「鉄道風」日照雨遼

    1

 雷神さんは、金貨鉄道の終点にちかいジパン島駅で、とてもこまっていました。
 金貨鉄道は、銀河鉄道の分岐点からぐんぐん延びて、三駅先で双子のそうてつ線と繋がっています。

 さて、電車のおつりがないのです。
 それで、車掌の黒猫のベンケイ君にあれこれと説教されています。
 「なんといわれても、電車のおつりはうけとれませんから。」
 車掌のベンケイ君は、こわい顔をして、ドアのまえに立ちふさがります。
 「そんなことおっしゃらず、どうか道をあけてもらえないでしょうか。たしかに、おつりのことを忘れていたのは、わたしのうっかりミスですが、なにもおつりをぜがひでも払うとは言っていないのですから。」
 雷神さんは、とうとうぶるぶるとふるえだしました。
 「電車におつりがあるなんて、いまだかって聞いたことがない。」
 車掌のベンケイ君は、ぷんぷんしながら切符をやっと受けとると、そこにおおきなスタンプをおしました。
 「これはおまけだよ、けっしておつりじゃないからね。」
 雷神さんは、ほっとして電車のドアからプラットホームにおりました。
 「出発進行」
 車掌のベンケイ君は、おおききな声でそうつげると、ちいさな笛でひと声ぴっとなきました。
 「特急いわつばめ号、出発いたします。」

    2

 「これがさっきの電車のおつりかな。」
 雷神さんは、ひとっこひとりいない夜のプラットホームの反対側にとまっているのが、あの金貨鉄道でいちばん有名な電車の「春風のいたずら号」かと感心して見ております。
 すると、星屑をどっさりとつめこんだブリキのカンテラをさげて、駅員さんがぷらぷらとプラットホームにおちた星のかけらを拾いあつめ出します。
 カンテラのまっ赤なひかりにてらしだされて、星のかけらもぴかぴか黄金色にかがやきます。

 「駅員さん、お仕事お疲れさまですね。」
 雷神さんは、こんな夜更けにひとりで熱心におそうじをしている山羊の駅員さんがとてもすばらしいと思いました。
 「いや、これは、仕事なんかじゃないのですよ。これは、わたしの趣味というものをためしているだけのことなのですから、どうかお構いなく。」と鼻歌をうたいながら、スキップをふんでみせます。

 「これは、時間の化石というものですね。わたしは、はじめて見ましたが。」
 山羊の駅員さんは、雷神さんがさしだした石ころをカンテラにてらすと、そうこたえました。
 石ころは、カンテラのひかりでもすこしもひかりだしません。
 「よくごぞんじですね。たしかに、こんなにまるくてごつごつとした石ころは、時間がたっぷりかかってできた時間の化石としか思えませんね。」
 雷神さんは、線路のとちゅうでひろった石ころを大事そうに右のポケットにしまいこみました。
 これは旅のおまけであって、けっして旅のおつりではないからです。
 そういえば、三日前のそうてつ線の右岸では、美しい薔薇園のとてもいい香りのする駅がありました。そこで、思わず雷神さんは、青い薔薇の花束を買い込んでしまったのです。
 その隣りの左岸にあるとされる未来進行形の駅では、ずーらしあ大陸産の珍しいけものたちが、手に手を振って色とりどりの虹色の客車を見送ってくれたものです。
 とりわけ森の寝ずの番人と海のへたくそな狩人見習いとは、大の仲良しになりました。
 一日につきわずか数秒だけ、ほんのちょっと目を合わせるのですが、これはきっとまちがいなく心の友というものなのです。

 錆びついた鉄路のかたわらには、群れを離れたいそしぎやもともと一匹狼がモットーのむささび、それにおおきなおつむをしたいるかの折れたつばさとかが静かに眠っておます。
 ときおり楽しい夢でも見たのか、きらきらっと光りはじめ、すうっと消えてしまいます。

 やがて、夜が深い湖の底にずくずく沈んでいきます。
 それは、誰もまだ見たことがないダイアモンドのような湖でした。

    3

 雷神さんは、線路をふたつとふたつまたいでそちらがわにたどりつくと、プラットホームをえいさとよじのぼり、春風のいたずら号にほいさと乗り込みました。
 なるほど、プラットホームの奥の奥まで電車のおつりがぽつりぽつりと並んでいました。

