「やっぱり、カップ麺は最高の発明だな」
どこにもいない群衆に向かい、ぼくはキメ顔でそう呟いた。
引きこもり始めてから少し経った春、カップラーメンにお湯を注ぎ終えたところであった。
連日ゲームをする人にとって最高の瞬間である。
今は何時だろうか? 時計を見るが、薄暗くてよく見えない。丁度その時である。ピロリンという着信音をたてて
「ソウテツ」
からのメールが届いた。
「何かしたっけ?」
思い出せなかった。
しかし、メールを読んでいるうちにだんだん思い出してきた。
たしか、当たらないだろうなとか苦笑いしながら応募したゲームのテスターだ。
まさか当たってしまうとは思わなかった。
こんなところに運を使って、一体ぼくはどうしようと言うのだろう。この間も欲しかったチケット外れたし。
そのメールに添付されたファイルの題名を見ると
『エピソード・ソウテツカイホウ』
と書いてある。説明書らしき文章を読んでみると難しくはなさそうだ。
時間はありあまっている。今やってみようかな。
ぼくはファイルをダブルクリックして、ゲームをスタートした。
キャラクターメイキングの画面が浮かぶ。いつもキャラクターのタイプは決めている。ページをめくりパーツを探す。テスト版のはずだが、やけに種類が豊富だ。
髪の毛の色もいろいろある。他のゲームにはない髪色があったのでそれにしてみる。
職業の欄には、騎士、魔法使い、暗殺者等RPGでお馴染みのものが並ぶ。
ぼくは騎士やそういう目立つのは嫌いだ。現実でも目立てる人は少ないし、何か劣等感を持ってしまう。
なので初期は攻撃技も一つしかない地味な職業、格闘家にする。
『これでいいですか?』
という画面には栗のような色の髪を持ち、手にグローブをはめた身長の低い男が浮かんだ。顔立ちは少年の様だが。
メッセージにはいを意味するYを押すとロード画面に変わった。デフォルメされたキャラクター達がトコトコと歩く画面がうかぶ。
ロードが完了し、画面には数回行ったことのあるエビナ駅らしきものがでる。
しかし、太い蔓が巻き付き、ラフレシアのような花がブホッという奇妙な音をたてて咲いている。
明らかに通常営業ではない。
突如としてボタンが光る。
押すと画面に鴉のような髪の色と改造燕尾服を着た少年が浮かぶ、と同時に子供のような高い電子音声が聞こえた。
『ボクは説明担当の・・・・・・まあ、ベータとでも呼んでくれればいい。今からチュートリアルを始めるよ?』
どうやら少年がナビゲーターらしい。
見えるわけもないのに丸い目できょろきょろと此方をのぞき込む仕草は可愛いかなと思ってしまったりする。
そんなぼくにはおかまいなしに少年は話し続ける。
『現在いるのはエビナ駅。そっちにもある? まあ、マップを送っておくから下のメニューを押して確認しろよ』
メニューがチカチカと点滅している。どうやら、見ないと先に進めないようだ。確認すると自分がいるところの周り以外は黒くなっていて全貌は見ることが出来ない。探索しないと駄目っぽい。
「これは現実の駅と同じってことか?」
もちろんこんな記憶力では覚えているわけもなく、ぼくは慌ててサイトを開いた。
「これかな?」
やっぱりその通りのようだ。ソウテツは妙なところに現実を反映させている。
その後もやれ持ち物欄を開かされたり(もちろん、何も入っていなかった)、雑魚モンスターと戦わされたりとなかなか終わらない。
「それじゃあ、次で最後の説明だよ」
そう言ってベータは何事もないかのように言った。
「マップで表示されている大きな丸のところにボスモンスターがいる。それを倒してきてね」
それだけ言って奴は消えてしまったので、文句の一つも言えない。ため息を吐きながら使えそうなものを確認する。
持ち物欄には、さっき倒したモンスターからゲットしたアイテムがあった。あまり良くはないが、初期装備よりはまだましだろう。片っ端から選んで装備する。見た目は悪いが、文句は言えない。
指定された場所まで行くと、何者かがソファーに座りポップコーンを食べていた。
映画館のある海老名ならではである。
勢いよく起き上がったそれは、可愛らしいペンギンだった。ただし、ぼくの身長である百五十㎝より大きいが。
『君が吾輩の相手かな?』
しかも、喋る。それを見た時の衝撃は君にもわかるだろう。思わず頬をつねったくらいだ。
「痛いっ」
ぼくを見てペンギンが笑い始めた。最初は静かに、段々けたたましく。まあ、ペンギンの笑い声がどのようなものかは知らないので推測だが。
ペンギンはぺこりと頭を下げ、そのままこちらに突っ込んできた。
「理不尽っ!」
情けなくぼくは床にうずくまった。幸いにしてちゃんと装備したところに当たりそこまでダメージは食らわない。ぼくは全力で後ろに飛び、拳を構えた。
