「過ぎた時間の時刻表」新菜ショウコ

 過ぎた時間の時刻表
 
 一生懸命に生きてきたわけでなく、おざなりに生きてきたわけでもないが、毎年必ず誕生日がやってきて、年齢が増えるとともに、自分の後ろに過ぎていった時間が堆くなっていて呆然とする。毎日毎日が『今日』であったのに、それは確実に『昨日』になって、捕らえようもなく流れていく。
しかも過ぎた時間の早さは一定ではなくて、特急のようにすぐに通り過ぎてしまうものもあれば、繰り返し思い出すものもある。こうして突然、中学時代の事を思い出しているのは、だからそんな「過ぎた時間の時刻表」によるのだろう。

 1980年代。駅の改札には駅員さんがいて、券売機はタッチパネルではなく、ボタン式だった。バブル経済と競争の時代。振り返ってみればノスタルジックなその時代は、しかし最中にあっては繰り返される毎日の積み重ねで、中学2年生だったの私の毎日は平凡で、授業中でさえ、考え事でもしないと退屈を紛らわせることはできなかった。

 私の通っていた柏ヶ谷中学校は、相鉄線のかしわ台駅を頂上に望む、坂のふもとにある。当時は駅と学校の間に背の高い建物が全く無かったので、校舎3階の私の教室からは、駅のホーム、そして駅から学校まで続く蛇行した坂道を、ミニチュア模型のように眺めることができた。

 元来勉強というものが好きではなかった私は、授業時間という『暇』をもてあましていた。それでも好きな科目ならまだいいのだが、嫌いな科目で先生も苦手とくれば最悪。朗読される教科書の内容も聞きたくなくて、早々に窓の外に視線を泳がせる。

 ただ見ているだけではすぐに飽きるので、運行から2年経ってもまだ目に慣れない、派手な車体の「ほほえみ号」の運行ルーティンを確認してみたり、ホームの人影を一人特定して観察してみたりした。

 あの赤いコートの人、さっきからホームにずっと立ったままだけど、一向に電車に乗る気配がない。電車を待っているわけではないのなら、人を待っているのか、それとも電車に乗ることを躊躇しているのか…。
コートを纏っている女性は、その後も何度かホームに姿を現したが、ついに電車に乗ることはなかった。
「変なの。駅なのに電車に乗らないなんて」
とにかく、電車を見るか人を見るか、毎日その繰り返しだった。

 その日は好きな漫画本の発売日で、私はいつも以上に時間の流れをゆっくりと感じながら、放課後になるのを待っていた。
5時間目も終わりに近づいた頃、駅から学校まで続く坂道を、猛スピードでドタドタと駆け下りている人影に目がとまった。大学生くらいだろうか? ラフな格好にリュックを背負って、今にも転びそうな勢いで坂を下ってきたと思ったら、今度は逆に上っていく。
「何やってるんだろ? あの人」
その青年はリュックから何かを取り出して確認すると、また坂を上ったり下ったりしている。
「地図? を見てるわけ? 道に迷ってるとか? ダサ…」
終業のチャイムとともに、私は荷物をまとめて一目散に帰路についた。
家までの道のりは、かしわ台駅を通過する上り坂だ。

もう少しで漫画の続きが読める…。前のめりに坂を上っていたので、突然視界に入ってきた人影を避けきれず、勢いに押されて尻もちをついた。
「いったーい」
ぶつかったのは、6限目に教室から眺めていた、あの青年だった。
「うわー、あっと、ごめんなさい。ケガとかしてない? 大丈夫? ちょっと焦っちゃってて、前よく見えてなかった」
「もう、さっきから坂を上ったり下りたり、何やってるんですか!」
「えっ?」
「私の席、あそこの中学の窓際だから、授業中からあなたがドタバタしてたの全部見えてたんですよ。道に迷ってるとかですか? どこに行きたいの?」
「そう、迷っちゃって。訪ねなきゃならない家があるのに、たどり着けなくて。住所はこの辺なんだけど」
「それってもしかするとこの奥の家じゃないんですか? 通りからは見えないけれど、私の席からだと、この奥にもう一軒家があるのが見えるんですけど」
「えっ、あっ、そうかも。そっか、この奥にも道があったのか、気づかなかった」
「私は別にケガとかしてないですし、早く行ったらどうですか? もう随分迷ってるんでしょ?」
「そうなんだよね。もう20分くらいこの道をうろうろしてて…。僕には見つけられなかったから、本当に助かった。僕の家、駅の向こうの教会なんだけど、もしよかったら今度の日曜、うちの教会に来ませんか? あっ、でもキリスト教の勧誘じゃないよ。ささやかなお礼の代わりに、勉強を見てあげるのはどうかな? 僕、家庭教師のアルバイトもしてるから、中学生の勉強なら見てあげられるし」
「そんな、信者でもない人が教会なんて行ってもいいんですか?」
「もちろん。教会っていう所はね、いつでも誰にでも開かれているんだよ。日曜日は毎週
朝から礼拝があって、大人から子供までいろいろな人が集まるんだ。その後、午後の1時くらいまでなら僕もそこにいるから、今週じゃなくても気が向いたら来てみて。無理はしなくていいけど」
「まあ、気が向いたら、行きます。行かないかもだけど」
「うん。それじゃあね!」
その人は手を振ると、道の奥に消えていった。

