私が生まれる前からある古さ。それが好きだったの。

「ああ、いつもだったらここが西横浜を過ぎた所なんだ」
高校生になって初めての電車通学。各駅停車の天王町にある学校。繁華街横浜までは出ないようにという両親の策略。友人と二俣川のマクドナルドへ寄ることすらドキドキした高校一年生。そのうちに楽しさを覚えた横浜への寄り道。横浜五番街でのプリクラやムービルでの映画。遊ぶことに夢中となり、電車賃の10円ですら貴重な節約源。天王町から横浜までの140円と、もう一つの最寄駅から横浜までJRでの130円。JRに乗って窓から見えた並走する相鉄線。いつもと反対側からの景色。平沼橋停車のために減速する相鉄線。どんどん追い抜きながら迫って来る罪悪感。
「いつも思うんだけど、あの電車さ、なに線なの?」投げ掛けられた友人からの疑問。
「さあ」高校生だった私の答え。恥ずかしかった。それでも好きだったの。

「不便な電車ね。」
快速電車が登場するずっと前、特急電車が登場するずっとずっと前。東京都新宿区から引っ越してきたばかりの小学二年生の頃。二俣川から乗った横浜行きの急行電車の中で放たれた東京都新宿区育ちの母の言葉。親の言うことは無条件に全てが正しいと信じて疑っていなかった時分に印象付けられた、相鉄線の不便さ。緑園都市から横浜までの最短である各停からの二俣川乗り換え。トリッキーな二俣川。各停電車しか停まらないいずみの線に、急行電車が各停電車と化す大和海老名行き。初心者にはレベルの高い、いずみの線と大和海老名行き電車間は、どちらに乗り換えようとしても同じ方へ向かう階段の乗降。加えて、湘南台行き快速電車が走っている時間帯は横浜からの各停電車が大和海老名行きへと化す複雑さ。それが好きだったの。

「相鉄線が動かなかったらどこにも行けないじゃない。」
複数の路線が乗り入れる駅を最寄りとした一人暮らし。どちらかの電車が動かなくなってもどうにかなる便利さ。重要視するようになった都心までのアクセス。際立ったかのように思えた相鉄線の不便さ。しかし記憶にない相鉄線の遅延。相鉄線が動かなかったらどこにも行けないけれども、動かなかったことなどない事実。相鉄線の遅延がないために無遅刻だった高校時代。遊びではなく横浜まで通った予備校。ついに横浜乗り換えを経験するようになった大学受験に専門学校時代。そして相鉄線からの卒業。終点まで乗っても都心には出ないけれど、着けばどうにかなる駅まで確実に運んでくれた相鉄線。地味であることを恥ずかしく思うような、本質に対する未熟過ぎた理解力。今は帰る場所まで運んでくれる相鉄線。大好きで大切な私のふるさと。

著者

nami