*
「これ、ラブレターじゃないよ」
悠希がつまらなそうな視線で、指でつまんだ単語カードを突き返してくる。
「だぁかぁらぁ~」
違うって言ってんでしょお、とあたしは思い切りテーブルに突っ伏して、悠希の冷静な言葉に向かって吠えていた。
ここは希望ヶ丘駅から、線路沿いに少し歩いた先にあるショピングセンターの中のフードコートの一角。
人目がない方が良かったんだけど、夕飯の買い物客がひと段落した時間だし、わざわざこんなトコで油を売っている物好きなんて、ヒマな学生くらいだから、と妥協した。
「それで?」
悠希の目が説明しなさいよと、と促している。あたしは一時間くらい前からのコトを思い出しながら、う~ん、と唸った。
「今日は部活休みの日でさ、部室をのぞいて、顔出したコらと、ちょっと話してから帰ってきたんだけど」
「そっか。ソフトボール部って、金曜日ないんだっけ」
「部室出て歩いてたらね、上から『わぁ』って声がして、なんかがバサ、って頭に落ちてきたのよ」
「それ、大丈夫だったの?」
「うん。バスタオルみたいなデッカいタオルでさ。頭にスッポリ」
汗臭そ~、とか顔をしかめている悠希に、あたしは首を振る。
「いや、洗い立てみたいで、洗剤の匂いがしてた。で、タオルどかして上を見たら、すみませ~んって、どっかの運動部のヤツが部室棟の上から顔を出してんの」
「知ってる人?」
「知らないヤツ。たぶん、卓球部? 急いで上から降りてきて、謝りながらタオルを回収していったよ」
「運命の出会いっぽいね」
おぉ、とか言いながら、悠希が前のめりになって喰いつく。あたしは、それに苦笑いして、いやぁと首を振る。
「『ゴメンゴメン』とか言いながら、タオル回収して終わり。部室に入ってきた虫を追い払うのにタオルを振り回してたら、うっかり手を放しちゃったって、さ」
悠希はえ~、とか不満そうな顔をする。
「で、気を取り直して歩いていたら、今度は部室棟を抜けた辺りでね」
悠希がまたオッ、と身を乗り出す。
「大きな段ボール箱を抱えたヤツと、出合い頭にぶつかってさぁ」
「また、そんなガチにステレオタイプな、出合い頭系イベントを演出しちゃって」
「あたしが演出したワケじゃないって」
「それでお互い転んで、『大丈夫だった?』とかいうパターンでしょ?」
「確かに大丈夫、とは言い合ったけどさ」
あたしはあの場面を思い返して、思わず顔をしかめる。
段ボール箱を抱えたまま、思い切り地面に突っ伏すように転げる細身の体。情けない悲鳴を上げて痛がる男子の泣き顔。辺りの地面に散乱した書類の束。
「あぁ、ゴメンサイ。それじゃ」
これは厄介ゴトになるなぁ、と思ってそのまま立ち去ろうとしたあたしの足首を、埃まみれの男子の手がムンズと掴む。
「ヒッ!」
短く悲鳴を上げるあたしの顔を、地面に這いつくばったままの男子が、恨めしそうな顔で見上げていた。
「ちょっと待ってよぉ」
「な、なんで?」
「ただでさえ忙しいのに、今から記念祭の企画を工夫しろ、とか言われて走り回ってる生徒会書記の苦労を想像してくれよぉ!」
懇願するようにあたしを見るその顔は、たしかに折々の行事で見かける生徒会の役員のひとりだった。
「え~と?」
「生徒会書記の内藤幸昌です」
「そっか。ゴメンね、内藤さん。書類拾うの手伝うから許してね」
何だかイチャモンを付けられそうな雰囲気だから、あたしは答えを聞く前に、散らばった書類をせっせと集める。
「あぁ、ありがとうぉ」
間延びした言い方で答える内藤の顔を見ないようにしながら、あたしは地面に散らばった書類を、せっせと集めていく。
「ん? 『アイヲオエ計画』?」
どうしてなのか、その書類の束の表紙は、あたしの目に飛び込んできた。不思議な感覚にそそのかされるように、その書類をめくろうとしたあたしの手から、それはスッと取り上げられた。
「ありがとう」
尋ねようとすると、お礼の言葉が遮る。宙に浮いたあたしの手が、フワフワとさ迷う。
「それって――」
「ぶつかった挙句に、後始末まで手伝わせてしまって申し訳ない」
年寄り臭い言い方であっさりと切り上げた内藤は、それ以上は説明せずに、段ボール箱を抱えると、そそくさとその場を後にした。
