「黄色い帽子」クレケン

 雨の日でも、夕暮れ時でも、いつでも、どこでも目立って安心なように黄色い帽子をかぶらされている。低学年だとまだランドセルの幅が体より広い。そんなランドセルに揺さぶられながら、娘が長い坂を駆け下りて帰ってくる。何をそんなに急いでいるのか、一心不乱に駆けてくる。

 たぶん一人っ子になるから、一点豪華主義で、教育にお金をかけたいと思い、目指した私立の小学校は片道1時間以上もかかる丘の上にあった。けなげな娘は遠距離通学を苦にもせず、むしろ楽しんでさえいた。しかし卒業まで十二年も通うことになる。夫婦で話し合い、少しでも通学が楽になるように、まだ買って五年しか経っていないマンションを売り、建売の戸建てを買って、この地に越してきてもう十五年だ。
 以前住んでいたのは、都心に一本で出られる人気の沿線の、百世帯を超える大規模なマンションだった。開発が続き、人口の流入が激しい場所から、昭和五十年代に切り開かれた古い分譲地に移ってきた当初は、その静けさに戸惑ったものだ。
 甘さを抑えた味で評判のケーキ屋や、原材料にこだわったパン屋といった話題になる派手なお店は少ない。幹線道路沿いの大型の家電店、ホームセンター、品ぞろえが多岐にわたる本屋等はそばに無く、日用品以外の買い物は、若干不便になった。以前は良く見かけたベビーカーもあまり目にすることはなくなった。その代わり杖を兼ねたショッピングカートをよく見るようになった。
 成熟した落ち着いた街なのだ。穏やかで、ゆるやかで、時間がゆったりと流れている。平日都心で擦り切れるように働く身にとって、ほっとできる場所だ。時が経つにつれ、次第にこの街を気に入り始めた。
 普通は子供がいればそこから近所付き合いが広がっていく。でも娘は電車に乗って学区外の小学校に通っていた。地元での付き合いはしづらいだろうと思っていた。
 だが周りの人達はとても親切だった。何くれとなく声をかけてくれ、夏祭りや町内会の運動会にも参加でき、互いの家を行き来するようにもなった。娘も駅前にあったテニススクールに通い始めたころには地元の友達もでき、すっかりこの街になじんでいた。
 たまに取れた代休の平日、学校帰りの娘を迎えに最寄り駅まで行ったことがある。電車を降り、階段を上がってきた娘が駅員さんのいる側の改札を通りしな、自然な笑顔で「ただいま」と声をかけていて驚いた。恰幅の良い駅員さんに「お帰り」とにこやかに応えてもらって満足げな娘の顔を見たとき、なんだか羨ましい感じがした。
 小学生の頃、朝の通学はバスを使って隣の大きな駅に出ていた。ある朝ふと、娘をじっと見つめる視線に気づいた。ほぼ毎日、手前のバス停から乗ってくる五十代くらいの背筋の伸びた品の良いご婦人だ。母親のような温かい目で娘を見ている。気になったのであとでカミさんに話してみたところ、近所の歯医者の奥さん、ということだった。娘さんが同じ学校に通っていたらしい。昔を懐かしんでいたのか、優しいまなざしだった。 
 駅から少し歩けばこども自然公園(通称大池公園)がある。市内で最も大きな公園で、バーベキュー広場、野球場、ちびっこ動物園、そしてもちろん大きな池がある。桜の季節は大勢の花見客でにぎわい、夏にはジャズフェスティバルも開かれる。
 ちびっこ動物園は小動物と触れ合うことができ、子供たちに大人気だ。我が家からも歩いて五分といったところだが、学校の遠足でわざわざ学校まで行ってから、バスに乗ってやってきたこともあった。まだ低学年のころで、もちろん全員黄色い帽子。これが九十も集まるとなかなかの光景だ。散歩しているご近所の方たちも温かな目で見守ってくれていた。自分の家族、親戚やご近所のお子さんとだぶらせてみていたのかもしれない。
 この街は、子供を見守る目が温かい。一戸建てが多く、マンションやアパートは少ないので、若い世代はそれほど多くない。二世帯、三世帯で住む大きな家が多い。ある道は陰で「マスオさん通り」と呼ばれているほどだ。数が多くない分、子供が大切に思われているのかもしれない。
 娘が病気になるとよくお世話になった病院が二つある。スーパーの向かいにある地元で評判の高い小児科と一つ先の駅にあるよくしゃべる先生がいる耳鼻科だ。
 小児科ではいつも丁寧に診察してくれる先生によって、娘の指の異変がわかったことがある。風邪をひいて行ったのだが、診察している途中で、娘の左手の薬指がわずかに膨らんでいることに気づいてくれた。アドバイスを受け整形外科に行ったところ、骨に異常が見つかった。今は悪性ではないが、成長する中で変異もありうるということで、手術することになった。娘はその一件で、先生に感銘を受け、医者の道を志すことになった。
 耳鼻科の先生は、看護婦さんや身内にはとても口が悪い。だが、患者さんには親切だ。娘は自分の指のことと医者を志す気持ちをその先生に話した。すると先生は診察のたびに医者の心構えやちょっとした医療のエピソードなどミニ講義を開いてくれるようになった。人気の耳鼻科であり他の患者さんには迷惑だったかもしれないが、娘のモチベーションは大いに高まったようだ。
 
 この街の優しさの中で育った娘はもう二十二歳になる。志を貫き、都内の医大に入学した。当初は自宅から通っていたが、学年が進むにつれ授業や実習が早朝から深夜に及ぶようになり、やむなく家を出ることになった。初めての一人暮らし。都心の十三階建ての賃貸マンションは、サラリーマンやOLの一人暮らしばかりで、交流はほとんどないらしい。もともと寂しがり屋ということもあり、事あるごとに我が家に帰ってくる。
 帰ると時間を見つけては、今一番お気に入りの場所だという、リューアルされた駅前広場のベンチに腰掛け、アイスを食べている。夏でも冬でもなぜかアイスだ。通り過ぎる人たちを眺め、日々の忙しい生活の中で失った何かを少しずつ取り戻すようにして時を過ごす。そして家でカミさんの手料理を食べ、また元気に出かけていく。

 そんな穏やかな街に、最近外国人が増えている。観光ではなく、地元に住んでいるようだ。単身だけでなく、親子連れもいる。駅前のローゼンで食料品を買ったり、パン屋を覗いたり、普通に生活している。観光地やターミナル駅では外国人がいるのは当たり前になったが、この街でこんなに見かけることになるなんて想像もつかなかった。そんな彼らも駅前の風景になじみつつある。
 ある朝、駅に向かう道で、久しぶりに黄色い帽子を見かけた。一年生だろうか、やはりランドセルが目立っている。三つ編みにしている髪が茶色い。もしやと思い追いぬきざまに横目で見てみると、色の白い青い目の女の子だった。あぁ、この街でまた新たなストーリーが始まるのだな、そう思ってなんだか気持ちが温かくなった。

著者

クレケン