「走れ! Cタンク」藤原雅和

 わたしはCタンク。90年前昔(むかし)に生まれたSL、蒸気機関車だ。若い時は、相鉄三号機関車として活躍していた。
 貨物輸送が主な仕事であったが、きれいな客車を引いたこともある。花形機関車だったんだ。
 その後、電車たち後進に道を譲(ゆず)り、かしわ台車両区で相鉄を見守り続けてきた。相鉄創立百周年の今年を迎えるまで。
 百周年記念イベントも終わり、数日がすぎた初冬のある日、車両区の修理検査(修検)のメカニックたちが私の前にやって来た。
 はて、お色直しは、記念イベントの前に済ませているはずだが?
「Cタンクのボイラーは特注だからな。分解は細心の注意をしろ」修検主任の声だ。
 ボイラーを分解? そんなことをされたらわたしは、ただの鉄のかたまりになってしまう。
 聞きなれない声もする。関西の人らしい。
「サイドタンクの溶接は、とてもていねいな仕上げですねえ。ボイラーも」
「ボイラーとタンクを外(はず)し台車だけにして、それから動輪を交換します」
 ボルトがはずされていき、車体が分解されるにつれて、わたしの意識は次第に遠のいていった。
           
「相鉄さんもやりますね。二〇〇〇〇系車両
が山口から到着したと思ったら、関西でボイラーのレストアですか」
「四年後に、このCタンクが相鉄を走りますよ」
「運転士は?」
「高崎車両区で特訓中です。若手を起用します」
「それは思い切りましたな。ふつうJRのベテランを雇い入れますけどね」
「修検の若手たちも北海道で研修を受けさせています」
「とてもワクワクします。ボイラー、きっちりやらせてもらいますよ」
           
 わたしは、何かに突き動かされるように目覚めた。
 どれほどの年月がたったのだろうか。夢をみていた気がする、走る夢を。
 なんと、わたしの体は、展示コーナーではなく、出区線に据えられている。
 一つ離れた線路に、行先表示が「渋谷」になっている二〇〇〇〇系電車がいる。
 体が熱い。レストアされたボイラーが取り付けられ、火が入れられている。忘れていた力がよみがえってくるようだ。
 機関助士が火炉に投炭中だ。不完全燃焼しないよう上手に石炭を入れている。熟練している年配の機関士かと思ったが、まだ二十代半ばの若者である。
 火炉を見る目が精悍(かん)だ。
「大和くん、釜の圧力は?」
 若い女性の声がした。なんと機関士は女性だ。年齢は男性の機関助士と同じくらいか。
 機関士用のナッパ服姿が凛々しい。
「いい釜になってますよ、いずみさん」
 この若い二人が運転するのか。少し心配になった。いずみ?大和? 次は星川君かな。
「いずみさん、台車回りOKですよ」
 外から若い男性の声がした。
「平沼さん、ありがとう」
 平沼? ちょっと違ったか。
「いずみさん、大和くん、いよいよだね」
修検の人だ。わたしを整備してくれたのか。
SLを整備できるとは大したものである。
「AТSの取り付けとテストも良好だよ」
 SLも電車と同じようにAТSを取り付けないといけないらしい。
「試運転も終わり、今日、横浜まで走るからね」
「ぼくは緊張しまくりです」
 小スコップで、石炭を入れながら答える大和くん。
「緊張すると言えば、私が運転士になって初めての営業運転の日に、父親が私の電車に乗ったのよ」
「お父さんが?」
 平沼さんと大和くんが同時に聞きかえす。
「しかも、先頭車両の一番前に」
「あはは、それは別の意味での緊張感ありましたね」
 大和くんは面白そうに笑う。
「やめてよパパという感じだったけどね。今思うと、うれしさ半分、恥(はず)かしさ半分かな」
 そう答えると、いずみさんは、ブレーキ空気弁を開いた。 
「ブレーキ弁、良し!」