「帰ろ」
そのまま睨んでても仕方ないし、正門に向かって木陰に覆われた坂道を下り始めた。
「あ~、ちょっとスミマセ~ン」
正門を見下ろす斜面の途中で、ふいに声を掛けられて、あたしは思わず飛び退った。
「だ、だれ!」
「あ、あの。よかったら、だけど」
あたしの剣幕に気圧されたような眼鏡男子が、バインダーに挟んだ用紙を、こちらへ差し出す。
「歴史研究会の企画用に、アンケートをお願いしてるんで、協力してもらえませんか?」
A4の用紙にスカスカに質問が羅列してあるアンケートをチラリと見たあたしは、とっさに断る理屈も思い浮かばなくて、そのままバインダーを受け取ってしまった。
「え~と。『Q1.あなたは【希望ヶ丘】という駅名について、どういう印象を感じますか』ねぇ」
回答は選択式じゃなくて、小さな空欄に記入するスタイルだった。帰りがけのお腹が空いているタイミングじゃ、これはかなり面倒くさい。そんなワケで、
「ごめんなさい。ちょっと急いでいるから」
あっさりそう告げて、あたしはバインダーを眼鏡男子に突き返した。
「え? ちょ、ちょっと!」
「ホント、ゴメンねぇ!」
慌てている様子の眼鏡男子を置いて、あたしはさっさとその場を退散する。
「オッ、と、と」
学校の正門に向かって傾斜を下り始めたあたしは、ふいに吹きおろしてきた風に煽られて、思わず目を閉じた。
「え?」
ふと、何かの気配を感じて目を開くと、風が通り過ぎた目の前の空間に、ヒラリヒラリと紙片が舞っているのが見えた。
紙片は、思わず差し出した手のひらにフワリと着地して、あたしは目をパチクリさせる。
なぜか周りの視線を意識したあたしは、それをひとまずジャージのポケットにしまうと、その場を逃げ出すように歩き始めた。
「で、それがこのカードなんだけど」
耳を傾けていた悠希は、ちょっと消化不良な表情であたしを見ている。
「カードが手に入った経緯は分かったけど、その男子たちとの遭遇は、なにかあるの?」
「なにかって?」
「カードと、その男子たちって、なにか関係あるのかってコト」
「ない、と思う?」
「ないよね。男子と遭遇する場面で、どこにもカードなんて出てこないし」
「例えば、あたしと遭遇した時に、このカードをあたしの持ち物に仕込んだ、とか」
「なんの為に?」
悠希は冷静に指摘する。なんだかイラッとする展開なんだよね。
「そんなの、わかんないよ」
開き直ってあたしが答えると、悠希はニッコリと笑った。
「じゃあ、聞いてまわろ」
*
ショピングセンターを出ると、夕焼けが街の底って感じの線路沿いを橙色に染めている。
「じゃあ、休み明けにその男どもをキリキリ捉まえようね」
可愛い顔で微笑み、悠希はサラリときわどいコトを言っている。ちょっと引き気味に、
「そ、そうだね」
と、あたしは一応合わせておいた。
「あれ! ソウジロウだ!」
悠希の声が二オクターブくらい跳ね上がって、あたしは思わず身構える。
「だれ?」
「ネコだよ」
悠希が指差す方に、黒い毛並みが艶々したキレイな猫が、ちょこんと座ってこちらを眺めているのを見つけた。
「ユウキの家のネコ?」
「いやあ、そうじゃないんだけどさ、近所でよく見かけるネコっていうの?」
「悠希のウチって瀬谷でしょ? この辺、近所じゃないし」
「もしかして、帰るのが遅いから、ソウジロウってば、迎えに来てくれたのかなぁ」
悠希はしゃがみ込むと、嬉しそうに黒猫の体を撫でている。
「このコ、よく見かけるの、ホントに。どういうんだろ、『沿線ネコ』みたいな?」
「え、沿線ネコ?」
あたしが疑わしい目で見るのを物ともせずに、ソウジロウと呼ばれた黒猫はフルフルと尻尾を振ってあたしたちを眺めていて、ふいに背中を向けて歩き始めた。
「付いて行ってみようよ」
「へ? あ、うん」
悠希に引きずられるように、あたしたちは黒猫の背中を追いかけ始めた。
夕暮れの希望ヶ丘の街を、黒猫に連れられてそぞろ歩く。
「今更なんだけどさ」
辺りの風景を見回しながら、あたしは不満そうに口を尖らせた。
「どうして、この街って、こんなに景色良くないのかな」
言った途端に、悠希の口からエッ、という短い叫びがもれた。