「ただいま」
買いたての漫画本を手に持って帰宅すると、母がリビングから顔を出した。
「おかえりなさい。また漫画本? あなたちゃんと勉強してるの?」
「何? 帰ってすぐにお説教?」
「だって、クラスのみんなは塾に通って、ア・テストの準備してるんでしょう?」
その頃、神奈川県内の中学生は、2年の段階で県下一斉の学力テスト、アチーブメントテストを受ける決まりになっていて、それが受験の合否を決める一部分となっていた。
「森下さんのところの奈々ちゃんなんて、塾の中でもできる子だけが入れる、特進クラスっていうのに入ってるんですって。すごいわね。あなたも同じ塾に通ってみる?」
「もう、勉強勉強って、何でそんなに勉強しなきゃいけないの? 授業だけでも退屈なのに、これ以上退屈な時間を増やしてどうするの? 放っておいてよ」
「放っておけないから言ってるんでしょう。ちょっと、ちゃんと聞いてるの?」
せっかく月に1度の楽しみな日が、母のせいで台無しになってしまった。部屋に引きこもって漫画を読んでみても、素直に楽しめない。勉強はきらいだ。授業も楽しくない。なのにみんなと比べられて、勉強の圧力に勝った人だけが勝者になる。そんなの納得がいかない。