再び襲い掛かってくるペンギンに拳を打ち込む。確かな手ごたえがある。
相手のHPが少しだけ減る。
再び起き上がったペンギンは首を振ってまたこちらに突っ込んできた。
そこからぼくがペンギンを殴るだけのシーンが続くのでしばらく割愛させていただこう。
モンスターを倒すと風景が白く眩んで、目を開けたときには駅についていた植物が取れて綺麗になっていた。というか、僕の世界と同じになった。
「成功したようだね」
ベータはいつの間にか現れほっとしたように言った。
「これは何だ?」
驚きながらぼくは質問した。
「あれ? 言ってなかったっけ。各駅のボスを倒すとその駅が元に戻るんだ」
言ってねえよと思ったがその一言は言わないでおいた。ほら、ぼくは優しいから。
そして、駅全体にライトが灯った。
ピンポンパンポンという音が鳴り、電光掲示板に案内がうかんだ。
『間もなく、特急横浜行が到着いたします。白線の内側に下がってお待ちください』
ベータはぼくの袖を引っ張るような仕草をした。
『それじゃあ次の駅に行こう』
がたんごとんがたんごとんという音を立てながら動く電車に乗っているとこのゲームがRPGであるのが嘘のようだ。
「なあ、ベータ」
『何だい?』
「このゲームのクリア条件は何だ?」
『特急を利用したソウテツの開放』
淀みもなく直ぐに即答するということは嘘ではないようだ。それにしても、電車の揺れは心地よい。
うつらうつらとしてしまって、次に起きたのはけたたましいアラームによってだった。両耳の鼓膜が破けそうになったぼくは目を白黒させた。
「何だよ、ベータ。ゆっくりと寝かせてくれよ」
抗議をしたら鼻で笑われた。最初に可愛いと一瞬でも思ってしまった自分自身がいやになる。
『きみが全然起きないからじゃないか。モンスターにどうぞ襲ってくださいと言わんばかりだよ』
どうせ直ぐには来ないだろうに。律儀なやつである。反動を利用して起き上がろうとして頭をぶつける。
「痛いっ」
ぼくを指差してベータがくすくすと笑った。
次に停まったのは特急停車駅 ヤマト。かつては、一日に十一万二千七百七十四もの人が利用していたとベータに聞いたが、もうとうの昔に植物に覆われている。電光掲示板に巻き付いた食虫植物はもはやそういうアートにしか見えない。
ボスを探している間、無言でいるのも気まずくてベータに問いかける。
「そういえばさー、ベータ。お前何でそんな見た目なんだ?」
すると、ハウリングのような音をたてて反応した。
『う、五月蠅いっ! 製作者の趣味だよ、悪いかっ!』
動転したのか、頬が真っ赤になっている。本人も気にしていたのだろう。触れられたくないことをストライクできいてしまったようだ。
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど」
ぼくの反論は一言でバッサリと打ち切られた。
『五月蠅い』
ぼくたちががやがやとしているとどこからか凛とした澄んだ声が聞こえた。
「やれやれ五月蠅いの。落ち着いて寝れやせん」
植物をかき分けながら少女が出てきた。
かわいらしい大きい瞳とおかっぱの髪をこちらに向けている。着物を着てちょこんと立っている姿は日本人形のように愛らしい。でも、緑色をした髪からは花が咲き乱れ、真っ白い肌には蔦が生えている。
「絶対こいつモンスターだろ」
悪い音がしそうな顔をしたぼくに少女はかっかっと笑い、言う。
「正解じゃ、小童。ちっぽけな頭でよく考えたの。わしが大和のぼすもんすたぁじゃ。よろしゅうの」
そう言ってひらひらと手を振る。最低でもヤマトのボスはエビナのボスよりも礼儀正しいようである。
少しほっとしたぼくに向かい少女は笑顔のまま続けた。
「ではとりあえず殺すとするかの?」
訂正。全然礼儀正しくなかった。
少女が手を上げると、植物がぼくに向けて伸びてきた。その先は鋭く尖っていてとても痛そうだ。というより、突き刺さりそうだ。
上にジャンプすると、植物もぼくを追いかけて上に来る。そのまま突き刺さった。アバターから血が出で、だんだんHPゲージが減っていく。反撃していたが、もちろんかなわず、ぼくは倒れてしまった。
次に目が覚めたのは、電車の中だった。
どうやらセーブポイントは電車のようだ。考えるに、植物に倒されたようだ。
「あの野郎、手加減も一切しねえで」
レベルを上げなくてはいけないだろう。ぼくは、ボスに会わないようにしながら、モンスターを倒し始めた。
敵はぼくのレベルと同じかそれより少し高いので中々倒せない。
どうにか余裕を持って5レベルほど上げておく。何か技を覚えられるようになった。どうしようか? 一覧を見て最も役に立ちそうな鍛冶を取る。
早速作れる中で一番強い物を造る。