「景色、良くないと思ってたんだ?」
「もしかして、違う?」
これまた意外そうに聞き返すと、悠希は目を真ん丸にして首を振る。
「ここからだと、学校の方を見ても、線路向こうの反対側を見ても、丘になってて、その向こうが見えないよね。だから丘の上に立ったら、景色がいいんじゃない?」
悠希が当たり前でしょ、と真顔で言うのを、あたしは首を捻って聞く。
「でも、ここにいるとさぁ」
「駅の近くだと結構緑も多いし、ここの商店街って、ちょっと雰囲気あってよくない?」
「あんたは、やっぱりポジティブだよねぇ」
黒猫の背中を追い、あたしたちはその駅前の商店街が見えるところまでやって来ていた。
「あ!」
なんとなく高校通りの坂道へ目を向けて、駅のエスカレーターの前で立ち止まる。
「あれ、最後に遭ったヤツだよ」
あたしが指さすと、悠希は振り返って、
「あぁ、歴史研究会の人?」
トボトボとひとりで坂道を下ってくる眼鏡男子を、ジッと見つめる。
エスカレーターのところまでやって来た眼鏡男子は、立ちふさがっている気配にやっと顔を上げて、顔を引きつらせた。
「な、なに?」
「ちょっとっ!」
いきなりケンカ腰な勢いで、あたしはあの単語カードを突きつけた。
「これ、なんなのよ!」
「な、なにって言われても」
ウッ、と動揺した顔つきで、眼鏡男子はジリジリと後退する。
「逃げるな! あんたは、これをわざとあたしの前に落っことしたんだろ?」
ズイズイと詰め寄ると、眼鏡男子は泣きそうな顔になる。
「し、知らない。オレじゃないよ」
「とかなんとか言って、変なアンケートで、このコの気を惹こうとしたよね?」
腕を組んで眺めていた悠希が、冷静な顔で指摘すると、眼鏡男子は激しく首を振る。
「変なって、ウチの研究会が記念祭用の企画に使うアンケートなんだよ! 別に気を惹こうとか、そんな内容じゃないし!」
「記念祭の企画ぅ?」
あたしのひっくり返った声に、顔を引きつらせたヤツは、ガクガクと首を縦に振って、
「今回は学校地元のテーマで発表をまとめたい、と思っていたんだけど」
眼鏡男子の話では、もともとこの街は住宅地として整備されて成り立ったという歴史があるとか。希望ヶ丘なんて名前も一般に募集して決まったものらしい。
「今の希望ヶ丘商店街がある坂道は、三0人ばかりの作業員が、鋤とスコップを使って人力で整備したって言うんだよ」
眼鏡少年は、鼻を膨らませて、まるで自分がそれに関わったみたいに披露する。
「随分とチンケな工事だね」
うっかりそんな風に言って、あたしはヤツから睨まれてしまった。
「昭和二三年の駅開業と同時に、八十戸の住宅地を販売したんだけど、この辺りはまだ未開発だったから、売り上げは伸び悩んだ。それでテコ入れが必要だと判断した相鉄は、金沢区に戦時疎開していた県立横浜第一高等学校を、土地を提供して誘致したんだ」
それが今あたしたちの通っている学校なんだって。それだけじゃなく、隣に国立神奈川総合職業補導所、つまりポリテクセンター関東も誘致して、人集めに頑張った結果、造成された住宅地も完売して、今では相鉄沿線でも人気のエリアになったんだとか。
「へえ。ウチの学校って、この街に結構貢献したんだね」
「今やそんなコトを知っている人も、少ないだろうけどね」
眼鏡少年は相槌をうちながら、右手を高校通りの坂の方へ向ける。
「希望ヶ丘の街と坂って、ちょっと因縁めいてるよね。もしかして、そのカードに書いてるメッセージも、この坂に関係あるかも」
「ホントォ?」
ちょっと信じられないな、とあたしは首を傾げて、眼鏡少年が右腕で差した方を眺める。
すぐ傍では、黒猫のソウジロウがゆったりと尻尾を左右に振っている。
「あれ?」
何かが視界に入った。目に映って、あたしの頭の中でどこかに引っ掛かった感じ。
「アイだよ」
「まひる?」
横にいた悠希が、怪訝な顔であたしを見つめている。
「あそこにアイがある」
それは、アルファベットのⅠが丸く囲われたデザインのポスターだった。近づいてよく見ると、ウチの学校の記念祭運営委員会、略してキウンが張り出したものらしい。
「あぁ、インフォメーションのⅠなんだ」
