「追分市民の森^向日葵 相鉄さん 有難」左馬深路

 足を踏み入れる度に肌から感じるすっかとした明るさ、よそよそしさを感じさせない車内の
空気に何時もリラックスした気持ちに浸っている。 海老名ー横浜間を走る相模鉄道である。

 これはこの電車を常時利用する人達によるものか、はたまた電車が走り抜ける沿線の車窓が
見せるたたずまいのせいなのか、あるいは鉄道会社の経営理念に由来するものなのか ~
その電車を降りた後で何時も考えてしまう。
   他のどの電車でも感じない貴重とも言える感想である。
 本線から離れた所に住み、一年に数回しか利用しない客ではあるが、その沿線に数多くある
水と緑の自然豊かな公園とともに忘れることのない心のなかの存在である。

 残念ながら今年の夏は、楽しみにしていた ’追分市民の森’ の向日葵を見にいけなかった。
三ツ境駅の北口から徒歩で十数分足らずのところにある,矢指川源流地の谷戸と檜と杉の木立が一体となった豊かな森林とが創り出す田園風景は、一度訪れると忘れることが出来ない映像を心に焼き付ける。

 噂を聞いてこの森に初めて行ったのは、昨年のやはり向日葵の季節であった。 聞かされていたのは、ここは春の菜の花に始まり、レンゲから花菖蒲、そば、マリーゴールドと
向日葵そして秋のコスモスまで四季折々に自然の営みを感じさせるところであるとのこと。
そして私は躊躇なく向日葵のじきをまずえらんだ。
 さて何故私が向日葵にこだわるのか; 芽が出ると天に向かってすくすくと力強く伸びて
いき、頂上で大きな花を天空に向かって咲かす。 この黄金色の向日葵の花が地上と天空の
太陽を結ぶ生命力の経由基地と思われてならないからだ。 幼少の頃から、夏には自宅の
庭でそびえたつ父が育てた向日葵を拝むような気持で見上げたものである。  成長した今でも、この季節は喜びにつけ、苦しみにつけ向日葵とともにあると言えよう。

 さて向日葵にこだわり過ぎてしまったようだが、 前回の訪問において実は、掛け替えのない思い出を与えられた。

 30ヘクタールはあるといわれる深い森林公園のマ
リアンナ口入口を入り、左手に柵の
続く土の道をその感触を楽しみながら雑木林を歩いて行くと、次第に杉や檜の木立に変わっていった。すぐそのあたりで開けた場所があり、テーブルとベンチが備え付けられていた。
子供っぽい麦わら帽子をかぶった女性が一人腰かけていた。 私も一寸休みたくて、
 「失礼! こちらに座ってもかまいません?」 と声をかけた、
こちらを向いた彼女は一寸驚いたようすで、
 「あっ、先輩 !」 と叫んだ。 大学のクラブの後輩であった。相変わらず快活率直で
あった。
 「向日葵を見に来たんでしょう!」 と続けた、
 「図星だよ、恐れ入ったなあ、それにしても元気そう何よりだよ。」
 彼女は卒業後米国に留学中で、二年振りに休暇を使って帰国したという。
 「まだ向日葵見てないんでしょ、私はもう堪能してきたので、先輩まず生命の花をを
  見てきたらどうですか? 私ここで待ってるわ。三ツ境駅北口の伊勢屋さんといったか
  な、そこで団子も買ってきているので、一緒に食べましょうよ。」
卒業後も私の向日葵好きを覚えていてくれた。 私は彼女に対して何か好意以上のもの
をかんじた。
 「そうしよう。」 アドバイスに従い追分広場に降りてゆき谷戸という地形に拡がる
お花畑で一面の向日葵に圧倒された。 2万本という八重向日葵は圧巻である。
”天の太陽そして地上の太陽、そのなかに私がいる。” 身体の中心から熱い生命が迸るような感動にひたる。 野鳥の声で我に返り、人を待たせていることを思い出した。
 戻ると彼女は団子の包み広げた。 私は提げてきた保冷バッグから缶ビールを取り出し
言った。
 「ミスマッチかもしれないが・・・」
 「かもね、でもこの環境では、これもまたよしじゃない?」
 物事をポジティブに受けいえるところは、全く変わっていない。
 在学中に秘かに抱いた好意以上かもしれない感情が疼き始めるかのように感じた。

 改めて胸を拡げ清浄な空気を吸ってからビールを飲み始めた。 この快い状況の中
お互い昔話や卒業後の話など出したり、聞いたりする雰囲気はなく、それがまた気持ちよかった。 二人で言葉少なく鳥の声に耳を傾けていると、この市民の森の豊かな自然の中に
吸い込まれているかのような感覚にとらわれた。

 しばらくして彼女は淡々として言った、
 「明日の午後には出発して米国に帰らなければならないの。」
 「ああそう、せっかくだから食事でもと言いたいが、ご家族との予定もあるだろね。」
 {そなの、そろそろ私かえります。」

 彼女は八ッ塚みちから尾根道経由で森を出る予定にしているとのこと、
 「初めてなので、その方向に行ってみたいけど、見送りがてら一緒していいかな?」
 『もちろん」 彼女は答えた。

 靴底を通してではあるが感じられる優しい感触の尾根道を進み右に曲がるとやがて道は
くだり気味となり杉林の終わりが森の出口であった。 針葉樹林が創り出すフィトンチッド
を満喫しながらの道中であった。

 「じゃあ先輩!」と彼女
 「うん、身体に気をつけて!!」 短く答えて私は思わず右手を差し出した -そっと
 ハグしてあげたい衝動をおさえて -
彼女は自然に握手に答えた。

彼女が去っていく後ろ姿を見送っていた。 一回だけ彼女は振り返り、こちらに向かって
手を振った。 その瞬間私は新しいフィトンチッドを感じた。
その姿が見えなくなったところで、私はもう一度向日葵を見ようと思い引き返した。
 やや傾きかけた太陽の光の中で,一茎ごとに力ずよく自己主張を続けていた。

向日葵に加えて彼女との再会が忘れることの出来ない鮮烈な記憶となった。
これが先程述べた かけがえのない思い出である。 深く心に刻みこまれている。

今年は残念ながら向日葵のシーズンをミスしてしまった。 また来年がある。それまでは
あの思い出の中に浸っていよう。

追分市民の森ー向日葵ー、そして相模鉄道さん 有難う。

著者

左馬深路