「Dimension Diver」鈴白鈴菜

銀色の列車が目の前に滑り込む。吹き抜ける風に女の黒髪がたなびく。列車は速度を徐々に落とし、やがて完全に停止した。女は腰まである長い髪を頭の高い位置でひとつに結び、邪魔にならないようにまとめあげた。ドーム型の屋根の下に普段ある照明が消されているせいで、構内は闇に包まれ静まり返っている。
「総員乗車せよ」
その声を合図に黒い服を着た数十人の人影が列車に次々と乗り込んだ。列車内の足元の明かりが薄く光り、そこだけが闇の中で浮かび上がる。乗り込んだのはほとんどが屈強の男たちだが、二人だけそれにはあてはまらない者がいた。
「やっぱり行くんですか…」
小柄で細身の男がいった。肩のあたりまで届く柔らかい茶色がかった髪。大学卒業後に就職してから数年たつのに、ときどき高校生と間違われるほどの童顔だ。
「当然でしょ。そのために私はここにいる。」
隣に並ぶ男よりさらに小柄で華奢な長い髪の女が答えた。切れ長の目が印象的な顔をしている。
やがてその場にいた全員が列車に乗り込んだ。
「乗車完了しました。」
「よし、これより発進準備。発進用意!」
「了解。カウントダウン開始します。発進三十秒前…。」
乗員は皆息をのむ。
「十秒前…9、8、7、6、5、4、3、2、1…R1(アールワン)発進!」
シートベルトをしていなかったら、座席から転がり落ちるほどの衝撃だ。R1と呼ばれた銀色の列車は弾丸のように飛び出し、先頭の車両がドーム型の屋根の端に達すると、まばゆい光を放ち、その先の暗闇に吸い込まれて見えなくなった。
列車が発進してから一時間ほどたつと、空が茜色に染まった。顔を出した太陽が先ほどまで列車が止まっていた空間を照らす。どこからか野良猫が入ってきて、ベンチの上に寝転んだ。ベンチの上には看板があり、中央には「ゆめが丘」と書かれていた。

時は西暦2100年。時空を超えて過去や未来を行き来する技術が実用化された。だが時間の流れを適切に管理するため、未来への渡航は禁止された。過去への渡航も学術調査や犯罪捜査などに制限され、民間人の渡航は歴史に影響を残さないよう厳重に管理された上での団体旅行に限られている。禁止事項を守らずに違反するものは逮捕されて罪に問われるようになった。今では過去を変えようとするのは、過去に犯罪を犯した者か、世の中を都合よく変えようとするテロリストくらいだった。

「薫、どうしよう…快がいなくなったの!」
受話器の向こうで友人は泣きながら助けを求めていた。
「洋子、落ちついて。警察に届け出はしたの?」
「そうじゃないの、陸の目の前で消えたんだって!あの子が『お父さんが消えちゃった』って泣きながら車を下りてコンビニに駆け込んだのよ!」
洋子の夫は子供を連れて買い物に行こうとしていた。途中で寄ったコンビニで飲み物を買い、二人で車に乗りこんだ瞬間の出来事だった。これはただごとじゃない、とようやく薫は事の重大さに気づいた。
最近、テロや犯罪とは全く関係のない一般市民が突然行方不明になる事件が起こっている。犯罪集団などが、大型の時空振動機で時間の流れを操るため、その力に巻き込まれるとどこに飛ばされるかわからない。時間の流れを司る時間管理局の時空捜査官である薫は、洋子の夫、快の捜索に向かった。
事態は思った以上に深刻だった。大規模な時空嵐が起こり、巻き込まれた行方不明者は全部で百人を超えている。それだけではない。捜査員が攻撃を受けて多数の負傷者が出ていた。普段は救護班として後方支援にまわる薫たちも、緊急時で人手が足りないために前線への出動命令が出た。
「穂波くん、石黒先生と矢吹先生には残ってもらうわ。ミキちゃんとサキちゃんは万一、私たちが怪我をした場合に備えて待機。」
石黒と矢吹は医師で、ミキとサキは看護師だ。緊急時とはいえ負傷者の救護は優先しなければならず、全員は連れていかれない。
「薫さん、何もあなたがいかなくてもいいじゃないですか。僕が行きます。あなたは残ってください。」
穂波が引きとめる。
「だめよ!」
強い調子で薫は言い放つ。
「班長は私。男も女もないわ。私はみんなの命を守る責任がある。」
穂波はしばらく黙っていた。人一倍責任感の強い薫さんだ、負傷者や捜査員を守るためなら、文字通り命をかけるだろう。
「わかりました。止めても無駄なのはわかっています。でも…そのかわり…」
「そのかわり?」
「僕もいっしょに行かせてください。」
「わかったわ。その方が私も安心できる。」
「薫さん、今回の任務が終わったら、ひとつお願いごとを聞いてもらえますか?」
「いいわよ。私が覚えていたらね。」
 たまには僕にあなたを守らせてください。
声に出さずに穂波は薫の横顔を見つめた。

