「颯爽と静かに改札は。」紅神水面

このようなところで待ち合わせできるのは相鉄線に知り合いがいる地下鉄住民だけだ。横浜駅は至る所に駅ビルがあり、あちらこちらにある改札に合わせたかのようにお店が並ぶ道は蟻の巣状になっている。横浜での乗り換えが初めてで、さらに急いでいる人には決して横浜乗り換えはおすすめしない。同じホームでも使う階段が右の階段か真ん中の階段かで実際出る改札はホームの距離の五倍以上もの距離ができてしまう。中央にはいくつもの線の改札があり、頭上の標識を見ながら歩かないと目的地にはたどりつかない。
そんな入り組んだ改札から少し駅ビルの中を歩いたところに相鉄線の1F改札と地下鉄の改札がポツンとある。中央ではあんなにも沢山の改札が俺のゲートに入ってくれと頭を寄せて乗客の取り合いっ子をしているのに、二つの改札は二人ぼっちで西口五番街を囲んでいるのだ。
梨々と約束しているのは地下鉄から相鉄線の1F改札の方へ上がっていく階段の登りきったところだ。階段の上なんていう面倒臭い場所を選ぶ人は梨々と会うようになる前は私とあと一人しかいないと思っていた。ただカメラ女子の梨々はよくその待ち合わせ場所の正面にあるカメラ屋さんによく行くようで簡単にその複雑な待ち合わせ場所がお互いに伝わった。
久しぶりの風景に目頭に吐息をかけられたようなくすぐったい気分だった。十時に梨々と待ち合わせだったが、その時間帯さえも昔の記憶とシンクロするので何かオカルト的なものも感じてしまった。ここまで彼を思い出してしまうのはまだ後悔の念が残っているからだろうか。
九時五十五分。まだ左手の黒いシャッターは閉まっている。右手では相変わらず人々は忙しそうに改札をとおり、ピッピッと電子的なさえずりを続けている。電子版には一本前の電車は点滅してきえ、次の電車には十時ぴったりの電車が表示された。横浜駅は路線では最初の駅なので、十時に発車するとしたら、もう反対側から来た電車が駅に着いているはずだ。スマホの通知を確認すると、梨々から「化粧室によっていくね」という通知が入っていた。
十時になるとシャッターがガラガラとあき、真っ白な床のショッピング通りが、強い反射光を放ちながら客を迎えてた。三年前から変わらない馬鹿みたいに明るい光が私を締め付けていた。この光に目を細めている間には、いつも彼はこなくて目がなれた頃に「遅れてごめん。」って走ってきて笑って誤魔化す。私は目を瞑って鼻からため息をついた。梨々が化粧室からでてきて、二人で顔を合わせるとすぐ東口の方に向かった。
そしてショッピングモールのカフェに入って、ローズヒップを頼んだ。
「彼とここに来ようってことになってるんだけど…」
梨々は嬉しさを内に秘めながらも心配そうな顔をしていた。
「先に私と来ちゃってよかったの?」
「でもやっぱ先に来て下見しとかないと当日不安で。」
梨々は今年度から私と同じ美術大学に入った。入学当時から憧れていた先輩と帰り道が、学校の最寄りから同じ電車に乗り横浜乗り換えという経路が同じだったことに一年の夏に気づいた。それから授業終わりが同じ時間帯の水木金に先輩と一緒の電車に乗るよう励んでいたのだ。そしてまだ付き合うことはしていないが一緒に横浜でお茶をすることになったそうだ。同じ科でありながらも、キラキラ恋をする梨々を横目に私はひたすら友達をモデルにしてデッサンに励んでいた。
「でもなんで私だったの?」
私は頼むつもりはないメニューを眺めながら聞いた。確かに今まで彼氏は三人ほどいて経験がないわけではなく、梨々ともよく話す中なので恋愛相談されてもおかしくない。ただ、梨々とは大抵デッサンの課題の話やバイトの話が多く、恋愛話を話すとしても梨々の話を聞くばかりで私は一度も昔の話をしたことは無かった。
「だって真希って高校の時、三ヶ月に一回のスペースで告白されていたんでしょ?」
梨々は飲んでいた紅茶を机におき、こちらをニヤリと見つめてきたので、少々焦りを感じたのがばれないよう平然を装った。
「なんで知ってるの?」
「早瀬から聞いた。」
高校が今行っている大学の付属高校だったので、早瀬などの同じ高校の元クラスメイトは知っていることだろう。なので、早瀬が口を滑らしたのか、わざと教えたのかは触れないでおく。冗談交じりに睨みつけると、梨々は楽しそうにはにかんだ。
「え、真希の恋愛ハウトゥー聞きたい!」
さらに恋愛話を盛り上げようとしてきた梨々のおかげで「ハウトゥー?」と言った私の声は裏返ってしまった。
「私とデートしてるって仮定してさ、やってよ。男を落とす方法。」
頬杖をついて輝いた目線を送ってくる彼女がやけにあざとく、もはや教えることがない気がした。何回か断ったが、寂しそうな顔をするので帰り道に実践をすることになった。
「まず、お茶が終わったら。あぁ、めっちゃ楽しすぎてもう今日が終わっちゃったよ。なんてことを言う。」
「ほおほぉ。」
「で、帰り道はだいたい寂しそうに話す。」