 「君、どうしたのかね。やけに顔色がわるそうだが。」
 なにしろ、うすぼんやりとした外灯にてらされて、春風のいたずら号は、いまにも消えいりそうなのです。
 「じつのところは、そうでもないんです。じっさい、わたしが元気といえばおつりがくるくらい、わたしは元気なのです。じつは、わたしの名前は、ほんとうは、あげひばりのチキータといいます。じじつ、このあたりじゃ、ちょっとは有名ですが、じっさいのところは、だれも、わたしのことを知りません。」
 へんな電車なのかなあと雷神さんは思いましたが、へんてこな電車はへんてこな車掌さんとおなじくらいこのよのなかにはごまんとあることにそのとき気がつきましたので、それやこれやでじゅうぶんに納得いたしました。

 「それじゃ、あげひばりのチキータさん、ひとつわたしの旅を連れていってもらいましょうか。」
 そう言うと、黄色いショルダータイプの旅行かばんのなかからちいさい旅とちゅうくらいの旅ととてつもなくおおきい旅のみしなをとりだして、あげひばり号のチキータさんにちょくせつ手渡しました。
 「これは、これは、うらやましい限りですね。どれもこれも立派な旅ばかりです。朝だらけの旅もあれば、昼飯前の女学生の旅もありますし、魚眼レンズの旅もあれば、鳥瞰図の旅もある。とくに、この秘境・秘湯の旅なんかはとにもかくにも素敵みたいだし、狭軌道黄色い煉瓦路の旅はちょっとどうかと思います。そのうえ、銀河鉄道のずっと先、夜のお楽しみの旅ときたら、居留地のこわれた万華鏡みたいで、どこまでいってもまっくらがりなままですね。」
 あげひばりのチキータ号は、ちきちきと警戒するような汽笛をならして、プラットホームからさあっと離れていきました。
 お土産にもらった名物の焼売は蒸し立てのほかほか、今夜の太陽でもこんなにおいしそうには見えません。
 ジパン島駅の西口では、小さな柚子の蕾がまもなく膨らみ始めようとしています。
 「おおい、あげひばりのチキータさん、どうか、お達者で。」
 急ごしらえのデッキからあわててとびおりた雷神さんは、手をこうごにふりながら、旅がぶじに終わりますよう、こころのなかでいつまでもいつまでも祈っていました。

    4

 「のろわれたウイルスかもしれませんね。」
 改札係は、ぶあいそうに言いました。
 そんなおどしにはけっして乗るまい、と雷神さんは決意をかためました。
 大鷲座の折り返し駅で、もう一度特急いわつばめ号に乗り合わせてしまったのです。
 でも、電車のドアはしっかりしまったままで、雷神さんがゆびさきでふれてもびりっともしません。
 こうこうとかがやく金ぴかの車両のなかでは、あの車掌のベンケイ君が床にぐーすか気持ちよさそうに大の字になってねています。
 「あるいは、のろわれていない春のばい菌のせいかもしれないといったところです。」
 改札係の若者は、赤と青の筋が二本はいった帽子を目深にかぶり、ひさしごしにうつむき加減にはなしかけたりしますから、そう簡単に信じられるものではありません。
 この件については、一応、医学博士のオットー元教授に後でこっそり相談しておこうと雷神さんは思いました。
 実際のところ、夢方面か、それとも希望方面か、このあたりでどちらかにしなくてはならないからです。

 「ねえ、君。これじゃ、とうてい朝までは動きそうにないじゃないか。それじゃ、せっかくたかい入会金をいただいてまで金貨鉄道をりようした意味ってものがないのだがね。」
 雷神さんは、やけにのんびりとした改札係にいらいらしていますと、急に春風のアマリリスがびゅっとふいてきて、思わずたいせつな切符をふといその指先からさらわれてしまいます。

 「おいこら、待った。せっかくの切符が、ここでなくなってしまえば、また、電車のおつりができてしまうじゃないか。」
 雷神さんは、うれしいのか、かなしいのかよくわからない表情をして、それから二、三度だけ電車にばりばりと充電すると、すっきりとあいたドアのそとからうやうやしく電車のなかに迎えられました。

    5

 「出発進行」
 車掌のベンケイ君は、ねむたそうな声でそうつげると、ちいさな笛でひと声ぴぴっとなきました。
 「特急いわつばめ号、出発いたします。」
 特急いわつばめ号が大鷲座の折り返し駅の構内から出るか出ないかのあいだに、もう車掌の黒猫のベンケイ君は、さきほどの夢のつづきにどうやらすっかり追いついたもようです。

                                      了

著者

日照雨遼