捜査情報によると、犯人はわざと時空嵐を起こして別の時空へと人を集めているらしい。人質として身代金を要求するのか、人身売買目的か、集めた者たちを使って強制労働を考えているか、考えられる動機はそのくらいだった。快の場合は女性や子供と違って、乱暴されたり、どこかへ売り飛ばされるというような可能性は低いが、何が起こるかわからない。被害者たちは一か所に集められ、犯人グループに見張られているという情報が入った。捜査本部は犯人のアジトに捜査員を突入させる決定を下し、薫と穂波はその突入部隊に選ばれた。

銀色の列車は時空を超えて、目的地にまっすぐ向かっていた。犯人のアジトは海沿いの倉庫や海運会社が多く集まる一角にある。
「目標、座標軸X・507、Y・108。
若干軌道修正します。Zは変わらず0088。到着まであと十分です。」
「了解した。作戦開始前のブリーフィングにを行う。」
モニターに犯人のアジトの見取り図が映し出された。三班に分かれて突入する。一班は陽動、二班は裏口から人質を救出。三班は犯人の制圧に向かえ。詳細は各班長が伝えるように。」
班別のブリーフィングが終わる頃、列車の揺れは止まった。捜査員たちはヘルメットをかぶり、ガスマスクをつけ、防弾チョッキを着こんだ。全員が武装して配置につくと、司令官が無線越しに指示を出した。
「作戦開始」
照明弾が炸裂し、目も眩むような光が輝く。
催涙弾も撃ち込まれ、不意をつかれた犯人たちは、刺激で涙が止まらない。銃やマシンガンなどの武器を取り落とした者から次々に取り押さえられた。発煙筒も使ったらしく、あたりは煙だらけで何も見えないが、炎は見えず、焦げるようなにおいもない。大きな工場跡のような現場から人質が次々に救出されている。
 そのとき、煙にむせながら犯人の一人が薫に銃口を向けた。
「薫さん!」
呼ぶなり穂波は薫を突き飛ばした。
「穂波くん!」
鮮血が壁に飛び散った。穂波はその場に倒れて動かない。
「穂波くん!穂波くん!しっかりして!」

「今回の時空誘拐事件は、大規模な犯罪組織によるもので…」
テレビから流れるニュースをぼんやり見ていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
男はテレビを消すと、ドアの向こうの相手にいった。
「どうぞ。」
入ってきたのは、長い黒髪をまとめ、時空管理局の制服に身を包んだ薫だ。
「ごめんなさい、私のせいでこんな怪我させて…」
「いいんですよ、この通り生きてるんですから。」
穂波は肩と脚を撃たれたが、薫が担架に乗せようとする手を振り払い、立ち上がった。犯人を取り押さえ、人質を逃がし、痛みで気を失うまで奮闘したのだ。銃で撃たれた以外にも、体中傷だらけになったので、あちこち包帯が巻いてある。
「そういえば、お友達のだんなさんはどうなりましたか?」
「無事よ。怪我もなくてよかったわ。身元確認とかめんどくさい手続きが終われば、今日にでも家に帰れるはずね。」
やっと事件が解決した。二人は心の底から安心した。
「そういえば、前にいってた『お願いごと』ってなあに?」
「え、やだな、もう忘れてくださいよ。たいしたことじゃないし…」
「何よ、そんなこといわれると気になるじゃない。よーし、教えないとこうしてやる…」
薫は穂波の脇の下をくすぐった。
「ちょっと、やめてくださいよ…。いてっ!いてててて!」
穂波は顔をしかめた。薫は思わず手を放す。
「ごめん、痛かっ…」
言い終わらないうちに、穂波は薫を抱き寄せキスをした。
穂波くんの頼みごとってこれだったのか…。
現場に行くのを止めたのも、そのせいだろうと薫は思った。
病室の窓辺を月の光が照らしていた。窓の外にはゆめが丘駅が見える。仕事を終えた捜査官たちを乗せ、銀色の列車が時空の彼方から光とともに帰ってきた。

著者

鈴白鈴菜