悠希が納得したように、目の前のポスターをしげしげと眺めている。
「記念祭のインフォかな。こういうの駅前にも、張り出すことにしたんだ。あれ?」
箇条書きで記念祭の情報が列記されていて、その中にカタカナでこう書いてある。
「なになに? 《アイヲオエ→セイモンヲミナミへ》だって」
悠希が読み上げて、あたしたちはお互いの顔を見合わせた。
「正門を南へ、ってコトかな」
「ウチの学校の正門でいいのかな」
あたしたちは、高校通りの坂道を仰ぎ見た。
*
「正門を南へ、っていうコトは」
あたしたちは学校の正門の前に立って、敷地の中へと向かう傾斜を眺めている。
「そのまま真っすぐ校内へ入るね」
夕陽は間もなく沈み、この辺りはすっかり暗くなる。このまま放っておくのも何だか気になるし、結局あたしたちは学校へ逆戻りしてしまった。
「行ってみようか」
あたしが歩き出すと、悠希もうん、と答えて付いてくる。正門から続く杉木立に覆われた道は、やがて右側へと折れて校舎へ向かう。木立の向こうは、広いグラウンドだ。
「南って言うと、このままグラウンドへ入るのかな」
木立の縁に立って辺りを見回していたら、またアイの痕跡を見つけてしまった。木の幹にラミネートされたA4サイズのチラシがビニールひもでくくられている。
《セイモンヲミナミヘ→ソラカラキタタオル》
何だか嫌な予感がする。
「これって、なにかの嫌がらせ?」
「さっき、運動部の部室棟でタオル降ってきたって言ってたっけ?」
短くため息をして、悠希が困った顔をする。
「もう、止めとく?」
あたしは、イヤと大きく首を振る。
「これがなんなのか、最後まで見極めてやろうじゃないの」
ドシドシと足音も大きく、あたしは校舎の方へと突き進む。木立の縁に沿って左へ曲がると、さっきも近くを通った運動部の部室棟が見えてきた。
「あの卓球部のヤツも、この件の関係者ってコトなんだよね」
「関係者って、なんの?」
戸惑ったように聞き返す悠希に、あたしは鼻息荒く、
「キウンのメンバーなんじゃない? そもそも駅前のインフォも記念祭のだったし」
そうやって、指を振り振り、声を張り上げていたら、いきなり視界が白く閉ざされた。
「こ、こらあっ!」
また頭の上に降ってきたタオルを引きはがしながら叫ぶ。横に迫っていた運動部の部室棟を見上げると、開いている部室の窓から誰かが走り去る音が聞こえた。
「追うよ!」
部室棟に沿って回り込むと、相手はもう下に降りていて、校舎に向かって駆けていく背中が見えた。
「捕まえて、ボコボコにしてやるから!」
「なんか、目的変わってない?」
苦笑しつつ、それでも悠希は並んで追いかけてくる。前を走っていく背中へ目を戻すと、木立を抜けて、左へ曲がって旧体育館や教室棟の方へ逃げていく。
「っていうか、なんで逃げてくの、あいつ」
「あぁ、もう走るの無理ぃ!」
旧体育館を抜けた辺りで、悠希が悲鳴を上げてストップしてしまう。おまけに肝心な卓球部(らしい)男子の姿も見失った。
「なんか、スッゴい腹立つ」
仁王立ちして周りを探すあたしに、悠希が荒い息を吐きながら近づいてきた。
「どうして、それ持ってきたの?」
言われて気が付いたけど、頭に降ってきたタオルを、あたしは握りしめたまま追跡を始めたらしい。
「どうして、ってコトもないけど……。あ、なんか書いてある」
好いように振り回されて、シャクに触るけど、あたしはタオルを広げてみた。
「《ソラカラキタタオル→サンシイノケイジバン》だって。今度は教室棟に入れってか」
思わず膨れっ面になる。
「さて、と。どうしちゃおうか」
あたしは口を尖らせて、夕陽をバックに黒々とそびえる教室棟を見上げた。
*
「結構時間がかかってないか?」
「やっぱ、タオルの後に、ここに誘導するの、もうちょっと手間かけた方がよくね?」
明かりの消えた教室の暗がりで、ひそひそと小声で言い合う声がする。
「お。誰か来るぞ」
「動画、大丈夫か?」
「音を立てるなよ」
暗がりに潜む男子たちは、それきり口を閉ざして、まだ照明がついている廊下へ注意を向けて待ち受ける。
廊下に足音が響き、廊下の掲示板に貼られたポスターの前で止まる。教室の暗がりからその様子を眺めていた男子たちが、思わず身を乗り出すと、