 思い出した。 いずみさんは幼い頃(ころ)、鉄道好きのお父さんに連れられて車両区によく来ていた。
 お父さんと、小さないずみさんは手をつないで電車を見ていた。もちろん、わたしのことも。
 わたしはお父さんの気持ち、よくわかる。娘のがんばる姿を見たいんだ、ただ見たいだけなんだ。
「さあ、緊張感を責任感に変えて走るよ」
 平沼さんが二人に声をかけた。
「確認だけど、Cタンクの向きを変える転車台は西横浜だから、横浜に入線したら客車を切り離す。いったんバックで西横浜まで戻って、そこで向きを変える」と平沼さん。
「横浜までバック走で戻り客車と連結する。そしてお客様を乗せて記念運転出発だ」
 わたしは走るのか。なぜ? 記念イベントのためか。
           
 蒸気加減弁を開き、蒸気をシリンダーに送り込む。弁を握る手に、ロッドから動輪に伝わる力を感じる。
「出発進行  」機関助士の大和が合図を出す。いずみは指差し確認をしながら、同じ文言を返す。
「大和くん、始めの一分が勝負だよ」いずみは大和に声をかけた。
 SLは、出発の時大きなパワーを必要とする。動輪が動き出してからの一分の間に多量の蒸気を使ってしまうのだ。
「了解です」大和は、蒸気圧を下げないよう火室に連続で投炭する。
 いずみは蒸気を送りながら、動輪が半回転する毎(ごと)にリーバー(逆転機)で弁をカットオフする。機関士の腕の見せ所だ。リーバーは前進後退だけでなく、自動車でいえばギアの役目もする。
 スピードを上げながらリーバーを調節して蒸気の出力を調整する。
 電車であれば機械が出力調整を行(おこな)ってくれるが、SLは人間がやらなければいけない。
 二人の若い機関士はそれを見事にこなしている。
 相鉄3号機関車「Cタンク」は、滑るようにかしわ台車両区を出区した。これから空(から)の客車を引いて横浜に向かう。
 SLは、機関士と機関助士の二人で運転する。助士が作り出した蒸気の力を利用して機関士が操縦する。前方確認は機関士が左側、機関助士が右側を行う。
 前方を見上げると、かしわ台跨線橋におおぜいの鉄道フアンがいる。朝陽に映える大山山塊をバックに、出区するCタンクを狙ってカメラを構えている。
 右側に目をやると、西口と東口を結ぶ連絡通路がある。通路と言っても、庭園風の休憩スポットもあり相鉄線を走る車両をじっくりと見ることができる。
 ここもすでに、多くの鉄道フアンでいっぱいだ。
「いずみさん、ちょっと、あれ」と大和。
 通路のフエンスに横断幕が張られ、そこには『ガンバレ いずみ』と書かれている。
「私の父だわ」
「お父さん、手を振っていますよ。汽笛返しますか?」
「素通り、素通り。やっぱり恥かしさ百%」
 そのとき最大級の汽笛がロングで響いた。
「本当に鳴らさないでよ」
「ぼく知りませんよ。なぜか勝手に鳴ったんです」
 いずみの父親は大きく両腕を振り回した。
「あーあ、お父さん。あんなに手を振って」
 いずみは短笛を二回鳴らして、父親の前を通過した。
           
 この若い機関士たちの運転は、何十年も前の機関士たちのそれとまったく同じだ。
 投炭や蒸気の送り込みのタイミング、逆転機の操作。昔の機関士たちが、また乗っているようだ。
 動輪の径が少し小さくなっているが、その分、客車を引きやすくなっている。
 機関士や修検の若者たち。ベテランに付いてその技術を受け継いだのだ。きっと厳しい修練だったにちがいない。
 わたしはなぜ走るのか。やっとわかった気がする。
 思い出だけのためではない。わたしが走るのは未来のためなのだ。 
 わたしは走る。
      終わりのない旅のために・・・

著者

藤原雅和