 ちょっとした思い付きだった。宗教なんてものから縁遠かった私が、教会のドアを開いたのは…。
「あっ、君、坂の下の中学生。来てくれたんだ、こっちこっち」
道に迷っていた青年は、私を見つけると、教会の事務室に招き入れてくれた。
そこにはテーブルがあって、何人かがお茶やお茶菓子を囲みながら話をしていた。
「今、日曜礼拝が終わったところだから。いつもみんなここでお茶を飲んでいくんだよ。君の分も淹れるからそこに座って」
誰もかれも初めて会う人なのに、特に名前を名乗らなくても笑顔で会釈してくれる。
私の分のお茶がテーブルに乗るころには、しかしその人影もまばらになっていた。
「教科書は持ってきてくれた? それで、君は何の教科が苦手なのかな?」
「苦手な教科はほぼ全部だけど、私が知りたいのは勉強の内容じゃなくて、どうして勉強をしなきゃいけないかってことです」
「うーん、それは確かに難題だよね。まあでも、こういうことも言えるかもしれないよ。どこから話そうかな、そうだな…。僕は教会のうちの子なので、当然のようにキリスト教の信者なんだけれど、キリスト教の信者って世の中にどれくらいいるか知ってる?」
「そんなの知らないし、考えたこともない」
「そうだよね。世界で一番売れた本っていうのは、漫画でも辞書でもない、聖書なんだよ。それくらい多くの人がキリスト教を今も信じている」
「何で?」
「それは色々な理由があると思うけれど、キリスト教とか、イスラム教とか、世の中で信仰者の多い宗教っていうのは、一神教が多いんだ」
「いっしんきょう?」
「日本の人は神社に行くけどお寺にも行くし、お守りも色々な物を持っているでしょう。でもキリスト教の神様は一人で、一人だけを信じなきゃならない。それが一神教。じゃあ次に、一人の神様を信じている人が世界中に多くいるって、どういうことだと思う?」
「その方が分かりやすいからでしょ?」
「何が分かりやすいからだと思う?」
「信じる人が大勢より、一人の方が分かりやすいからじゃないの?」
「それはそうとも言えるけど、僕の考えは少し違うよ。一人の人を信じるのが分かりやすいんじゃなくて、一人の人が、自分を救ってくれるのが分かりやすいからじゃないかって思うんだ」
「どういうこと?」
「キリスト教的な考え方でいうと、神が自分を救ってくれるのは、神との契約によってなされるものなんだ。つまり信じること、規律を守ることによって、自分が救われるということが約束される。じゃあ誰が自分を救ってくれるのか、一神教ならそれが分かりやすいから、信者が多いんじゃないかと僕は思う」
「宗教って気持ちの問題じゃないの?」
「そう思う? でも実は契約の問題なんだよ。今日礼拝に来ていた人たちも、契約の一環として日曜に教会に来ている。もうキリスト教だけに限って話すけれど、昔はこの契約を、一握りの偉い人やお金持ちが取り仕切っていたんだ。
でも人々、お金は無いけれど善良で、救われたい人々は考えた。自分たちも直接、神と契約してもいいんじゃないかって。つまり、免罪符なんて買わなくても、直接救済される方法があるんじゃないかって」
「それは知ってる。それで宗教革命が起こるんでしょう?」
「うん。その一つとして聖書がドイツ語に訳されたっていうのがあるけれど、当時のドイツ人にとっても、ドイツ語訳された聖書は万人に理解できるものではなかったんだよ。でも少なくとも人々は、一部分の人にしか理解できなかった内容を、自分たちも理解できるようにしたいと思った。理解したいと願ったわけだよね」
「英語の聖書を日本語に訳したみたいなもの?」
「そう、それってつまり、多くの人が理解して救われたいと思った」
「それが勉強とどう関係が?」
「勉強って今は、何のためにするのか?とか、勉強したことで何を得ることができるのか?とか、結果が出ないとやる気が起きないものになってしまっているよね」
「そういうものでしょ。実際に」
「でも宗教革命が起きた時の人からしてみると、聖書をみんなが分かる言葉に訳して、それをみんなが読む。つまり勉強して教義の内容を知ることは、それによって自分が救われるためのものだったんじゃないかな…って、僕は思うんだ」
「まさか、自分が救われるために勉強するってこと?」
「そうだね、あくまでも一つの意見に過ぎないね。でも世の中にはいろんな人のいろんな意見があって、たとえそれを理解できなくても、その意見を頭の片隅においておくことは、悪いことではないと思うよ」
「いや、私がその考えを理解する時は来ないと思う。絶対にない」
「そう。まあそれじゃこの考えは、君の乗っている電車の横を通り過ぎるバスくらいに思っておいてよ」
「どういうこと?」
「交わることはないけれど、どちらも利用者がいて、世の中を走っているってこと」
「分からない、やっぱり分からない」

 その後、その人と何を話したかはもう忘れてしまった。
出された紅茶とクッキーがおいしかったこと。教会の内部が思ったより狭かったことくらいしか記憶になく、小さな教会は、私が知らないうちにどこかに移ってしまった。

 2017年。1980年代は遠く昔に流れて、私がその青年と会うことは二度となかったし、私が教会に行くこともなかった。
 今も勉強が救済のためだという彼の理屈は納得できないままだ。
 
 母の体内で見つかった腫瘍が悪性と判明し、しかもステージ3と医者に言われて、二俣川の県立がんセンターで手術入院をすることになった。口うるさかった母だったのに、60歳を過ぎるとさすがに体力も衰えてきて、手術を受けても回復できるか不安になる。この局面において、何ができて何をしなければならないのか、選択肢の中から選ぶ作業が続く。
何とはなしに続いていた日常が、何もないというだけで幸せなものだと気づくのは、いつもそれを失った時なのだ。

がんセンターまでは家から電車で20分もかからないのに、物理的な距離より、母がずっと遠くに行ってしまうようで、とても心細かった。

手術前日、母の病床には、親戚が持ってきてくれたお守りが、三つ四つと並んでいる。
「日本人は色々な神様を信じるけれど、それって神様が、結局は救ってくれないって分かってるからじゃないかしら? だからあっちにもこっちにも願掛けして、誰かひとりでもいいから救ってくださいって縋るんじゃないかしら?」
もし今、教会のあの青年にあったら、私はそう言いたい。

 手術は無事に終了した。入院には思っていたより多くのものが必要で、術後も毎日のように、衣類やら消耗品やら様々なものを病室に届けた。
 母が病室で羽織るカーディガンを出そうとして母の箪笥をあさっていると、見慣れないコートが引き出しの一番下入っているのに気付いた。
「コート? だったら引き出しじゃなくてハンガーに掛けた方がよくない? っていうかお母さん、こんなコート持ってたんだ。着てるところ見たことないけど…」
取り出してみると、それは赤のトレンチコートだった。

著者

新菜ショウコ