梨々は歩きながらも私の方を真剣に見つめていた。通行人が私たちの前方には行き交っているが、歩きながら恋愛講座している私たちはどう映っているだろうか。皆は目的地に向かって次々通り過ぎていくので、さほどこの不思議な恋愛講座は気にしていないようだが、中学生男子とでもすれ違ったら、きっと次の日の学校での笑いものにされているだろう。
短い階段にさしかかると、私は登りきったところにあるイルミネーションアーチを指を指した。
「それで、ここでしんみりと話していたのに急に明るくなって、きれい、と一言いう。そのギャップで無邪気さを演出するんだよ。」
「えーなんかめっちゃ計算してて嫌だ。」
「なら私に聞かない方がいいから。」
梨々の頬をつんとすると、彼女は「ごめんなさい。」とオーバーに落ち込んだ演技をして見せた。大きな改札を通り過ぎたので、「こういう混んでいるところはなるべく他人に道を譲りながら行くと好印象だよ。」と耳打ちをした。誰しもが強めに割り込んでしまう短いエスカレーターの人だまりをぐるっと回って後ろにつき、自分たちの前が開くまでひたすら待った。
「それから帰るときは相鉄線の2F改札の案内看板がここにあるでしょ。でもそれに乗らないで真っ直ぐ進むの。黙ってね。もし相手がその看板を見つけてれば、あなたと一緒にいたいという気持ちが相手に伝わるから。」
駅ビル内のエスカレーターは相鉄線の2F改札に繋がっている。私は一度もその改札を目的として行ったことはなく、自分の好きなブランドの服を買いに行く時に見かけるくらいだった。
帽子屋、スポーツ用品店、花屋…どれも懐かしいとしか言いようがないくらい三年前のままで、けれども所々に出来た新しいアパレルショップやアクセサリー専門店に立ち寄っているお洒落な二十代くらいのの女性立ちを見ていると、ここも雰囲気が少しづつ変わっていくことが分かってしまった。三年も経てば、この先ずっと変わらないだろうと信じたことも簡単に変わってしまうことは有り得るのだ。
「ここのケーキ屋さん恋人たちの味なんていう名前のケーキがあるからそれを美味しそうって言って意識させるの。彼が今までの会話を楽しんでなきゃ、大して彼の心には留まらないと思うけどね。」
小さな店がずらりと並ぶ白いタイルをぬけると、比べて少し薄暗い1F顔札が見えてくる。改札付近の青い壁がうっすらと光を反射していることが、楽しかった時間との別れを演出していた。改札の右側には交番があり、その先には西口五番街が広がっている。遠くの方で店のBGMが流れているが、それを通行人たちはジャカジャカと足音をたてて消していた。そして交番の前を通り過ぎて1F改札に入ったり、さらに改札を通り過ぎて階段を下ったりして私の視界を遮る。けれどもその光景にいつも救われてた。もし人々がいなく、静黙な改札が二人の別れの演出家なら、いくら胸を痛みつけられても寂しさは止まなかっただろう。
「それでこの道を通り抜けたら相鉄の改札。でも相手と話したいからって電車に乗って二俣川まで行くのはダメだよ。自分が好きになるだけだから。尽くしすぎると飽きられちゃうからね。」
喉のあたりまで何か熱いものがこみ上げてきているように感じる。梨々は1拍開けて「真希さ、さっきから誰の話してんの?」と言った。梨々と歩いてきた道が本当に梨々と歩いていたか分からなくなるくらい、別のことを考えていたのが彼女にばれてしまったのだろう。動揺を隠し、「誰ってどういうこと?」ととぼけると彼女は「よかった。びっくりしたよ。」と微笑んだ。それ以上私が呆けていたことについての会話は続かなかった。そして梨々が何度もお礼をしながら改札に入っていくのを見届け、地下鉄の方へ向かった。
「アーヌエカフェでーす。」
そう言いながらチラシを配っているお姉さんはクーポン券を渡してきた。そのハワイアンカフェの場所を見ると西口五番街だった。
「五番街はもう通れなくなっちゃったからな。」
なっちゃった、なんて言葉を使ってしまったのがまた、それは自分のせいでは無かったような言い方で、よりあの思い出が遠く感じてしまった。
三年前、高校生の時は横浜駅によく来ていた。本当は新横浜駅乗り換えだが、少し無理をして彼に合わせて横浜で乗り換えていた。
相鉄線の彼はいつも地下鉄に近い方の改札まで来てくれていて、そして次第に改札に向かわず、私たちは西口五番街に行くようになった。都会の夜景を見るぐらい長くお互いの時間を共有する頃になったら、「母さんに怒られる」なんていって店の間を一人にぶつからないようにふたりで走った。狭くて、それでも昼みたいに明るいくらいの電光が光り、それは決してロマンチックではなかったが、やけに店の間から見える暗い空と街のコントラストが私の恋心をかきたてた。
相鉄線の口と地下鉄の改札がポツンとある。中央ではあんなにも沢山の改札が頭を寄せICカードでピッピっと合奏をしているのに、二つの改札は二人ぼっちで西口五番街を囲んでいる。垣間見えるその思い出の街は、相鉄線までの道を大きく隔てていた。私は横浜に来るとその道をよけて、鼻までこみあげていた涙を感じることしかできなかった。何も変われない私を待ってくれているかのように相鉄線の改札はいつもそこにある。

著者

紅神水面