ゆっくりとさきほど少女がいた場所に向かう。スタミナ不足は御免だ。
少女はさきほどから微動だにしていなかった。後ろから静かに近寄り拳を打ち込む。
彼女は寸前で避けようとする。
しかし、それは出来ない。アイテムによって命中率は限りなく上がっている。
端正な顔にクリーンヒットする。
少女はあっけなくやられた。どうやらHPを犠牲にした強さだったようだ。
二回目の電車に乗り、次の駅、フタマタガワに向かう。
フタマタガワ駅。
イズミ野線とソウテツ本線をつなげる戦闘の前線だった駅には、増設する予定だったのであろう建物が放り出されていた。多くは踏みつぶされたのかゆがんでいる。
「ここから探すのかよ」
探すまでの手間を考えると頭が痛い。軽口をたたきつつ進む。
三十分ほど進んだあたりのことだった。体中に細かい傷が出来ていて、地味にダメージを食らっている。
「それにしてもここのボスはどこにいるんだ?」
呟きに対して当然のような顔をして嘲笑いながら奴は返しやがった。
『え? さっきから君の下にいるじゃない。もしかして気づいていなかったの? 君は馬鹿かい?』
その言葉に反応して笑ったかたかのように足元の瓦礫が集まって形を作り、ギギギという音をあげた。あっという間に見上げても全貌が見えないくらい大きくなる。工事用の機械と元々の駅とが合体している。
『これがフタマタガワ駅のボスだよ』
「嘘だろ?」
とりあえず殴ってみる。金属にも少しへこみが出来たが、グローブもミシミシと音を立てる。
耐久値がとても高そうだ。武器は足りるだろうか?
もう一度殴ろうとするが、相手の範囲攻撃の方が早い。後ろに飛びチャンスをうかがう。チャンスのたびに打ち込む。
なかなか時間がかかったけど何とかやっつけられた。
電車の揺れる音を聞きながら問いかける。
「特急ってことは、次が最後なのか?」
『うん、そうだね』
駅についてからも装備を入念に確認する。セーブもしてあるが少しでも危険は避けたい。なんせ、テスターなのである。
ヨコハマ駅。
駅番号01であり、ソウテツの終着駅。大きな駅であり、他の路線とも繋がっている。
まさにソウテツの中心といえる駅だ。
駅の中を歩いて行くと、途中で小さな女の子が歩いているのを見かけた。
キラキラと輝く水色の髪はその歳(幼女)には似合っていない。近くに親もいなさそうだ。
アニメの主題歌のような鼻歌を歌っていた女の子はぼくに気づいたようでこちらにトコトコと近づいて来た。
そのままぼくの手をぎゅっとつかんでどこかへ連れて行こうとする。
「は、離せ」
少女のはずなのにいくらリモコンを動かしても手を離せない。
「どうして逃げようとするの?」
口元はニコニコと笑い、瞳は輝いて純粋だ。
「ワタシと遊ぼう?」
少女はそう言ってケケケッと笑った。瞳の奥に狂気の光が宿った。相手のステータスが赤く表示された。区分はボスモンスター、人型。
「うげっ、こいつもモンスターかよ」
こちらがそう言い切る前に少女は
「えいっ」
と力任せに投げつけた。
背中に鈍い痛みがはしる。肺の中に入っていた空気が半強制的に押し出される。
背中から剣を抜くと同じ位に少女も飛んでくる。その手にはいつの間にか、背の丈よりも長いメルヘンな杖があった。
「うぐっ」
拳と杖がぶつかった瞬間声が出る。あんな見た目なのに明らかにぼくより力が強い。
まともに組み合って夢勝てそうにない。
いったん退散して体制を立て直すことにする。少女はしつこく追ってくるが、煙玉で撒く。
途中にあったコンビニで飲み物をちょっといただいて一息つく。
「どうするかな?」
まともにぶつかっても負けそうなのでやはり不意打ちしかあるまい。毒などの相手を弱らせるアイテムもある程度作っておいた。
薬草を使ってHPを回復する。
装備をもう一度確認してボスに向かい歩き始める。
わりと近くにいたので十分位でついた。
少女がこちらを向いて微笑んだ。
「なあんだ、そこにいたんだ」
杖を構えなおした。
「まあそんなに慌てなさんな」
相手が動いていないうちに毒玉を投げる。
成功したことを表すマークが相手ステータスにでる。
少しは楽になっただろう。
それに気づいたのか、少女も顔をしかめた。
「酷いー」
言葉は無視して拳を打ち込む。
「きゃん」
悲鳴があがったが躊躇なく二打目を打ち込む。
苦戦したが、なんとか倒すことが出来てゲームはエンド。
あっけないエンドロールの後、最初の画面に戻る。
ゲーム中は気づかなかったが肩が痛む。ぐーっと背伸びをすると日光が目に当たって痛い。
「もう朝か」
徹夜なんてやるつもりではなかったが、してしまったようだ。カップラーメンもとっくのとうに伸びきっている。
ゲームの外で駅を回ってみるのもいいかもしれないな、と思った。
著者
樹澄 栗