「あっ!」
引き戸の隙間から見えていた背中が、急に振り返って、男子たちの目の前の戸を乱暴に引き開ける。
「「「わあああっ!」」」
悲鳴が重なって、男子たちが腰砕けにひっくり返った。
「なにしてんのよ、あんたたち」
あたしは思い切り冷めた声で、暗がりに腰を抜かしている男子たちを見下ろした。
「ど、どうして――」
「いつまでも、あんたたちの思い通りに踊らされると思ったら大間違いだっつうの!」
「先に生徒会室に顔出して、ちょっとクレーム言ってきたの」
仁王立ちで睨むあたしの横で、悠希がニコニコ笑いながら説明している。
「部活帰りなのに、迷惑しているって言ったら、他のキウンの人たちも申し訳ない、ってあんたたちのコト教えてくれたよ」
「はあ」
記念祭運営委員会《アイヲオエ》計画特別企画チームの面々は、ガッカリしたように、揃ってその場でため息をつく。
「本企画の宣伝用にプレイベントの様子を動画にして配信しようと思ってたのになぁ」
暗がりで座り込んでいた生徒会書記の内藤が、無念って感じの表情で、構えていたハンディタイプのカメラを下した。
「他人を巻き込んで、勝手に宣伝に使おっていう、その根性がいけないのよね」
「前もって頼んでやったら、それらしい動画にならないじゃないか」
やっぱり居た卓球部のヤツの言葉に、あたしの都合は完全無視なのか、とカチンとくる。
「ある程度フットワークが軽くて、何にでも首をツッコミたがる、好奇心の塊みたいなヤツって条件に、ピッタリだったのになぁ」
あたしが? 全然誉められた気がしない。
でもこいつらの、記念祭を盛り上げようっていう気持ちは分からないでもない。
「使えばいいじゃん、こういう結果だった、的な内容でいいんだから」
あたしの言葉に、男子たちはエッ、と意外そうな顔をする。
「少し編集して、《果たしてこの結果は》的な内容にすれば、使えるよ」
悠希がそう提案すると、内藤たちは顔を見合わせて、恐るおそるあたしに、
「いいの? 宣伝に使わせてもらって」
しおらしい態度で、お伺いを立てる。
「いいよ」
フン、と言い切ってから、あたしはだからさ、と男子たちを見回した。
「最後はなんだっけ?」
内藤たちは一斉に廊下の掲示板を指さす。
「《サンシイノケイジバン→トウザイナンボクノコリハドコ》」
読み上げて、あたしと悠希はう~ん、と腕を組む。
「《サカクダリ→アイオオエ→セイモンヲミナミへ→ソラカラキタタオル→サンシイノケイジバン→トウザイナンボク ノコリハドコ》か」
「ミナミとキタって、出てくるね」
「ん~、だったら、セイモンも西モンって考えてもいいのかな」
悠希の指摘に、あたしがそう返すと、内藤たちはニヤリと笑う。
「東、でいいんでしょ?」
パチパチパチ、と男子たちの拍手。
「はい、じゃあこれ」
内藤が金のリボンがついたカギを差し出す。
「なに、これ」
「正解した人への報酬。普段は入れない屋上の扉を開けるカギだよ」
「屋上の?」
そう、と内藤は頷いて、カギを寄越す。
「この校舎の屋上で、東側に立ってみてよ」
*
「うわぁ」
「これ、スッゴいじゃん」
この辺りは、三浦半島へと続く多摩丘陵地帯の東の外れになっていて、東の方へ目を向けると、高みから横浜の中心部を望むことができる。
今、あたしたちの前には、横浜駅辺りのビル群や、みなとみらいのランドマークタワーなんかが、夜空の向こうに浮かぶ宝石のように輝いている。
企画としての完成度はともかく、この景色があのヘンテコなイベントの報酬というなら、それはアリだな、と思う。ホントにいい眺め。
「誰だっけ、この街って景色が悪いって言ってたの」
意地悪く笑う悠希に、あたしはへへへ、と照れ笑いをしてみせる。
「ハイハイ、前言撤回。この街は、景色も良くて、素敵なトコだよ。なんて言ったって、あたしたちの母校がある街だもんね!」
調子い~なぁ、と苦笑する悠希に背中を向けて、あたしは目の前のパノラマにまた目を向ける。
「あ~あ。ラブレターじゃなくて、ホント残念! 愛ってどこよ」
あたしたちの笑い声が、校舎の屋上にこだまして、夜空に吸い込まれていった。
( 了 )